旅立ち③
「ふぅ……慣れないお酒は飲むものじゃないな」
領主邸のロビーを抜け出して表に出てきた。火照った体に夜風が心地いい。
『それで、酒など持ち出してきてどういうつもりだ? まさか、まだ飲み足りぬか?』
リバス様はボクが酒瓶を手に持っていることに疑問を投げ掛けてくる。
「いやいや。これはリバス様の分ですよ」
『なんだと?』
「あれ? もしかしてお酒は嫌いでしたか?」
『いや、そうではないが……よもや、貴様がそこまで気を回すとはな』
ボクは両目を閉じてリバス様の存在を意識していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『どうですか?』
「悪くない」
ヴィデルガラムを右隣に置き、屋敷の庭に座って、久しぶりの酒を楽しんでいるところにルベタが感想などを訊いてきおった。無視してやってもよかったのだが一応は答えてやる。
濃紺の夜空に瞬く星と柔らかな光を放つ月を仰ぎ見る。こうして静かな場所で一人で飲む酒が最も旨く感じる。宴会で騒いでいた者たちは今や眠りこけており、起きている者などほとんどいない。
「我は一人で飲みたいのだがな」
宴会場となったロビーのほうから近づいてくる者に声を掛ける。
「あっ、今はリバスさんなんだね」
我の言葉を無視して左隣に腰を下ろし、レミィは微笑む。その手に持った皿にはつまみになりそうな物が幾つか盛られておる。おそらく小娘が見繕って持ってきたのだろう。反対の手にはジュースが注がれたグラスを持っている。
「一緒に食べよ?」
この小娘を追い払うのは容易いのだが、気を利かせてつまみを持ってきたのであれば、隣に座るくらいは許可してやろう。
「ルベタでなくて残念であったな」
「どうしてそんな言い方をするのよ? ルベタと話そうと思って後を追ってきたのは確かだけど、リバスさんとももう少し話したいと思ってたからちょうどよかったかな」
人間の小娘が魔王である我と何を話すというのか。疑問を抱きつつも口には出さず黙しておく。
「ねえ、リバスさんもこの島を旅立つことには賛成なのよね?」
「賛成も反対もない。我としてはどうでもよいことだ。であれば、ルベタの好きなようにさせてやるだけのこと」
『リバス様、ボクの意見を尊重してくれてるんですね!』
ルベタめ、なにやら勘違いをしておるようだな。本当にどうでもよいから無関心なだけなのだがな。
「クスクス……やっぱりなんだかんだ言ってもルベタのことを考えてるんだね」
小娘もか。こやつらのポジティブな考え方には呆れてしまう。
「勘違いも甚だしいな。ルベタがどこで何をしようと関心がないだけだ」
「でも、スヴェイン一派との戦いでルベタを助けてくれたんだよね?」
「その身に魔王の紋章を宿す者が人間ごときに遅れをとるなどあってはならんからな」
『あれ? たしかリバス様はそもそも勇者にやられて瀕死の重傷を負ったんじゃ?』
ルベタが実に余計なことを言い始める。この愚か者め! あれは油断していただけに過ぎぬわ!!
「でも、リバスさんってたしか……」
「ええい、うるさいわ! それ以上何もぬかすでない!」
我は小娘の言葉を遮る。まったく。こやつらときたら揃いも揃って!……。レミィは最初こそキョトンとしておったが、やがてクスクスと笑いだした。それにつられるようにルベタも笑う。
「貴様ら、我を愚弄するつもりか?」
我の手がヴィデルガラムへと伸びる。
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど、なんだかおかしくて……」
と言いつつも、なおも込み上げてくる笑いを堪えておるようだ。我は憮然として酒瓶をあおる。
「まあまあ、機嫌をなおして。これで私の胸を揉んだことは水に流すから。ね?」
レミィは両手の掌を合わせ、ウインクしてみせる。
「なんだと? もっと豊満な胸ならまだしも……」
我が言い終わるより早く、レミィの鋭い平手打ちが我の頬を打つ。この小娘、一度ならず二度までも!
「バカ! 最低! デリカシーなさすぎ! エロ魔王!」
散々に罵倒し、立ち去ってしまう。おのれ、今すぐにでも斬り捨ててくれようか。
『まったく、もう……』
ルベタごときが呆れたように言う。
「黙れ! なぜ、我が人間ごときに怒られねばならぬ」
『はいはい。とにかく、リバス様ほどの大物が人間の小娘ごときにいちいち腹を立てたとあっては魔王の名に傷がつくんじゃないですか?』
「ぬ……」
なにか言いくるめられているようではあるが、まあ、よかろう。今は酒を楽しむとしよう。改めて座り、飲み直すことにした。
いつも読んでくださってありがとうございます。




