魔王と姉弟①
どれほどの時間が経ったであろうか。随分と寝ていた気もするが……
室内は薄暗く、既に日は落ちておることを知ることができる。ラミレラとの戦いにおいて、けっこうなダメージを負ってしまったからな。もっとも全てルベタが受けたものであり、我自体はノーダメージでの完全勝利であった。
それはさておき、傍らに立て掛けておいたヴィデルガラムを背負い、シルバーミスリル製の軽鎧を身にまとい、寝室を出る。
「あっ、ルベタ、大丈夫なの!?」
キッチンに立って夕食の用意をしていたレミィが我がやってきたことに気づき、駆け寄ってくる。この小娘は何を言っておるのやら。
「休憩で海辺の高台へ出掛けてから様子がおかしかったって聞いて……何かあった?」
そのことか。人間ごときに心配されるとはな。
「……ルベタ……よね?」
小娘、まさか気づきおったか?
「なぜ、そのようなことを?」
「……だって、その、うまく言えないんだけど、なんとなく雰囲気が違うっていうか?」
なるほど。勘はなかなか鋭いようだ。隠しておく必要はない。
「よくぞ気づいたものだな。たしかに我はルベタではない。我が名はリバス、魔王リバスである」
我が名乗ったことでレミィは固まっている。自分で聞いておいたのにである。
「リバス様って? ルベタはどうしたの!?」
そうか。この小娘はルベタの正体を知らぬのであったか。面倒ではあるが説明してやるとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話を聞き終えたレミィはどうすればいいのか対応に困っている。
「それじゃ、ルベタは今もリバスさんの中に? 無事なんですね!?」
「うむ。そういうことに……」
不意にレミィの胸の膨らみが視界に入る。けっして豊満ということはないが程好い大きさだ。おもむろにその膨らみへと手を伸ばし、感触を確かめるように揉む。
ふむ、やはり我の目に狂いはなかった。なかなかに心地好い。
『リバ……』
ルベタが言い終えるよりも早かった。レミィの電光石火の平手打ちが我の頬を叩く。見れば、顔は発熱しているのではないかと思える真っ赤になっている。
「バカっ!!」
短く言い放ち、キッチンへと戻り調理を再開する。人間風情が我に平手打ちとは命知らずだ。目にものを見せてやるわ! 我の手が背中の魔大剣へと動く。
『ストップ! 今のはリバス様が悪いですよ!!』
「いいや。赦せぬ。人間風情が魔王である我に平手打ちなどあってはならぬことだ。あの小娘には死をもって償ってもらう」
『その魔王が人間の小娘がしたことにいちいち腹を立てるんですか? リバス様ってそんなにも器の小さい魔王だったんですか!?』
こやつ……口だけは達者になりおって。まあ、よいわ。今回はルベタに免じて赦してやる。我の寛大な心に感謝するがよい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで、ルベタはどうなるの?」
「どうとは?」
「だから! まさか、このまま消えちゃうなんてことはないんでしょうね!?」
パン、野菜の炒め物、スープが並べられたテーブルに両手をついてレミィが身を乗り出す。この小娘にとってルベタは他人であろう。なぜ、こうも気にする? まして、ルベタはモンスターなのだぞ? 不思議な娘だ。
「やつの魂は消え去ったりせぬわ」
「よかったぁ……」
レミィは心底から安堵した表情で椅子の背もたれに体をあずける。
「人間である貴様がモンスターであるルベタをそこまで気にかける必要はなかろう?」
「大ありよ! ルベタは私たちにとって、大切な恩人なのよ! そこに種族なんて全く関係ない!!」
はっきりと断言してきおったか。その目には些かの迷いもない。レミィといいルベタといい、どうにも理解に苦しむ。他者を思いやったところで何になるというのか。
『レミィ……』
「……まぁ、いい。気が向けば代わってやろう」
一人で感動しておるルベタを捨て置き、素っ気なく答える。が、レミィは納得できないようだ。
「気が向いたらじゃダメ!」
「ほぉ、我には出てくるなと?」
「そうじゃない! 私、二人には仲良くしてほしいの。ルベタとリバスさんならきっとできると思う……」
なにをバカなことを。魔王である我が最弱モンスターなどと対等に付き合うなどあるはずがなかろう。
「なぁ、魔王ってだけでそんなに偉いのかよ?」
今まで黙って事の成り行きを見守っていたポポルが声を発する。
「小僧、何が言いたい? 事によっては覚悟してもらうことになると心得よ」
『リバス様!?』
ルベタは我を制止しようとするが無駄なことだ。今は我がこの肉体を支配しておるのだ。ルベタごときの力では我を抑えることなどできるはずがない。
緊迫した空気が漂い、レミィはポポルを庇うように立ち上がる。
「だ、だって、そうじゃんか! 魔王だからって、強いからってだけじゃ偉くなんかないだろ!? 少なくともルベタは悪いことに力を使ったりしなかったぞ!!」
『ポポル……』
このガキ……我に対してよくもぬけぬけと言えたものだ。それに、我から目をそらさぬか。その度胸だけは認めてやるとしよう。
「ふっ……なるほど」
我は何事もなかったかのように食事を再開する。レミィとポポルも暫くその様子を見ていたが、やがてテーブルの上の料理に手を伸ばし、以降は何も会話がないままであった。
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