争乱の爪痕
テーブルの上には水が注がれたグラスが置かれている。本来ならばお茶やお菓子が並ぶのだろうが、今はあらゆる物が不足しているのだからしかたない。
「それで、話っていうのは?」
ボクから話を切り出す。
「スヴェインのクーデターによってフォラスに甚大な被害がでてしまったのは知ってのとおりだと思う。そして、犠牲者もまた数多くいる。しかし、先ほども言ったようにそれらを最小限に抑えられたのはルベタの貢献によるところが非常に大きい」
「だけど、死んでいった者たちは二度と戻らない。レウオさん、メルーさん、ガボ、ランツァ村長……もちろんそれだけじゃない。実際にはもっといるんだ」
空気が重くなる。敵・味方問わず、どれほどの多くの命が失われたか。
「ああ。そして、ラルバンもその一人だ」
トゥナムの発した一言に体が跳ね上がった。同席していたレミィやポポルは俯いている。二人は既に知っていたということか。
「彼もまたフォラスのために最後まで尽力してくれた。しかし、ほとんど手の施しようがなかったのだ……」
自分の不甲斐なさに苛立つ気持ちを抑えて再び着席する。
「ベレグは?」
「無事だ。彼は説得に応じて我らの味方として戦ってくれたよ。ランツァ村長が殺されたことが大きかったようだな」
トゥナムの返答に安堵した。
「よかった。あいつは無事だったのか。それで今どこに?」
「もう、いないわ」
トゥナムに代わってレミィが答えてくれた。
「暫くはこの村にいたんだけど、二日前の朝には姿が見えなくなってたの」
「一時期とはいえ、スヴェイン派にいたことに負い目を感じていたのだろう。それで夜逃げのような旅立ち方になったのかもしれないな」
「ほんと言えば、ベレグ兄ちゃんには幻滅しちまったよ……」
ポポルが元気なく洩らす。
「フォラス出身の勇者として期待され、ベレグ自身がそれにプレッシャーを感じていたのかもしれない。わたしも含めて、知らず知らずに彼を追い詰めていたとすれば申し訳ないことをしてしまった。だから、どうかベレグを責めないでやってほしい。わかってくれるな?」
トゥナムが静かに諭す。ポポルは黙ったまま俯いている。だけど、トゥナムの言ったことはきっと理解しているだろう。
「それと、スヴェインについても判明したことがある」
トゥナムが話題を変える。
「スヴェインの所持品の中にこんな物があった」
言いつつ、トゥナムが懐から取り出してテーブルに置いたのは銅製のエンブレムだ。
「これは?」
ボクはそれに見覚えはなく、訊いた。
「わたしも気になって調べたんだが、とんでもない事実がわかった。これは黒死会の連中が所持している物らしい」
『黒死会だと? あやつは黒死会の手の者だったのか。なるほど。それでそれなりの手練れを集めることが可能だったということか』
それまで沈黙していたリバス様は納得したようだけど、ボクはその黒死会というものがなんなのか知らない。また、レミィとポポルも同様のようだ。
「その黒死会って?」
代表して訊いてみる。
「裏の世界では名の知れた暗殺者組織だ。そこで実力を認められた者には能力に応じてエンブレムが与えられるそうだ。最下級のブロンズから始まり、ハイ・ブロンズ、シルバー、ハイ・シルバー、ゴールド、ハイ・ゴールド、プラチナ、ハイ・プラチナといった具合にな。エンブレムのクラスが一段階違うだけで実力の差は桁違いとなるらしい。とまぁ、黒死会についてわかるのはここまでだ」
スヴェインが持っていたエンブレムが銅製だったということは、あのレベルでも黒死会の中では際下級なのか。だとすれば、ハイ・プラチナのエンブレムを持つ者はどれほど強いんだろうか。それにしても……
「裏組織のはずの黒死会について、よくそれだけの情報を集められたんだな」
ふと思い浮かんだ疑問をぶつける。
「なに、これくらいのことは少し調べればわかる程度の情報だ。そもそも黒死会自体、これらのことを隠す意図がないのだろう」
「どうしてですか?」
今度はレミィが訊く。トゥナムは「おそらくだが」と前置きした上で答える。
「ある程度の情報を流すことで知名度を上げ、暗殺などの依頼者を呼び込むのが目的だ。黒死会といえども組織としての活動を続けるには運営資金は必須だからな」
そっか。悪の組織も大変なんだな……と妙なことを考えてしまう。
「でもさぁ、そんなやつらの仲間がどうしてフォラスを狙ったんだ?」
ポポルが律儀に片手を挙手して質問する。
「孤島であるフォラス島を自分たちの活動拠点の一つにする、外交などを通じて資金確保をする、この二つが大きな目的だったと思われる」
なるほどね。ここを手に入れれば一石二鳥だったわけか。
「ですが、それが目的だったとしたら、失敗に終わったままにしておくでしょうか?」
次の質問をしたのはレミィだ。
「実のところ、わたしもそれを危惧していたのだ。ランツァ村長やラルバンを失った今、フォラスの戦力は極端に落ち込んでいる。ここを再び狙われてしまっては……」
「それに関しては、ボクから提案があるんだ」
重苦しい空気が漂う中で発言したボクに一同の視線が集中する。
「今回の一件は魔王ルベタが黒死会への宣戦布告を兼ねてしたことだと大々的に伝えてほしいんだ」
「絶対ダメ! そんなことをすれば、あなたを目のかたきにするじゃない!」
ボクの身を案じてレミィが激しく反対する。だけど、ボクは引き下がらない。
「それでいいんだ。黒死会だって魔王に喧嘩を売られたとあっては無視できないはずだ。敵の意識がボクに集中させることが目的なんだからさ」
「その気持ちはありがたいが賛成できない。君は我々にとって大恩人なのだ」
「スヴェインを直接倒したのがボクだというのは事実だろ。それに、魔王は魔族や人間たちから命を狙われる運命にある。今さら黒死会が増えたところでどうってことないよ。あと、ボクはこの島を去ろうと思ってる」
突然の告白に一同の表情が凍りつく。特にレミィは両目いっぱいに涙を浮かべ、今にも泣き出しそうだ。決戦前に旅に出たいという話はしていたけど、改めて告げられるとショックなんだろう。
「待ちたまえ! わたしたちは君に何も返していない。わたしとしてはルベタにフォラスへの永住権を与えようと考えている」
魔王に永住権を認めるだって? そんなことをすれば他国から問題視されるはずだ。トゥナムがそれを知らないはずはない。その上でそこまで言ってくれることはものすごく嬉しい。
「ありがとう。でも、お礼なんて……」
『島の永住権などどうでもよい。だが、貴様が身に付けている腕輪だけでも寄越すように伝えろ』
礼を辞退しようとするボクをリバス様が制止する。腕輪? そうか。領主邸の地下宝物庫から持ち出したやつか。そういえば、返してなかった。けど、リバス様はこの腕輪をそんなに気に入っているのか。
「あのさ、だったら、この腕輪をもらえないか?」
左腕にはめた腕輪を見せる。
「それは?」
トゥナムはこの腕輪に見覚えがないようだ。
「領主邸の宝物庫で見つけたんだ。何かの役に立つかと思って借りてたんだよ」
「そうか。ならば、我が父が生前に収集した物かもしれないな。もちろん、かまわない。島の永住権とともに受け取ってくれ」
結局、永住権は付けてくれるんだ。永住権がおまけなのか、腕輪がおまけなのか。
「それでも、ボクはこの島を去るよ」
「わたしたちのことを気遣ってなら無用の心配だ。この島内において命に係わるような武力の行使について禁止する条例を制定しようと思う」
トゥナムが自らの考えを話す。
「違うんだ。黒死会とか魔王だから命が狙われるとか、そんなのは関係ない。ただ外の世界を見てみたいだけなんだ。これは紛れもなくボク自身の望みなんだよ」
はっきりと言い切った。
いつも読んでくださってありがとうございます。




