決戦(ルベタ編⑩)
緊迫した空気が、今やボロボロとなった領主邸のロビーに漂っている。じりじりとアークデーモンとの間合いを詰めていく。
「クカカカ……。随分と慎重だな。来ないのか? だったら、こっちからいかせてもらうぞ」
アークデーモンは背中の翼を広げて舞い上がり、両手に火炎の球を作り出した。火炎系下位魔術だ。
「まずは再会の挨拶代わりだ。受け取るがよい!」
残忍な笑みを浮かべたアークデーモンが火炎系下位魔術を連続で撃つ。紋章を解放しているボクにはこの程度の攻撃を避けるなど朝飯前だ。難なくかわしてみせる。
そこへスヴェインがショートソードを手に斬りかかってくる。ボクは氷槍でそれを受け止める。
「さすがでございます。先ほどまでと比べて動きが格段によくなっておられますな!」
「そりゃどうも!」
スヴェインと鍔迫り合いをしながらも視線をアークデーモンに移す。今や天井いっぱいまで飛翔していた。
「わたくしを相手に余所見とは余裕がおありですな。ですが、これでもまだそのような態度をとれますかな!?」
少し後退してボクとの距離をとる。なにか仕掛けてくる。視線をスヴェインに戻す。直後、スヴェインの眼光が鋭くなり、怒濤の連続斬りが放たれる。あらゆる角度からの斬撃を防ぎきることができず、無数のかすり傷を負ってしまう。
『魔力を乗せた連続攻撃か。まぁ、基本的な技だな』
魔力にはそんな使い方もあるのかと初めて知る。残念だけど今のボクは修得していない。
「くっ」
ボクは後方へと飛び退く。スヴェインはすかさず追ってくる。それを狙って《剛力》を発動させて氷槍を一振りした。スヴェインは、攻撃力が増した氷槍による攻撃を受け止める。だけど、ショートソードはその衝撃に耐えきれず真っ二つに折れた。スヴェインは使い物にならなくなったショートソードを投げ捨てる。もはやその表情には余裕など微塵もなく、怒りを露にしていた。
敵はスヴェインだけではない。今度はアークデーモンが急降下した勢いそのままに体当たりしてくる。
「うわっと!」
真っ直ぐ上に跳躍してかわし、《飛行》を使って間合いをとる。それから左手に溜めた魔力で氷塊系下位魔術を撃った。アークデーモンは鼻で笑うと腕を一振りして氷塊を粉砕してしまった。
「ふん、こんな中途半端な攻撃が俺に通じるはずがないだろうが」
見くびられたとでも思ったのか。その口調からは不満げな心情が伝わってくる。どうやら氷槍による直接攻撃が最も効果的らしい。というか、今のボクにはアークデーモンに対しての有効な攻撃手段はそれしか持ち合わせていない。
アークデーモンは両手をかざし、10本の火炎系上位魔術を次々に発射する。空中を全速力で飛行して回避する。それでもかわしきれないものは氷槍で切り払う。
「ほほぉ、少しはやるようだな!」
アークデーモンは愉快そうに笑むと再び飛翔した。鋭い爪を武器として幾度も引っ掻きにくる。それを縦横無尽に飛び回って回避すると背中に回り込んで《剛力》を発動する。
「ぬぅ……」
氷槍を受け止めた左腕から青い血液がふき出す。やはり、氷槍での攻撃なら切断することはできないまでも十分にダメージを与えられると確信を得た。
直後、アークデーモンの強烈な右フックを受けて勢いよく弾き飛ばされ、円柱に激突してしまった。ボクの体は円柱にめり込んでしまう。
痛ててて……。円柱から脱け出して自由になる。そこへスヴェインの針が飛んでくる。が、ボクは氷槍であっさりと叩き落とす。正直なところ、自分でも驚いている。紋章の力を解放した途端、それまで強敵だったスヴェインをそれほど脅威には感じられないのだ。
先にスヴェインを倒してしまったほうが戦いは楽になるのだが、アークデーモンの動きが気になる。はたして容易に事を運ばせてくれるだろうか?
「考えてても仕方ない、か」
とりあえずは行動にうつさなければならない。
まず濃霧魔術で霧を発生させてアークデーモンとスヴェインの視界を一時的に遮る。次にスヴェインの立っていた場所に急行する。その途中、突風が巻き起こって霧を吹き飛ばされてしてしまう。アークデーモンが翼をはためかせたのだ。だけど、この程度のことなら想定していた。
かまわず氷槍を一閃する。鮮血が宙を舞う。左肩を押さえて片膝をつくスヴェイン。咄嗟に防御魔術したのだ。思ったほどの深手を負わせることはできなかった。
「なにをしている! 早くわたしを守るのだ!!」
余裕を失ったスヴェインが喚く。アークデーモンはやれやれといった様子を見せながらもこちらへと猛進してくる。こうなると、スヴェインばかりにかまっていられない。
次々に繰り出される爪攻撃や蹴りをかわし、隙をみては氷槍で反撃する。が、なかなか当たらない。
暫くはそうした激しい接近戦を展開していたが、やがてはどちらからともなく距離をとり、移動しながらの魔力を使った攻防戦へともつれ込む。
『気をつけよ。やつは火属性の魔術が得意なようだ。つまり、氷属性の魔術を得意とする貴様とは相性が悪い。さらに下位魔術しか使えない貴様とは違い、やつは上位魔術も修得しておるようだ。うまく立ち回らねばなるまい』
たしかに純粋な魔術戦では勝ち目はない。それに紋章の力を使いすぎると反動が辛い……。そこにも気を回さなきゃな。
「そらそら、いくぞ!」
無数の火炎系上位魔術が降り注ぐ。こちらは氷塊系下位魔術で応戦するも防ぎきれずに急いで柱の影に身を隠す。だけど、今回は放ってきた矢の数が減っていたような気がする。もしかしてと思い、柱の影からそっと様子を窺う。
「やっぱりそうか」
やつは左腕をだらんとぶら下げている。ということは氷槍の一撃は左腕に相当なダメージ与えているということだ。
(だったら!)
柱から飛び出すと、アークデーモン目掛けてまっしぐらに突き進む。残された右腕で迎撃の火炎系下位魔術を見舞ってくる。が、それらをかわし、あるいは切り裂いていく。
遂にアークデーモンの前までやってきた。ボク氷槍を頭上に高々と掲げる。
「覚悟!!」
現段階のボクにできる最大の攻撃である、《剛力》を併用した氷槍による斬撃……剛氷斬とでも名付けようか。その剛氷斬を放とうとした瞬間だった。ボクの全身は火炎に包まれ床へと落下してしまった。
『愚か者が。やつの左腕がほとんど使い物にならんと思い込みおったな』
えっ、どういうこと? あいつは左腕を使えるということなのか?
『たしかにやつの左腕は重大なダメージを負っている。が、魔術を使用できぬほどではないということだ。今、貴様がくらったのは火炎系最上位魔術という火炎属性の最上位魔術だ』
リバス様の解説でようやく理解できた。それと同時に自分の浅はかな思い込みを恥じるとともに後悔する。
だけど、そんな暇はないことをすぐに痛感することとなった。どこから調達してきたのか、スヴェインは新たなショートソードを手に斬りかかってきた。
完全に不意をつかれたとはいえ、そう簡単にはやられはしない。大賢王の杖でショートソードを受け止める。さっきの攻撃で集中力が途切れ、氷槍が解除されてしまっていた。
「くっ……」
スヴェインの剣を弾こうとしたが、火炎系最上位魔術のダメージが予想以上に大きい。全身に痛みがはしる。ひとまず間合いをとるべきだ。ボクは飛び退き、再び氷槍を作り出した。
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