第九十六話:ガーディアン
第十章は奇数日の十二時に投稿します。
「……あーあ。普通の女の子に戻っちゃった」
地下空間から帰還したエルフのラシャは、霊脈の魔力が薄まったことを嘆く。フェアリーの声も聞こえなくなった。
「でも魔力操作は上達したから、協会の皆に教えてあげられるわね」
呑気に構える彼女も、実際は<互助会>で探索チームに選抜されるほどのエキスパートなのだ。
カークが放ったプラズマ・レーザーは秘匿された。酸性の間欠泉により浸食されていた地盤が、ラシャの強化された風魔法がキッカケとなり、広範囲に渡って崩落したことにされている。
(本当のことを言っても信じてもらえないだろうし、証拠も残っていないから仕方がないわ)
フェアリーによって洗脳されていたのだが、彼女はそれに気付くことはない。
そんな彼女が居るのは駐車場で、日陰に置かれたベンチへ腰掛けて紅茶を飲んでいる。目の前ではベテラン整備士とカークが、楽しげな表情で馬車について談笑していた。
まだ昼前の食堂では、ドワーフ達が集まって酒を飲んでいる。非番の兵士とガディだ。
この後は腕相撲大会から外へ出て薪割り競争にまで進むのが、ドワーフ達の日常である。
ハリソンは司令官に報告していた。同室しているサラは気配を消して、静かに付き添っている。
同じテーブルにはアルハイムがマッピングした地図が広げられ、本人が結果の詳細を説明していた。
報告を終えて依頼は完了する。
翌日には解散の予定だった。
◇◇◇
古代人の遺跡と思われる岩窟住居の第三階層で、多数の異様なゴーレムが発見された。第一発見者は、お互いに面識はないがハリソンと同期で、レンジャー部隊のベテランだ。
仄かな蝋燭の明かりに照らされて、緑青が浮いた青銅の肌を持つゴーレムが静かに佇む。
身長は二メートル。細身の体格は、以前カークが遭遇した古代人のアーク・リッチと似ている。
彼等は背の高い種族だった。
自分の身長と同じ長さの槍を右手に持ち、整然と前を向いて並んでいる。一列に十体が五列。広い部屋の奥には祭壇らしきモノがあった。
壁の高い位置に燭台があり、調査中のレンジャー部隊が手分けして明かりを灯す。
どうやら、このゴーレムは兵士のようだ。ヘルメットを被り、胸当てを装備している。
全てが青銅製なので、実際は違う素材で作られたモノを模しているのだろう。
そのゴーレムの額には、赤く丸い宝石が嵌め込まれている。埃が堆積しているはずなのに、妙に鮮やかな彩りが目立っていた。
淡く発光していたのだ。
何がトリガーだったのか、今となっては分からない。その部屋に居たレンジャー部隊は、槍に心臓を貫かれ全滅してしまった。機動力を重視して、革鎧を装備していた弊害である。
本来は祭壇を守る役割りを与えられていたゴーレムだったが、長い年月を経ることで劣化し、再起動した今は積極的に活動を始めた。
侵入者として認識した人間を排除する筈が、侵入者の部分が抜け落ちてしまったのだ。
五十体の青銅製の兵士が、人間を排除するために部屋を出る。この緊急事態を伝える者は居なかった。
◇◇◇
『上からデスネ』
『変なやつよー』
『古ぼけておる』
丁度六名でランチを食べ始めた時だ。
「ハリソン、第三階層からだぞ」
テーブルの向かい側に座るリーダーへ伝えた。
「数が多い」
ランチを中断して席を立つ。
「ガディ、解毒する」
アルハイムがアルコールを飛ばした。
「無粋なことだ」
愚痴を漏らしながらも、ウォッカのグラスを置く。
慌ただしい兵士達の騒音が食堂まで届いてきた。
◇◇◇
「何でも構わないから、通路を塞ぐんだ!」
遺跡探査チームのリーダーが叫ぶ。既に緊急報告は走らせているので、後はいかにして進行を抑えるかに集中するのだ。
正体不明のゴーレムが突如として現れ、青銅製の槍で仲間を襲い始めた。愚直なまでに心臓を狙って、鋭い突きを放つ。
躱したり楯で防御するのは容易だったが、如何せん相手の数が多い。疲れを知らないゴーレムが、結果的に連携しながら襲撃し続けるのだ。
「足を狙え!」
人が漸く擦れ違えるだけの、狭い岩窟住居の通路では防戦一方になる。剣や槍を振ろうにも、壁や天井が邪魔だった。
「機動力を奪うんだ!」
槍を持つ相手に有効だと頭では理解していても、戦場が悪く実行できない。
「外へ移動するぞ!」
出入口も幅が狭く二人は並べないので、外で待ち構えておける。最低でも二対一の態勢に持ち込むのだ。外には頼もしい仲間が待ち構えており、彼等と連携すればこの難局も必ず切り抜けられる。
兵士達は必死で頭を使い、身体を動かした。
◇◇◇
『額の宝石デスヨ』
『切り離してねー』
『吾が輩も参る!』
一頭だけ厩舎を飛び出したアルベルトは、宙へ浮かずに岩窟住居の外階段を駆け上がった。
『時間を稼ぐので装備を!』
楽しそうなギャロップだ。
カークは宿に戻り剣と楯、防具一式を身に付ける。
外階段から迫るアルベルトに兵士は逃げた。本能的な恐怖と、邪魔をするなと命令されたように感じたのだ。
パァン!
通路から槍を突き出した青銅ゴーレムは、槍ごと上半身を失なった。後ろ足の一撃である。
隣の出入口へ向かって跳ねた。顔を覗かせたばかりの青銅ゴーレムは、襲撃を察することなく頭部を蹴り砕かれる。身長二メートルの体格は、蹴るのに丁度狙い易い高さだ。
真昼の陽射しに、サンドベージュの体毛が金属光沢を放って輝く。アルベルトの唇は捲れ、歯茎を剥き出して笑っていた。
「槍で心臓を狙うだけだ」
ヴィットリオ司令官が見抜き、全兵士へ伝達する。
「楯で受け流し、側面から頭を潰せ」
二人一組になって、外階段から第三階層へ向かう。
「動きをよく見ろ。決して早くはない」
簡潔な指示を兵士達は理解した。
「フンッ!」
強い鼻息と共にハルバードが振られる。青銅ゴーレムの槍を躱して、額の赤い宝石に突き刺さった。ドワーフ兵の一撃だ。背の高い青銅ゴーレムは、低い位置のドワーフを攻めあぐねている。
五ケ所ある第三階層の出入口全てから、青銅ゴーレムが溢れ出していた。アルベルトが順番に巡り頭部を蹴り砕いているが、倒れた青銅ゴーレムを踏み越えて奥から次々と続いて来る。
ガディが前傾姿勢で低く構えた。彼の得意技である<脛斬り>を狙っていたのだ。上から下へ突かれた槍を掻い潜り、無防備な両足の脛に向けて巨大な戦斧が水平に振られる。
膝から下を無くした青銅ゴーレムは、無様に地面へ身を投げ出した。
ガディの後ろに控えていた全身鎧の大男が、青銅ゴーレムの頭へ大きな金槌を振り下ろすと床まで崩れる。青銅ゴーレムにも負けていない大柄な熊獣人の兵士は、その怪力を遺憾無く発揮したのだ。
(間に合ったか)
カークが装備を整えて駆け付けた頃には、五ケ所のうち四ケ所まで兵士が対応していた。狭い出入口からは一体ずつしか出てこれない。倒した青銅ゴーレムを放置しているので、そのままバリケードになっている。
アルベルトが単独で陣取る端の出入口へ、カークは急いで向かう。
『かなり脆いでござる』
青銅ゴーレムの身体は、肉厚一センチほどの中空構造だった。既に彼の足元へ六体が転がっている。
「この気配だと、残り四体だな」
カークとアルベルトの意見は一致した。
「頭を落とすから、踏んでくれ」
そう言ってミスリル銀製の剣を構える。
仲間の残骸を乗り越えた不安定な姿勢から、カークの胸を狙って槍を突き出した。あっさりと躱して剣を振ると、顔の半ばで切断する。ミスリル銀製のロングソードはよく斬れた。
カークの足元に落ちた頭部を、アルベルトへ向けて蹴り飛ばす。前足を上げて空中でキャッチし、そのままグシャリと踏み潰した。
後は同じ作業の繰り返しである。
全身鎧の大柄な熊獣人の兵士が、突き出された槍を両手で掴みグイッと手前に引く。バランスを崩した青銅ゴーレムは、前屈みになって倒れた。
ガディが戦斧を振り下ろすと、スパッと顔の前半分が切り落とされる。赤い宝石が離れると、身体をコントロールできなくなった。
この残骸は良いサンプルになるだろう。
ハルバードを振り回すドワーフ兵士は、結局一人で十体の青銅ゴーレムを倒しきる。
五十体もの青銅ゴーレムだったが、その移動経路を制限された結果、各個撃破で完璧に殲滅されてしまった。
これが帝国軍の強さだ。
◇◇◇
『もう終わりデスヨ』
『案外早かったわー』
『楽勝でござる』
カークは後片付けをする兵士達を気の毒に思った。
続く