第九十五話:間欠泉
第十章は奇数日の十二時に投稿します。
(流石は帝国軍で、対応が早い上に合理的だな)
地下空間の轍に合わせたトレッドのトロッコを作り、運搬作業を効率化したのだ。翌日の午前中には崩落現場の隙間を埋めて、魔物の死骸を回収し終えた。
ハリソンとカークが現場検証に立ち会い、拠点の修理も含めてスケジュールは一日延期される。彼等にも三両編成のトロッコが貸し出されることになった。
改めて五泊の準備を整え、一行は拠点を後にする。
◇◇◇
「なあラシャ。速度は徒歩の三倍だが、風魔法の操作は大丈夫なのか?」
トロッコの先頭車両に乗ったハリソンは、轍の埃を吹き飛ばし続ける彼女を心配した。
「自分の魔力は殆んど使っていないから、何日間でも安定して継続可能です」
地下空間で新たな魔力の使い方を覚えたラシャは、この数日間で驚くほどに習熟している。フェアリーに弄ばれた経験が、大きく影響していたのだ。
二両目には荷物だけが積載されている。
「成る程。しかし、残念ながら私には、その存在が感じられるだけですな」
三両目ではフェアリーと紋白蝶を交えて、カークとアルハイムが魔法談議を繰り広げていた。
ガディはカークに借りたミスリル銀製の剣と、エルダー・トレントの素材で作られた弓矢を検分している。
足漕ぎトロッコの動力は、カークとガディの二人が受け持っていた。四車線ある轍の北から二番目を使い、西へと進み続ける。
地下空間の探索という目的のために、一時間おきに十分間停車して周囲の様子を確かめる。特に変化もなく順調に進み、午前中に前回の宿泊地点を通過した。
二日目の午後に様子が変わる。
「北側の天井付近に、亀裂が確認されたぞ」
ハリソンは独り言のように呟きながら、レポートを記入した。カークとアルハイムは地図に記す。
「一瞬だが、サラが蜘蛛を視認している」
彼女が気付いて緊急制動をかけたが、停車するまでに通り過ぎてしまったのだ。トロッコのギアを入れ換えて進行方向を転換し、ユックリと近寄った時には姿を消していた。
『アレはヘル・タランチュラの巣デスネ』
『壁の向こうはウジャウジャしてるー』
フェアリーと紋白蝶によると、六個もある魔除けの鈴に怯えて隠れてしまったらしい。
「……その程度であれば、余り脅威とはいえない」
こちらから刺激しない限り、相手から襲ってくることは無いと判断された。魔物でも蜘蛛であれば気温の低さを嫌って、積極的に地下空間へ出て来ないモノにと推測される。
「経年劣化により亀裂が発生したと思われるので、速やかな閉塞と補強が必要である」
ハリソンは記録内容を皆にも聞かせてくれた。
それ以外のハプニングもなく二日目を終える。
◇◇◇
「匂いがする」
三日目の午前中で、いち早く異変に反応したのはサラだった。ハリソンがトロッコに緊急制動をかける。
「ラシャの魔法は地面に向けられていたから、上層の空気が降りてきていたんだな」
冷静な分析をしたハリソンは、トロッコから降りて徒歩で進むことにした。
「壁や地面が変色している」
ツンとする刺激臭は、間違いなく酸だ。
「タオルを巻いてマスクにしてくれ」
リーダーは的確な指示を出す。レンジャー部隊での経験が活かされているのだ。
「ラシャ、宜しく頼む。君が生命線だ」
その言葉に真剣な表情で答える。
カークの範囲照明の魔法が移動するのに伴い、カサカサと蠢く音が聞こえた。暗視が利くハリソンとサラの顔色が悪くなる。
「ローチと蝿と蟻の大群だよ」
暫く進むと、余り聞き覚えのない水の音がした。
間欠泉だ。
「酷い有り様だな」
カークは範囲照明の位置をずらし、前方八十メートルまで見えるようにする。
五十メートル先で地面が陥没していた。北東から南西にかけて、壁や天井も崩落している。幅二十メートルに渡る陥没区間には、白濁した青緑色の水が溜まった地底湖ができていたのだ。
地底湖の中間点に隆起した岩山があり、先端の裂け目から間欠泉が噴出している。その勢いは強く、天井を穿ち、遥かな高さまで噴き上げていた。
「よい目印になりそうだ」
複数ある天井の開口部からは、柔らかな春の陽射しが差し込んでいる。
「酸に侵されて、天井付近の地盤が脆くなっているのだろう」
それに気付かぬ大型動物や魔物が踏み抜き、酸の地底湖へ落下する。骨まで溶かす強さはないようで、至るところに無数の骸骨が散乱していた。
「全身を酸に焼かれながらも、なんとか淵に這い上がって息絶えた屍肉へ、スカベンジャーが群がるんだな」
ハリソンは唾を吐くように呟く。
「まるで地獄だ」
誰もが無言で頷く。
「とにかく離れよう」
念のために一キロの距離を置いた。
「残念ながら、探索はこれで終わりだよ」
古代人の遺物らしきモノは見付けられなかったのだ。
◇◇◇
サイクロプスに餌を横取りされたワイバーンは、怒りの余り後頭部へ突進した。狙いが外れて肩の肉へクチバシが刺さり、自力では抜けなくなってしまう。
猛烈な痛みに我を忘れて暴れ回るサイクロプスは、無意識にマンティコアの住み処を蹴散らした。
逃げるサイクロプスを追うのは、怒り狂ったマンティコアである。
暫くして追い付いたマンティコアは、隙を狙ってサイクロプスの喉へ噛み付いた。サイクロプスは無我夢中でマンティコアの背中を握り締める。飛び付かれた勢いで転んだサイクロプスは、ゴロゴロと転がって山の斜面を落ちて行く。
クチバシが折れたワイバーンは、サイクロプスから離れて横たわる。全身の骨が砕けていた。
普段ならば絶対に近寄らない、酸性の間欠泉まで転がった二匹は、絡み合ったまま地面を壊して落下する。
◇◇◇
『危険デスヨ!』
『皆は無理だわー』
フェアリーの緊急警告に、紋白蝶が転移魔法の呪文を唱え始めた。
「どうした!?」
一キロ先から聞こえてくるのは、大質量が落下した轟音と、激しい魔物の咆哮である。
「!」
ラシャは咄嗟に最大限で風魔法を発動した。間欠泉の地底湖から、災害が襲ってくるのだ。
「絶対に振り向くな!」
暗視魔法で状況を認識したカークは、ラシャ以外の全員を後ろに向かせた。テレパシーも含めた強制命令には全員が抗えない。
サイクロプスを下にして落ちたマンティコアは、噛み付いた顔を酸に焼かれて地底湖を脱出する。タテガミと四肢に付着した酸を撒き散らし、カーク達が居る方向へ駆け出した。
ラシャの突風により行く手を阻まれるが、怒りと恐怖の本能が走り続けさせる。
(冷静に、正確に、狙いを定めろ)
右手の人差し指を突き出し、荒れ狂うマンティコアへ照準を合わせた。霊脈の魔力を集約したその一撃は、太いプラズマ・レーザーとなってマンティコアを貫き、骨も残さず蒸発させたのだ。
そのまま進んだプラズマ・レーザーは、隆起した岩山をも粉砕する。地下空間の遥か奥深くまで到達し、地面に落ちて大爆発を引き起こした。
その結果、地底湖の向こう側は完全に崩落して、地上の地形さえも変えてしまったのだ。
偶然にもフェアリーと視覚を共有したラシャは、一部始終を目撃してしまう。理解の範囲を超越したカークの魔法に、ガタガタと全身が震えて止まらなくなった。
ペタンとその場へ尻を落とし、いつの間にか魔法も途切れている。
『……神の慈悲、だよ』
頭の中でカークが囁いた。
同時に暖かい治療魔法が優しく全身を包み、彼女の恐怖と不安を払拭してくれる。
ラシャはカークの胸にしがみつき、大きな声を上げて泣いた。
(漸くワシの出番なのだが、誰にも知られないのはとても切ないモノだな)
ラシャ本人も気付かぬ失禁は、ノーム司祭の浄化魔法によって隠滅される。
◇◇◇
『霊脈は危険デスネ』
『過ぎたるは猶及ばざるが如しよー』
『……何だか賑やかでござるな』
相変わらずカークの仲間は暢気だった。
続く