第九十四話:埋め合わせ
第十章は奇数日の十二時に投稿します。
「予想の一つではあったが……」
三時間後、約十キロを進んだ先には、天井が崩落して道が塞がれていた。疎らだが幾つか光の筋が降りて来ているのは、外に繋がっているからだろう。
「とにかく、ここは一旦休憩だ」
リーダーの判断で昼食にする。
「固形燃料だよ。帝国軍でもレンジャー部隊だけに支給されているのさ」
ハリソンが取り出した小さな金属製の筒には、油紙で包んだ蝋のようなモノが詰められていた。点火すると結構な勢いで燃焼を始める。簡易な構造をした携帯用の五徳を使い、ケトルのお湯を沸かす。
冷凍乾燥されたパスタやピラフをそのお湯で戻し、皆が揃って暖かい食事を摂った。
「外に繋がっているからだろうか、この辺りは寒さがマシだな」
実際はカークがコッソリと、魔法で熱量を交換していたのだ。
「この上が何処なのかを確認したら、無理に先へ進まず今日は戻ろう」
食後にハリソンが告げる。
◇◇◇
(流石はレンジャー部隊のベテランだ)
瓦礫の山を苦もなく登るサラを見て、カークは内心で舌を巻いた。例えホビットとはいえ、その身体能力の高さは驚異的である。
「ワシに任せてくれ」
ドワーフのガディが瓦礫を積み上げ、頑丈な階段を組んでいた。自分が踏んで強度を確認しながら、驚くほどの早さで作って行く。舞い散る埃はラシャの風魔法で除去された。
小柄なノーム司祭のアルハイムは、巧みに杖を使って即席の階段を登る。ハリソンを最後に残して、カークはラシャの手を取り補助しながら登った。
「これは難しいぞ」
サラとガディが整地してくれた場所から、周囲を見渡したハリソンが厳しい表情で呟く。
「草木の生え方からすると、かなり昔に山崩れがあったんだな」
広範囲に巨大な岩石が散乱しており、荒れた地形は通行を困難にしていた。
「取り敢えず東へ十キロ進んだ場所だ」
午後の陽射しを浴び解放感に浸るメンバーは、地下空間へ戻りたくない気持ちになっている。
「身体を暖めたら、日が暮れないうちに戻るぞ」
ハリソンはリーダーとしての責任を果たした。
◇◇◇
簡易宿泊所に着いて男女に分かれる。
ハリソンがレポートをまとめマップのコピーを作成する間に、残りのメンバーで夕飯を用意した。
食事の後にお湯で身体を拭き、パーテーションで区切られたベッドへ潜り込む。
建物の中央部に煉瓦で組まれた竈があり、木炭が焚かれて寸胴でお湯を沸かし続けている。地下空間の寒さと乾燥対策だ。基本的に風通しが良いので、小屋がサウナになる心配はない。
トイレは汲み取り式で浄化用のスライムが配置されており、料理の残採などもまとめて処理できるのだ。
範囲照明の魔法だけを止めて眠った。
「今日からは西へ向かう」
翌朝、ハリソンが宣言する。
「まずは一泊して戻るが、その次は五泊だ」
昨日使用した手押しカートの水や砂は、まだ十分な量が残っており、最後まで補充しなくても保つと見込まれた。
「簡易テント三組と飲料水、携帯食料は俺が運ぶ」
リーダーのハリソン自らが担うのだ。
(そうか。俺が一番背が高い)
移動を始めたカークは、昨日から続く違和感の理由に気付いた。
(赤鬼のチャハンは、こんな視点から世の中を眺めていたんだな)
カークの中では彼が一つの基準なのだ。
(年齢は一番若いかも知れないが、俺が皆を護るために責任を持とう)
新たな視界は、カークの心構えに変化をもたらした。
西へ向かった初日は、何事もなく終える。
カークはハリソンと同じテントを使う。残りはラシャとサラの女性、アルハイムとガディが組んだ。
「ねえ、カーク。私は堕落してしまいそうだわ」
翌日の復路でラシャが呟いた。
「霊脈の魔力を使っていると、自分の魔力が殆んど減らないのよ」
彼女は常に風魔法で換気してくれている。そのお陰で埃のない新鮮な呼吸が保たれていたのだ。
「貴方の解毒と治療魔法に満たされているし、魔除けの鈴の効果で魔物にも出会わない」
本来は暗く寒い地下空間でも、範囲照明で明るくストレスなく歩けている。コッソリと熱量交換で暖めているのは秘密だ。
「現状に甘えた発言は、災いを呼ぶ」
カークは誰かに聞いた台詞を伝える。
「次からは、自分の心の中にしまっておいてくれ」
ラシャは不満気に唇をツンと尖らせた。
『魔物デスヨ』
『ゴブリンねー』
一行が間も無く拠点に到着する頃、フェアリーと紋白蝶が教えてくれる。
「照明を狭くするぞ」
カークはそう言ってから、照明の範囲を十メートルまで絞った。
「拠点をゴブリンが襲っているようだ」
暗視の利くハリソンとサラが注目する。
「確かに、備蓄の食料を漁っているらしい」
ハリソンが認識した。
「眠らせよう」
カークが言った次の瞬間、全てのゴブリンが動きを止めてその場に屑折れる。
「人的被害は無さそうだ」
暗視魔法で確認したカークは、ホッと安心して胸を撫で下ろす。
『アルベルト、頼む』
『了解でござる』
即答してくれた。
「緊急連絡を入れよう」
ハリソンが昇降機へ向かい、カンカンと連続して鐘を打ち鳴らす。これで担当者が降りて来るのだ。
「ワシらで片付ける」
ガディが先頭に立ってゴブリンの始末を始めた。サラとカークも手伝う。
全部で二十三匹いた。
全ての魔石を抜き終えた頃に、二人一組の兵士が降りて来る。直ぐに状況が説明された。
「先日のレポートにあった崩落現場ですね。外部からの接近が困難であることは確認されました」
一人が伝令に戻る。
「俺達はこれから掃除に行く」
ハリソンが兵士に言った。それが今回の任務だ。
「ゴブリンの後始末と、拠点の修理を頼む」
カーク達は手を洗っていた。
「では走って行こう」
ハリソンの計画にカークが提案する。
「あの距離ならば、一時間で往復可能だからな」
勿論、グリフォン革のブーツとフェニックスの羽根を仕込んだマントは使わない。
「よし。ガディはラシャのことも頼むぞ」
ハリソンはアルハイムを残す前提で話した。
「サラ、気を付けてくれ」
暗に彼女が先頭であることを伝える。
「一時間で戻る。三十分遅れたら上に連絡を頼む」
三人が余計な荷物を降ろした。
「出入口の穴は蓋をしておいたが、他の隙間から侵入したのかも知れないな」
準備運動をしながらカークは話す。
「霊脈に惹かれたんだろう」
ハリソンが応じた。
「行く」
サラの合図で出発する。
◇◇◇
夜の厩舎を天翔馬が脱け出して、人知れず静かに宙を駆け昇り、東へ向かって猛烈な勢いで加速した。
◇◇◇
『ゴブリンだけデスネ』
『他は気付いてないわー』
マラソンランナー以上の速度で疾走するカークへ、フェアリーと紋白蝶が報告してくれる。
(では<寂しん坊の指環>で追い詰められるな)
カークの解毒と治療魔法が充満した範囲照明に包まれ、疲労をたちどころに回復されながら三人は走り続けた。
やがてワラワラと瓦礫の山を逃げ回り、パニックに陥ったゴブリン達の姿が見えてくる。
「眠らせるぞ」
ハリソンとサラに伝えてから、強制睡眠の魔法を発動した。
◇◇◇
『蒼い月夜に~ 輝く星々~』
アルベルトはご機嫌だ。
好きな歌を謡いながら、夜空を縦横に駆け巡る。サンドベージュの長い体毛は金属光沢を帯びて、宙に光の尾を長く引いていた。
地下空間への出入口がある山崩れを起こした跡地の周囲へ、猛烈な天翔馬の威圧を振り撒いているのだ。
恐れをなした魔物は逃げ出し、代わりに周囲へ潜んでいた精霊達が活性化する。
『もう終わりでござるか』
地下空間から漏れる範囲照明の灯りで、カークの仕事が終わったことを察知した。外からは彼に威圧され、カークが持つ<寂しん坊の指環>に追い詰められたゴブリンは、半狂乱で逃げ惑っていたのだ。
『あと少し遊んでから帰るでござる』
カークからは程々にというテレパシーが伝わる。しかし、ちょっと位は大目に見てくれそうだ。
更に強く威圧を振り撒いたアルベルトは、満足した表情で帰途に着く。
霊脈の影響で強まったその効果は、今後数年に渡ってこの地に残った。
◇◇◇
『私ではないデスヨ』
『みんな自由ねー』
『スッキリしたでござる』
埋め合わせられたようだ。
続く