第八十九話:鳥居
第九章は奇数日の十二時に投稿します。
(新鮮な淡水魚を大量に仕入れてしまったが、村長の販路に影響はないのだろうか?)
カークは悩みながら、北端城を目指して大森林の上空を飛んでいた。村の名前がムツカリタというのを最後に知ったのだ。
(次の北端城は大都市なので、二日前の距離で地上へ降りるぞ)
アルベルトも同意する。
(予備の武器や防具は不要になってしまったから、別の物を仕入れようか)
よく晴れた春の陽射しを浴び、天翔馬が牽く馬車は宙を駆けていた。
『おーい』
遠くから呼ぶ声がする。
『まだ若い子デスネ』
『好奇心が旺盛よー』
フェアリーと紋白蝶は誰か分かったようだ。
(ドリアードが認識阻害してくれている筈だが、半減したから効果が薄れたのか?)
それは違う、と強く抗議された。
『あの気配は、不死鳥でござる』
親切なアルベルトが教えてくれたのだ。
『こんにちわー! 初めましてー!』
少し速度を緩めると、間も無くして追い付いたフェニックスはアルベルトへ挨拶する。
『オイラはケロシってんだ! 宜しくな!』
鷲に似た猛禽類の容姿だが、燃えるように真っ赤な全身と金色の冠毛を輝かせていた。体長は十メートルで、翼を広げると十五メートルにもなる。
『ふーん、アルベルトさんか。ペガサスさんを山のコッチ側で見かけたのは、今日が初めてだよ』
左側に並んで飛ぶケロシは、中央山脈の西から来たようだ。山を越える、という人間には困難なことも、フェニックスである彼には容易い。
『じゃあ競争しよう!』
『待たぬか。カーク殿への挨拶がまだでござる』
逸るケロシをアルベルトが窘めた。
『うぇーっ!? 金魂漢さんじゃないか!』
カークに気付いた彼が叫ぶ。
『オイラ初めて逢ったぜ!』
彼が騒がしいのは、若いだけではなさそうだ。
『話には聞いていたけど、本物は格好良いなー』
嬉しそうに翼を羽ばたかせる。
『そんな美人を二人も連れているなんて、金魂漢さんは隅に置けないぞ!』
フェアリーと紋白蝶にも挨拶した。
『金魂漢さんも、一緒に競争だ!』
グリフォン革のブーツとマントで宙を駆けることは可能だが、移動速度では決してこの二人に追い付けないだろう。
『アルベルトに任せるよ』
そう伝えて手綱を握り直した。
『意外と速くなったでござる』
瞬発力こそフェニックスのケロシに敵わなかったが、いつまでも加速を続けるペガサスのアルベルトは、気付けばかなりの高速に達していたのだ。
『これはこれで楽しいでござるな』
高速飛行の魅力に目覚めたらしい。
『負けないぜ!』
背後へ迫るアルベルトを引き離すべく、更なる加速を始めたケロシだが、直ぐにスタミナの限界を迎えた。
『……飛び過ぎたんだ』
ヘロヘロと力無く減速する。
『いつもの休憩所へ行こう。案内するよ』
彼は滑空に移った。
◇◇◇
『あの輪っかの真ん中だぞ』
ケロシに連れて来られたのは、メタセコイヤの並木が直径五キロの輪を描いている地域だ。鬱蒼と繁った樹木の中に、特徴的な三角屋根の建物が埋もれている。
『いつもここで休憩しているんだ』
彼が降りたのは、中心にある鳥居のような止まり木だった。花崗岩を組み合わせて作られた鳥居は、長い年月を経てかなり草臥れていたのだ。
(あの建物は、古代人の霊廟と似ている)
止まり木の周りを囲う舞台のような処へ降りたカークは、周囲の建物を見回して疑問を抱く。
『昔は人が沢山住んでいたけれど、いつの間にか誰も居なくなっちゃったんだよ』
フェニックスのタイムスケールは不明だが、恐らくは数百年単位だと推測される。
『ちょっと前に来た時には、何だか汚いゴミが溜まっていたんだ』
彼が<浄火>で掃除したらしい。
『なあ金魂漢さん。その馬車から、美味しそうな気配を感じるんだけど……』
ケロシは空腹なようだ。
『冷凍した淡水魚だが、良ければどうぞ』
カークは仕入れたイワナと鮎を運び出した。
『こりゃあ旨い!』
保冷用の氷ごと食べたフェニックスのケロシは、喜びを隠さず大袈裟に羽ばたく。
『ウンディーネの聖水と同じ旨さだ!』
カークは微妙な気持ちになった。
『なあ、ケロシ。もしかして<汚いゴミ>とは、こんなヤツじゃあなかったか?』
カークは<寂しん坊の指環>の機能を使って、古代人のアーク・リッチの記憶を共有する。
『うーん。確かそんなヤツだったと思う』
あまり覚えていないようだ。
『全部の建物からウジャウジャ出てきたから、纏めてみんな焼いたんだよ』
面倒臭かったらしい。
(間違いないぞ)
カークは目眩を覚えた。
(この地はかつて、古代人達が住む街だったのだろう)
三角屋根の建物から推測したのだ。
(俺の推測だが、魔法の発展により<個人主義>が歪に進化したのではないだろうか?)
これまでの経験を踏まえた想像である。
(それぞれが魔法を極めて、アーク・リッチになるまで登り詰めた)
遺された三角屋根の建物は、お互いにかなりの距離がおかれていたのだ。
(たった一人でもコ・ドゥア氏があれほど苦労したのに、フェニックスのケロシは街単位で掃除したんだな)
恐ろしいプレッシャーを思い出す。
『霊脈の集積地デスヨ』
『とても濃いわー』
『ポカポカでござる』
フェニックスが休憩所に選ぶほどの場所だ。こんな処へ人間が住んでいると、アーク・リッチになるのは必然的なのだろう。
(積極的に介入しないが、精霊達は間接的に人類の生活と進化へ影響を与えていたのか)
人類にとって脅威となる存在を、汚く感じただけで浄火してしまったのだ。
『大体は合ってマスネ』
フェアリーが同意してくれた。
『金魂漢さんは飛ばないのか?』
ケロシが唐突に尋ねる。
「少しだけなら宙に浮けるが、速くは動けない」
グリフォン革のブーツとマントへ魔力を込め、ゆっくりと浮上し鳥居の高さまで静かに昇った。
「これが精一杯だな」
ケロシの周りを回る。
『ふーん。それじゃあ不便だろう?』
いや、そうでもない。
『オイラの羽根をあげるよ』
二枚貰った。
『マントに仕込んでおけば、もっと速く飛べるぜ』
魚のお礼らしい。
『試してみなよ』
マント内側に仕込んで魔力を込めると、猛烈な勢いで垂直に飛び上がった。
(魔力の変換効率に優れている)
カークは落ち着いて魔力を制御し、普段のアルベルトと同じ速度まで落とす。
(確かに、空を飛ぶのは楽しいな)
水平飛行に移り、メタセコイヤの並木に沿って旋回してみた。眼には見えないが前面に紡錘型の結界があり、それが空気を掻き分けているので風は感じない。
『お礼に祝福しマスネ』
飛行中にはしゃいでいたフェアリーと紋白蝶は、鳥居へ戻るとケロシに感謝を伝えた。
『霊脈から魔力を借りマスヨ』
フェアリーの身体が光り始める。
彼女がキッカケを作ったのか、周囲から虹色に輝く光の粒子が立ち昇った。徐々に量が増えて、鳥居ごとケロシを包む。
『こりゃあ気持ち良いな』
フェニックスは大きく翼を広げ、恍惚とした表情を浮かべる。
『疲れがとれたよ』
パタパタと翼を羽ばたかせた。
『やっちゃいまシタネ』
『浄化装置よー』
『驚きでござる』
『スゲーな、フェアリーちゃん』
草臥れた花崗岩の鳥居は、その素材が大理石のように変質している。そして陽炎を纏い、輪郭を揺らめかせていたのだ。
『霊脈が枯れない限り、浄化し続けるわ』
『うむ。ここは妖精と精霊の楽園になる』
ドリアードの牡株と牝株の二人が発言した。フェアリーがやらかした聖なる祝福の余波を受け、急成長している。
『我等はこの地に決めました』
開拓者として、古代人が遺した街を再建するらしい。しかし、ここに住むのは妖精と精霊だ。
『転移のポイントよー』
紋白蝶がクルクルと舞う。
『今度は友達を連れてくるぜ』
ケロシも喜んでいる。
(穢れを浄化し、魔物を斥け、治癒を振り撒く。これは最早<神器>と呼べるのではないか?)
カークは呆れていた。
『この葉を頭に乗せて祈れば、認識を阻害する魔法が使えます』
ドリアードが分けてくれた葉っぱを、フェアリーと紋白蝶が頭に乗せる。
『ここまでありがとうございました』
『いつでも遊びに来てください』
『オイラはもうちょっと遊んでから帰るぜ』
カーク達は夕暮れの前に旅立つ。
◇◇◇
『休暇村デスネ』
『いつでも行けるわー』
『宿泊施設が欲しいでござる』
カークの仲間は喜んでいた。
続く