表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導かれる者  作者: タコヤキ
第九章:開拓地訪問
88/145

第八十八話:綺麗な泉

第九章は奇数日の十二時に投稿します。

「これを<可燃ガス>と呼んでいる」

 村の外れにある施設を訪れていた。


「頑丈な作りの建物で管理しており、万が一の場合に備えて安全を確保しているんだ」

 ドノヴァンという名前の、厳つい初老の男が説明してくれる。彼は開拓地の顧問として、カムシン伯爵の信頼も篤い。


「この地の開拓を初めて間も無い頃、偶然に石切場で発見されたモノである」

 そこは草木が生えておらず、荒涼とした大岩が集まる場所だった。一際大きな岩の割れ目から、シューシューと音を立てて噴き出していたらしい。

「割れ目を拡張する作業中に、ノミを打つ火花が引火してその存在を認識した」

 その時の被害は、作業者のドワーフが髭を少し焦がしただけで済んだ。


「地中から湧き出していると考え、大岩の橫で井戸と同様に掘ってみた。深い地層から汚い水が採取でき、それが揮発して<可燃ガス>になると分かったんだよ」

 現代では<天然ガス>と呼ばれている。




「村長が帝国大学と連携して、効率的な精製方法と活用方法を研究した」

 その結果、この村で使用される燃料を全て賄えるようにまでなったのだ。燃焼時の煙が無く、灰も残らないクリーンな燃料である。そのメリットは多い。

「大量の薪が不要になり、経費削減と森林資源の保護が実現できたのは大きい」

 初期投資は高くついたが、運用期間が伸びれば低コストの利点が増える。その分の資金を養殖に注ぎ込めるのだ。


「次の問題は、保管と輸送だ」

 ドノヴァンの表情が険しくなった。


「……思い出しました。昨秋の官報に<可燃ガス>の取り扱いについて免許制度が認可された、と記載されていましたね」

 カークが写筆した記事に載っていたのだ。


「何と! 君は官報を読んでいるのか?」

 大きく目を見開き、カークを振り向く。

「流石はサーモントラウト侯爵家の御用商人だな」

 目の付けどころが違う、と誉めてくれた。

「この村の発展のためにもに、将来に渡り末長く付き合って欲しい」

 カークに対するドノヴァンの評価が上がる。昨夜に振る舞った肉とワインが、良く効いていたのだ。



◇◇◇



「この冷凍乾燥された食料品は、とても優れているな。流石は帝国大学だ」

 ランチに合わせて試食会を開催した。村長の評価は高い。お湯を簡単に沸かせるこの村と、相性が良いのも幸いした。

「できれば肉を中心とした、濃い味付けのメニューを揃えて欲しい」

 彼の故郷では塩田を経営しており、この村の塩は全て実家からの仕送りで賄われている。


「次は三ヶ月後に来てくれ」

 村長がリクエストしてくれたのだ。


「午後は養殖場を案内しよう。沢山、仕入れて行ってくれても構わないからな」

 村長から直々に売り込まれた。



◇◇◇



 養殖場は広い。

 自然の地形を取り入れた周遊エリアと、人工的に作られた生け簀が水路で繋がっている。


(この冗長さは、アポロの好みだな)

 養殖場という人工的な施設に、自然を融合させる腕前は正に芸術だった。帝都にあるサーモントラウト侯爵邸に似た、厳かな雰囲気が漂っていたのだ。

(村長は三年間で、しっかりと学んできたのか)

 カークはどこか懐かしく感じた。


「水質と水温の管理が、主な注意点です」

 養殖場の担当者が説明してくれる。穏やかな顔をした山羊獣人の女性だ。

「餌はなるべく自然のモノが摂れるように、定期的な害虫駆除で周囲の環境を保全しています」

 淡々とした説明が続く。


「肉食のイワナは何でも食べるので、稚魚は厳重に隔離されているのです」

 鮎用の苔を栽培するために、専用の池もある。

「漸く養殖方法が安定してきたので、更なる増産を目指しています」

 管理する職員の教育に力を入れているらしい。


「低温輸送用の氷を確保するための氷室も、大規模な拡張が計画されています」

 土地にはまだまだ余裕が残っていた。




「養殖場の奥には、綺麗な水が湧く泉があります。その周囲に薬草が生えていて、普段は教会で医薬品を精製しています」

 担当者の説明を聞いていると、フェアリーと紋白蝶が何やらソワソワし始める。


『シルフィが噂してイマス』

『ウンディーネさんだわー』

 その言葉に戸惑う。




「村長、頼みがあります」

 居住区へ戻り直ぐに依頼すると、村長自ら泉へ案内してもらえることになった。


「……馬と、ドリアード?」

 アルベルトの背中へ縄で括ったコンテナを掛け、左右へ吊り下げている。馬車用のハーネスは外した。

「彼は精霊獣なので、粗相の心配はありません」

 カークは然り気無く伝える。

「帝国大学に棲んでいるアルラウネから、ドリアード達のことを頼まれているのです」

 昨年の秋に、開拓者向けの集中講座を受けていたとを説明した。


「彼等も<開拓者>だというのか」

 コンテナに植えられたドリアードの若木を見つめた村長は、まだ理解が追い付いていないようだ。


「吾が輩は宙に浮いて進むので、草木を痛める心配はござらぬ」

 カークの許可を得たアルベルトは、自分で村長へ説明してくれた。


「……分かった。案内しよう」

 これだからサーモントラウト侯爵の知り合いは困る、という心の声が聞こえるような表情だ。




 徒歩で十五分もかからずに、清らかな泉へ着いた。


「美しい景色です」

 カークは思わず呟いた。

 緑色が鮮やかな植物に囲まれ、空の青色と共に水面へ映り込んでいる。


 不思議な光りが音もなく集まると、背の高い人間の姿に変わった。


『初めまして、金魂漢さん』

 淡いエメラルドグリーンの肌と、薄い水色の長髪を持った女性だ。小さな顔に切れ長の眼と長い睫毛、おちょぼ口だがぷっくりした厚い唇が魅力的である。


『いつもは眷属に任せているのですが、懐かしいフェアリーさんの気配を感じたので、久し振りにここを訪れました』

 教会の鐘の音色に誘われたらしい。


『お陰で貴方に逢えたのよ。嬉しいわ』

 豊満な肉体に半透明の薄い布を重ねて纏っているが、水に濡れて貼り付いているので、抑揚の強いボディラインがそのまま浮き上がっていた。


『あら、可愛いお仲間ね』

 アルベルトの背中へ吊るされている、ドリアード達に気付いて笑みを浮かべる。


『ここは水が綺麗で良い場所ですよ。どなたかお住みになりませんか?』

 彼女が浮かべたのは、人間には真似ができない妖艶な微笑みだ。


『アズとビヌマがお世話になりマスヨ』

『ブロンクとアイリーンは、まだ一緒ねー』

 短い相談で決まった。


「一体何が起きているんだ?」

 カークがコンテナを降ろしていると、困惑した村長が小声で尋ねる。

「泉の水面に明かりが灯り、ユラユラと陽炎が揺らめいたと思ったら、妙なる弦楽器の調べが奏でられた」

 彼には何も見えていなかったのだ。


「今この泉には、水の精霊であるウンディーネが訪れています」

 カークが状況を説明する。

「そして一組のドリアードが、ここへ残ることになりました」

 極めて簡略化しているが、間違えてはいない。


「村長に許可を求めています」

 ドリアードが残ることに対してだ。


「……よろしい。許可する」

 戸惑いながらも即断してくれた。


「ありがとうございます」

 ウンディーネの言葉をカークが伝える。




『貴方が作った<魔除けの鐘>は、この地を安全に守護し続けるでしょう』

 ウンディーネが厳かに告げた。実際はフェアリーの功績なのだが、敢えて黙っておく。


『次は三ヶ月後ね。楽しみにしているわ』

 そう囁いて髪を掻き上げる。

『導きのままに』

 彼女の現実離れした妖しいウインクは、酷くカークを困惑させた。



◇◇◇



「昨日この村へ来たばかりの顧問殿には分かり難いかも知れませんが、明らかに鐘の音色が変わっています」

 教会の鐘を鳴らして、夕刻を伝えた若いノーム僧侶が呟く。先ほどまで彼と一緒に、夕飯の食材へ祝福を施していたのだ。


「まるで魂が洗われるようです」

 ウンディーネに見抜かれてしまったが、フェアリーの聖なる祝福により<魔除けの鐘>へと変質していた。カークの魔力が大量に注ぎ込まれており、広範囲に渡って十年間は効果が続く。



◇◇◇



『暫くは安全デスヨ』

『安易に作り過ぎよー』

『とても静かでござる』

 相変わらずカークの仲間は暢気だ。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ