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導かれる者  作者: タコヤキ
第九章:開拓地訪問
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第八十五話:貴族の三男

第九章は奇数日の十二時に投稿します。

「こんにちは」

 教会の駐車場へ馬車を停める。

「ようこそ、いらっしゃいませ~」

 掃除の手を止めて、小柄で金髪の若いシスターが応じてくれた。


「旅商人の<励勤屋>と申します」

 馬車を降りて挨拶する。

「予約のない飛び込み営業ですが、どなたかお会いできる方はいらっしゃいますか?」

 予め用意しておいた商品の価格表を見せ、またもやビジネスカードを渡す。大活躍だ。


「ご案内いたします~」

 シスターはその場の壁に箒を立て掛け、服の埃をはたき落としながら笑顔で答えた。先導して駐車場の勝手口を開けると、振り返って手招きする。


「司祭様はどちらですか~?」

 元気に叫ぶ。

「飛び込みの営業さんですよ~」

 こういった対応に慣れているのか、または物怖じしない性格なのだろうか。間延びしたような話し方は、まるで慌てた様子に見えない。

「おられませんね~」

 右手を庇にして額に当てると、辺りを見回しながら呟いた。


「お呼びしますので、暫くお待ちください~」

 礼拝堂の最前列に案内される。


『ウーイさんデスネ』

『こんにちはー』

 カークが独りになると、長椅子の陰からソロリと顔を覗かせた。

『司祭様ではありまセンヨ』

『かくれんぼー』

 ウェストポーチから胡桃を取り出し、殻を割って中身をあげる。両手で受け取ってくれた。何度も頷いた後、礼拝堂から建物の奥へと行ってしまう。




「お待たせしました」

 ウーイが居なくなって直ぐに、金髪で垂れ目の若い僧侶が現れた。いや、若く見えるが目尻の皺が隠せていない。

「新製品の紹介に、来てくださったのですね」

 恐らく受付の老爺から、事前に話が伝わっていたのだろう。


「旅商人の<励勤屋>と申します」

 慣れた手付きでビジネスカードを渡し、精一杯、愛想良く挨拶する。

「これはご丁寧に」

 両手で受け取ってくれた。


「ここの代官を兼務している、司祭のアロレイです。どうぞ宜しく」

 なんと、大物だ。

「では早速ですが、現物を見せてください」

 挨拶もそこそこに、駐車場へ移動する。




「……常温で長期間の保存が可能な、食料品と医薬品ですか」

 カークの説明を聞いたアロレイ司祭兼代官は、腕を組んで首を左へ傾げた。彼の癖なのだろう。

「そして石鹸と洗剤に加えて、オーラルケアグッズも充実していますね」

 価格表と商品を交互に眺めながら、気になった点をカークへ尋ねる。




「あら、司祭様。こちらでしたか~」

 駐車場を訪れたシスターが、彼を見付けて安堵の声をあげる。

「飛び込み営業のおっかない商人さんが、いらっしゃいましたよ~」

 ウーイが直ぐに呼んでくれていたのだが、彼女はずっと探していたようだ。


「ありがとう。いつも助かる」

 アロレイ司祭はシスターに頭を下げた。

「よかったですぅ~」

 彼女はカークに気付いていない。

「大きくて怖い顔でしたよ~」

 カークはそっと後ろを向き、彼女から顔を隠す。




「中々、興味深い品揃えでした。前向きに購入を検討しましょう」

 一通りの商品説明を終えると、教会内の休憩室へ案内された。

「サーモントラウト侯爵家の御用商人ということで、帝国大学の魔法学部と縁があるのですね」

 アロレイ司祭兼代官は、テムス子爵家の三男だと自己紹介する。領主のエメリッヒ伯爵とは、かなり懇意な間柄だ。


「冷凍乾燥された食料品は、緊急事態の非常食として教会で備蓄しておきましょう」

 幾つかをリストアップした。


「医薬品は助かりますね。先ほどのシスターは優れた治療魔法の持ち主なのですが、如何せん魔力量が少ないので苦労を掛けているのです」

 教会の負担軽減に貢献できそうだ。


「石鹸や洗剤については、実際に使用されている施設を紹介しましょう」

 彼が自ら案内してくれることになった。


 駐車場へ馬車を置いて行くが、ウーイとアルベルトが何やら話している。掃除が終わったのか、シスターの姿は見えない。




「ここだったのですね」

 カークが連れてこられたのは、高架水路の下にある建物だった。食堂の北側は、一度に大人数が利用できるシャワーエリアとサウナがあったのだ。

「脱衣場を挟んでシャワーエリアの反対側では、集合洗濯機が稼働しています」

 説明を聞きながら建物の中を移動する。


「高架水路から洗濯用に落ちてくる水の力を使って、大きな水車で軸を回転させています」

 広い洗濯場には大きな樽が並んでおり、太い軸が接続されていた。その軸が回転することで、樽の中の水が洗濯物ごと渦巻くのだ。

「洗剤入りの洗濯槽で洗い、脱水、すすぎ、再度脱水を経て、風通しの良い物干し場で乾燥させています」

 鉱夫達は五着の作業服を貸与され、毎日、洗濯済みのモノに着替えている。


 建物の東端は、南北に渡り巨大なトイレが設けられていたのだ。




「エメリッヒ伯爵が若い頃に、伝染病で三つの村が全滅してしまいました」

 それは強烈な衝撃として、後を継いだばかりでまだ若い彼を苦しめたのだ。

「それから何年も研究を続けることにより、伝染病の予防には普段から清潔を保つ以外の方法は無い、という結論へ辿り着いたのです」

 強い意思と熱い情熱を持って、多くの費用と労力を注ぎ込み、エメリッヒ伯爵の領地に於いて予防医療の体制を整えたのである。 


「現場から戻った鉱夫達は、全員がシャワーを浴びて清潔な服装に着替えます」

 部屋の掃除と衣類の洗濯はそれぞれ専門の職員が担当しており、常に一定のレベルで清潔な環境が保たれていた。


「その後は栄養分を計算された食事が、食堂で皆に供給されるのです」

 鉱夫達には大量の塩分と良質な肉が振る舞われ、カルシウムたっぷりの干し魚も酒の肴として食べられていたのだ。たんぱく質と共にビタミン類も効率的に摂取できており、季節の野菜がたっぷり入った具沢山のスープも工夫されている。

「農耕に従事する牛馬に例えるのは、彼等にとって失礼に当たるでしょう」

 カークは表情を読まれてしまった。


「病気にならなければ、長期間に渡って元気に働き続けられるのです。その結果、豊富な経験を持った優秀な労働力が維持され、効率的な業務による高い利益が期待できるようになりました」

 いずれはこの仕組みが、帝国全土へ広まることが予想される。


「衣類の洗濯機だけではありません」

 アロレイ司祭は厨房へ案内してくれた。


「食堂で毎日、大量に発生する皿洗いについても、省力化を検討しています」

 カークは見慣れない大きな箱を紹介される。

「これは帝国大学の工学部と、共同開発中の皿洗い機です」

 蓋を開けると中には幾つもスリットが刻まれており、そこへ皿が並べられるようになっていた。

「洗剤を混ぜたお湯が循環して、皿に付いた汚れを洗い流す仕組みです」

 この装置の導入により、皿洗いにかかる手間が半減したという。


「皿洗い機は、来年から帝国軍でも試験的に導入される予定です」

 カークは帝国の底力を感じた。


「鉱夫達が帰ってくると混雑するので、その前に退散しましょう」

 厨房を後にして教会へ戻る。




「では、これが注文書です」

 アロレイ司祭から、冷凍乾燥された食料品と医薬品、石鹸と洗剤のオーダーを貰った。商品を馬車から降ろして即納品だ。

「支払いは合同庁舎で手続きしてください」

 カークは納品書を渡して、物品受領書にサインをもらう。この書類を元に請求書を発行し、集計された金額の貴族手形が振り出されるのだ。


「ありがとうございました」

 カークは貴族の作法に則りお辞儀をして、初取引の感謝を述べた。アロレイ司祭は貴族の三男であり、更には代官をも兼務している。サーモントラウト侯爵家の御用商人として、後援者に恥をかかせる訳にはいかない。


(ロクサーヌにお土産を用意しよう)




◇◇◇



(確かに新しい)

 一泊金貨一枚を支払って通されたのは、この町では高級に属する部屋だった。


(鉱夫達と鉢合わせないように、ディナーは遅い時間を指定されたんだな)

 今日のまとめを記録して、先にシャワーを浴び着替えておく。


(しかし、エメリッヒ伯爵は凄い人物だ)

 このメボンアという鉱山のための開拓地では、鉱夫達が大切な労働力として尊重されていた。カークが想像するには、最初こそ犯罪者の懲役奴隷で就業しても、長期間の労働を経て更正した者は少なくないだろう。


(採取した鉱物を領外へ販売し外貨を得る。領内で徴収された租税を公共事業や福利厚生に使い、資金が滞ることなく循環させる仕組みだ)

 領民にお金を使わせ、経済活動を活発化している。それは帝国の基本姿勢と同じだ。



◇◇◇



『間も無く夕飯デスヨ』

『卸した鮮魚が提供されるのよー』

『ちょっと暇でござる』

 相変わらず、彼の仲間は暢気だった。




続く

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