第八十二話:依頼
第九章は奇数日の十二時に投稿します。
「帝国大学から来た者だが、荷物は先に到着していると聞いた」
薬草の村にある合同庁舎の受付で、老ドワーフが問いかける。赤鬼チャハンを彷彿とさせる銅鑼声だ。
「教会に有りますよ」
車椅子の若い男が答えた。今日はエドの休日である。
「ご案内いたします」
彼の言葉に反応して、垢抜けた服装の少女が立ち上がると、静かに受付カウンターへ歩み寄った。
「どうぞ、こちらです」
少しぎこちない笑顔で老ドワーフへ話し掛ける。
「直ぐ近くですよ」
そう言って出口へ向かった。
彼女は教会に保護された孤児で、カークが運んだ帝都の貴族から寄付された服を着ている。多くの孤児達が、自立へ向けて村の施設で働いているのだ。
「親方、どうでしたか?」
合同庁舎の建物を出ると、五人のドワーフ職人が待っていた。皆が大きなカバンを背負い、頑丈そうなキャリィバッグを曳いている。
「教会だ」
親方と呼ばれた老ドワーフは、一言告げて自分の荷物を持った。
「こちらの淑女が案内してくれる」
帝国大学に勤める彼等は、某かの役割りを持つ者を尊重するのだ。
◇◇◇
「遠路遥々、ご苦労様でした」
痩せて背の高いケテル助祭が出迎える。
「まずは旅の疲れを癒してください」
六人組のドワーフ達へ、有無を言わさず優しい治療魔法を掛けた。
「この後は直ぐに、検品と組み立て作業を始めていただく契約になっています」
人使いの荒さは、シスター・メリィと同じだ。
「カーク顧問殿、いらっしゃいました」
部屋で教科書を読んでいたカークは、トーガン助祭の呼び掛けに顔を上げる。
「帝国大学から派遣された、メカニックの方々です」
栞を挟んで教科書を閉じた。
「分かりました、直ぐに参りましょう」
帝国標準語の発音で応答する。
フェアリーと紋白蝶は、カークの頭上でキラキラと光りながら踊っていた。
「初めまして。私は<励勤屋>のカークと申します。どうぞ宜しく」
教会の待合室で六名のドワーフと会う。カークは最年長と思われる老ドワーフの元を訪れて、<励勤屋>のビジネスカードを手渡し丁寧に挨拶する。
「おう、ハーマンから話は聞いているぜ」
老ドワーフは片手で受け取ると、銅鑼声で楽しそうに言った。
「俺達は<聖銀組>で、帝国大学の仕事を専門に請け負っている」
自分では愛想良くしているつもりの笑顔だが、初対面で理解できる者は少ない。
「ワシは親方のジョバンニだ。宜しく顧問殿」
大きな右手で握手した。厳つい掌と指だが、意外と繊細な力加減である。
「コイツは番頭のガムーラで、まだ額に毛髪が残っているがとても頼りになる男だ」
厳つい親方に比べて、随分と優しい顔付きのドワーフを紹介された。
「ガムーラだ、宜しく」
同じように握手を交わす。メカニックだけあって、いつでも馬鹿力ではないようだ。
「他のスタッフは追々紹介するとして、まずは拠点の確認と昼飯を食わせてくれ」
検品は午後から始めることになった。
「顧問殿は<解析者>だったな。午後からの検品に、立ち合ってもらえれば助かるぜ」
どうやら帝国大学内では、カークの個人情報が筒抜けなようだ。
◇◇◇
「これが納品書です」
教会の裏側に増設された建物へ集まり、カークが運んで来た荷物の前で書類を渡した。
「うむ。では検品に移ろう」
親方の指示で五人のドワーフが動き始める。
「一口に<検品>といっても、その内容は<検数>と<検質>に分かれているんだ」
それはカークも習っていた。
「納品書と現物を照合して、種類と数量の確認に加えて外観の目視検査を行う」
大きな部品は床に並べ、ネジなどの細々した部品はテーブルに配置されたトレイへ入れてゆく。クリップボードに挟んだ納品書を持ち、親方が巡回して最終チェックをしていた。
「よし、全部揃っている」
二十分ほどで検品が終わると、物品受領書へサインをした親方は、残金の小切手と共にカークへ渡す。
「ありがとう。帝都から遠距離を運んだとは思えないほどに、傷みが無くとても良い状態だ」
アルベルトが飛んでいる間は無振動なので、高品質が保たれていたのである。
「ご苦労だった。顧問殿が<解析者>の眼で見ても、合格したから安心だぞ」
厳つい笑顔で労いの言葉と共に、五人のスタッフへ銅鑼声を掛けた。
「またのご利用をお待ちしています」
カークは商人らしい言葉を告げる。
「よし。後は俺達に任せてくれ」
検品を終えたスタッフは、図面と計測器を持って寸法検査を始めた。指定された重要管理寸法を測り、専用の書類へ記入してゆく。
コンベックスやノギス、内外径を測るマイクロメーター等、カークも使い方を習った計測器が揃っている。
全ての寸法を確認してから、組立図に従って作り上げるのだ。
(これで依頼された納品が完了したので、漸く次の商売に旅立てるぞ)
カークは気持ちを切り替えた。
◇◇◇
「カーク、依頼だ」
聖銀組の皆とディナーを楽しんだ後、部屋へ向かう廊下で後ろから声を掛けられる。
ビクトルだ。
「シスター・メリィの了解は得ている」
一緒に部屋へ入った。
「今夜、二時間後に」
小さな包みに渡される。中には黒装束と革袋が入っていた。
「前金の五十枚だ」
酔いを醒ましてから灯りを消し、黒装束に着替えて待っていれば、彼が迎えに来るらしい。
「予防安全だよ。夜明け前には戻れるぞ」
弓矢を準備しておくように言われた。
カークは完全解毒の魔法で、体内のアルコールを飛ばす。鎧下に弓矢用のプロテクターを着けてから、渡された黒装束を纏った。サイズはピッタリだ。
矢筒を左右の腰に提げて弓を背負う。お気に入りのナイフを懐へ忍ばせ、ミスリル銀製のロングソードも揃えておいた。
二時間後に、デスク際の窓がノックされる。カークは無言で窓を開けた。
黒装束のビクトルに『着いてこい』と手招きされ、静かにその後を追う。
(今は日付が変わった処だ。夜明けまでは六時間あるので、片道三時間以内だな)
カークは少ない情報を繋ぎ合わせて考えた。
鍵が開いていた裏門の通用口から出ると、深夜の街道を南に向かって走る。間も無く小さな川に着いた。小舟に一人の男が乗っており、無言で手招きしている。
(彼等も暗視魔法を使っているのか?)
月明かりだけで川を下り、一時間を過ぎた頃に大岩の下で停まった。ビクトルとカークの二人は、小舟から直接大岩へ移り登ってゆく。
森の中の獣道を走る。
ビクトルも魔除けの鈴を持っているのか、魔物はおろか夜行性の野生動物にも出会わない。
一時間後に黒装束の二人と合流した。体格からホビットだと分かる。その二人の後を着いて走った。
十五分で開けた場所に辿り着く。
(三台の幌馬車に馬が六頭。周囲にはテントが五つで、見張りが三人。各テントには四人ずつ居る)
カークは気配を探って把握した。見張りの三人は、如何にも落ちぶれた盗賊だと分かる姿をしていたのだ。
「見張りは弓矢で始末」
ビクトルが小声で伝える。
「女は生かしておけ」
ホビットの二人が頷いた。
黒装束の四人が散開して配置に着く。嫌な気配を感じたカークは、<魔除けの鈴>と<寂しん坊の指環>へ魔力を込めた。
黒装束のホビット二人が倒れる。どうやら事切れたようだ。
「……何だ?」
すかさずビクトルが寄って来た。
「暫くは動けない。全員を眠らせてから、ゆっくり始末しよう」
カークは小声で伝え、強制睡眠の魔法を掛ける。見張りの三人がその場に崩れ落ちた。
「カークは女達を馬車に運んでくれ」
ビクトルは冷静だ。
「残りは始末しておく」
カークが頷いたのを確認すると、静かにテントへ向かって行った。
女は各テントに一人ずつ居て、全員が慰み者にされており酷い状態だ。清潔そうなシーツで身体を包み、一台の幌馬車へ集め寝かせておく。二人が妊娠しており、一人は流産していたことが判明する。
全員に治療魔法を掛けておいた。
ビクトルは残りの男達の首筋へ、針を刺す作業を淡々と繰り返している。
十分で始末を終えた。
「貴方は大丈夫だと知っている」
カークは静かに呟く。
「この仕事に乗じて、俺を消したい奴が居たようだ」
ビクトルは黙って聞いていた。
「想定通りに進まないからこそ、人生は楽しいと思うことにしたよ」
カークは無表情だ。
「とにかく、俺は生き残ります」
珍しくカークが宣言した。
「どんな形でも、埋め合わせする」
ビクトルの言葉は重い。
「後片付けは任せて、今日は帰ろう」
そう言う彼の背中は、酷く疲れて見えた。
◇◇◇
『今日は休みデスネ』
『昼寝は気持ち良いわよー』
『次回は吾が輩も呼んでくだされ』
カークの仲間が癒してくれる。
続く