第八十話:感情表現
第八章は奇数日の十二時に投稿します。
(最近どこか息子の様子がおかしい)
旅商人の男は悩む。
(有らぬ処を見つめていたり、声に出さない独り言が増えている)
これだけ長く家を離れたのは初めてなので、ストレスが溜まっているのだろうか?
「明日から一週間は、この町で春のカーニバルが始まるよ。初日と最終日は仕事を休んで、二人で一緒にアトラクションを楽しもう」
少しは気が晴れるかも知れない。
「父さん、ありがとう」
相変わらずぶっきらぼうな口調だが、子供らしく眼をキラキラと輝かせている。幼い頃からカーニバルが好きなのだ。
「どうしたカーク?」
楽しそうにイベントを眺めるだけで、自分が参加したい様子を見せない息子が心配になった。
「あの司会者を見てると楽しい」
笑顔で父親を見上げる。
「集まった観客の注意を引き、自分の思い通りの演出を実行しているんだ」
それでいて皆を楽しませている能力に、息子は酷く興味を持っていた。
「観客の中には演出を理解して盛り上がり、周囲を巻き込んでいる人も多い」
司会者と観客が一体になって、一つのイベントを楽しんでいるのだ。
「皆を楽しませて幸せな時間を共有できる、その才能にとても憧れるよ」
冷静な口調だが、両手を握ったり開いたりする仕草からは、かなり興奮していることが読み取れた。
「父さんと取り引きした相手が、いつも喜んでいるのと同じだね」
キラキラした瞳で父親を見る。
「僕も父さんみたいに、皆を幸せにしたいな」
息子は表情に出にくいだけで、内に秘めた感情が熱いことを父親は知った。
「大丈夫だよ。カークは父さんの息子だからな」
厳つい顔をしているが、父親にとって可愛い子供であることは間違いない。
「一緒に楽しもう」
父親は息子の手を引いて歩き出した。
◇◇◇
『とても楽しいデスヨ』
『皆が元気でよかったわー』
『もっと仲好くしたいでござる』
アルベルトの巨体は敬遠され勝ちだ。
続く
ストックが切れたので、第九章は2022年10月から再開します。