第八話:霹靂
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気を取り直したカークは、まず服を買いに出掛けた。
マントで尻が裂けたズボンを隠し、町の屋台で朝食を買って食べる。鶏ガラで出汁を取ったトマトスープのパスタだけではもの足らず、ソーセージがパンの三倍は長いホットドッグも平らげた。パンはソーセージを挟んで持つだけの役割りである。
(まだ服飾店は開いていないんだな)
早朝から服を買う客は少ないようで、カークは途方に暮れてしまった。
(では、道具屋筋へ行こう)
彼は目的地を変えて、そそくさと歩き始める。
「いらっしゃいませ」
彼が訪れたのは釣具も扱う小物店だ。
「相談がある」
若い男の店員へ話し掛けた。
「トラベラーズ・インに連泊しているが、食事を今より多彩にしたいと考えているんだ」
厳つい顔をしたカークの言葉にも、店員は普通の笑顔で頷く。
「実は安い魚を買って、腹を下したことがある」
店員へ打ち明けるように小声で話した。
『真実の全てではありませんケドネ』
フェアリーの突っ込みは無視しておく。
「低予算だが、最低限の機能と耐久性を備えた組み合わせだよ」
若い男の店員が用意してくれたのは、短い釣り竿と二巻きの糸、小型の浮きと折り畳んだ葉っぱに収納された十本の釣り針だった。
「竿は一本が六十センチの三本組みで、組み合わせで長さを変えられる」
二本だけと三本全部のどちらかを選べるのだ。
「対象となる魚は十から二十センチまでの大きさで、それに合わせた強さと細さの針と糸にした」
小さくまとまり可搬性にも優れている。
「初心者用の渓流釣りセットで、全部込みだと銀貨二枚にオマケしよう」
小魚の干物であれば、二十枚は買える値段だった。
(二十匹以上を釣れれば、元が取れる計算だな)
カークは礼を述べて支払う。
その他にも火熾し用の金具と着火剤、諸々の消耗品を吟味して安く揃える。複数の店舗を巡ったので、買い物を終えた頃には丁度よい時間になっていた。
『あっ、あの帽子が可愛いです……ケレド、今の服装には似合いまセンネ』
服飾店が並ぶ商店街を歩いていると、店頭の陳列を眺めてフェアリーがはしゃぐ。しかし、彼女の好みはカークのセンスとは合わなかったのだ。
『犬獣人さんのお店デスヨ』
フェアリーが見つけてくれたのは、革製品を取り扱う店舗だった。この地方の革職人には犬獣人が多い。加工工程に彼らの優れた筋力を必要とするのだ。
『品揃えが豊富デスネ』
買い物好きなフェアリーは、上機嫌で広い店内を巡っていた。
「相談がある」
カークに負けず厳つい店員へ話し掛けた。
「何だ?」
ブル系の犬獣人の店員は、小さい子供ならば泣き出してしまいそうな迫力の持ち主であった。
「このズボンを仕立て直したい」
そっとマントを脱いで、静かに後ろを向く。
「……測るぞ」
お尻が裂けたズボンを見ると、店員は直ぐに察してくれた。
「一生モノだと思って、金貨二枚半で買ったんだ。できれば長く使いたい」
脱いだ鞣し革のズボンを点検するブル店員へ、カークは希望を述べる。採寸が済み、腰に巻いたマントで下半身を隠していた。
「相手は?」
ブル店員が切れた左腿の傷を指して問う。
「ヒュージ・スコーピオンの爪にヤられた」
その答えに黙って頷く。
「一度バラして継ぎ足す」
方針が決まったようだ。
「工賃と材料費込みで金貨一枚」
半額を先払いする。
「明日の昼までだ」
預り証を貰った。
「替えのズボンはこれにしろ」
深い藍色で厚手な生地のズボンは、ゆったりとしたサイズだ。臀部と膝には革を当てて補強してある。有無を言わさず押し付けられたが、料金は銀貨八枚だった。
(太さに合わせると丈が長い)
裾を折り畳んでブーツへ押し込んだ。
ランチには、最近流行り始めた中へ挽き肉を詰めて揚げてあるパンにした。ピリッと効いた香辛料が食欲を誘い、結局は三つも食べてしまったのである。
釣り道具を持って北門へ向かう。今から釣りに行くと言ったら、門番の衛兵に怪訝な顔をされた。
「アンタなら大丈夫だと思うけれど、魔物に襲われて危ないと感じたら直ぐに逃げるんだぞ」
昨日はヒュージ・スコーピオンと遭遇して倒してしまった彼だが、顔見知りのことを心配してくれる衛兵に謝意を伝えて出発する。
◇◇◇
(さて、実際には釣りだけが目的ではない)
北東へ進んで川に沿って遡り、二時間近く歩いた先には落差が六メートルほどの滝があった。そこへ辿り着くまでにゴブリンを三匹叩きのめしたのだが、強くなった彼には以前のような手応えは感じられなかったのだ。
(新たに覚えた魔法を試そう)
渓流釣りのポイントは交通に不便なところが多く、他の誰かと出会うことは少ない。独りで隠れて魔法を試すには、格好の環境であると考えたのだ。
『私がついていますケドネ』
フェアリーはふよふよと浮いていた。
中央に滝がある高さ六メートルの崖は、左右に幅二十メートルほど広がっている。滝の幅は三メートル。丁度真ん中辺りに五十センチの黒い岩が突き出していた。滝壺は半径十メートルの扇形をしており、向かって左側にズレたところから幅二メートルの川が流れている。
滝壺の周囲は草が生い茂り、処所に大きな岩が散在していた。かなりの規模で地殻変動があったのだろう。
カークが立っているのは、滝壺から二十メートルほど離れた岩の上だ。プラズマ・ボールの射程距離の限界に近く、確認には最適な環境だと思える。
『周囲に人の気配はありマセン』
フェアリーが報告してくれる。
(よし、やってみるぞ)
フェアリーに教えてもらった呪文を唱えた。初めてなので少し時間がかかる。カークの全身を淡い光が包み、目の前に青白い光球が浮かび上がった。
『射ち出す方向と速度を決めて、心の中で強く念じるのデスヨ!』
カークは一番目立つ標的として、滝の途中に突き出した黒い岩を選んだ。
(最高速で、あの岩を)
ハッキリと視認した岩に向かって念じる。
ピシャーン! バリバリ……
次の瞬間、光球は岩に当たって弾け、強く輝きながら放射状に周囲へ拡散した。その際に発生した落雷のような音で、付近に潜んでいた鳥達が一斉にバタバタと翔び立つ。
通常であれば至近距離で落雷に遭遇すると、間違いなく感電被害を被るのだが、彼の身体を包む淡い光によって保護されていた。特に額へ巻いてある鉢金が危険だったのだが、本人はまるで気付いていない。
(光と音の目眩ましなのか?)
チカチカする眼を瞬たかせ、カークは魔法の効果を判定した。
『違いマスヨ!』
フェアリーが怒って叫ぶ。
『ホンの一瞬だけデスガ、高電圧の大電流が走り、超高温が発生するノデス!』
かなり興奮した様子で、両手の拳を握りブンブンと振り回している。
『雷様と同じデスヨ!』
自分の言葉で更に興奮が昂ってしまったらしい。プンスカしながら辺りを飛び回っていた。
『強くなればドラゴンでも一撃ですカラネ!』
本当だろうか?
『とにかく、強い魔法なノデス』
二~三分して戻ってきたフェアリーは、ゼイゼイと肩で息をするような仕草でカークに向かって主張する。
(普段使いできる魔法ではない、と分かったよ)
真面目な表情で答えた。
(しかし、今の騒動で、魚は逃げてしまったな)
魚どころか周囲には野生動物だけではなく、魔物の気配すら皆無だ。彼等にとっては正に青天の霹靂だったのだろう。
(だが、これで決まったぞ)
カークはスッキリとした表情だ。
(鋼鉄製の剣にしよう)
軽い足取りで町へ向かう。
(俺には治療魔法もある)
呪文を唱えるのも速くなった。
(肉を斬らせて骨を断つ、ではないが、攻撃こそ最大の防御だ)
物騒な考え方の商人である。
『プラズマ・ボールの魔法は、取って置きで最後の切り札なのデスネ』
フェアリーも納得したようだ。
続く




