第七十九話:納品
第八章は奇数日の十二時に投稿します。
『この大きな盥を、二つも持って来たのでござるか?』
アルベルトが疑問を投げ掛けた。
「シャワーの代わりだよ」
カークは平然と答える。
帝都を再出発した一行は、大森林の上空を飛んで移動していた。最初の野営地に着いて、カークは二つの盥へ川の水を汲む。
「汗をかいたから、身体と下着を洗うのさ」
馬車のメンテナンスと記録を終え、夕食を済ませた後に剣術を練習したのだ。
熱量交換の魔法で片方の盥を温めると、石鹸で全身を洗い残り湯で下着を洗濯する。もう一つの盥へ熱量だけを移し、身体の石鹸を洗い流して洗濯物をすすぐ。絞った下着は軽く叩いて綺麗に皺を伸ばし、馬車の庇へ吊るして干した。
健康のためには、清潔を保つ必要があるのだ。入浴と洗濯は、移動中のカークの日課となった。
『ガーゴイルの群れが居たでござる』
移動を始めて数日後、大森林に突き出た崖へ二十匹以上の群れを見付けたのだ。
「魔石を集めておこう」
気配を察知されないように、ドリアードへ頼んで結界を張ってもらった。よく心得たアルベルトが、静かに低空飛行で近寄る。
カークはプラズマ・ボールの魔法を唱え、五十個以上も親指大のサイズへ分散させた。そしてその魔法をガーゴイルの群れの上から、シャワーのように拡散して降り注がせる。二十匹以上の群れは瞬殺された。
(プラズマ・ボールを拡散させると、範囲攻撃にも使えて便利だな)
地上に落ちた魔石を回収する。この後の行程でも同様の攻撃で、ヘル・コンドルやダイブ・イーグルなど幾つか魔物の群れを狩ったのだ。
◇◇◇
「事前に薬草の村の周囲を、偵察しておきたい」
移動を始めてから十日目の午後に、目的地の近くへ到着した。年末にビクトルが派遣されたことを思い出したカークは、念のために危険が無いか確認しておきたかったのだ。
『了解でござる』
アルベルトは頼もしく請け負ってくれた。
『高度を下げて低速で回りまする』
薬草の村には見付からない距離を取って、慎重に魔物の気配を探って行く。特に気になる存在は居なかった。
「ありがとう、アルベルト」
カークは感謝を伝え、気遣いを労う。彼は善きパートナーだ。
◇◇◇
「ようこそ、薬草の村へ。おや顧問殿でしたか、お久し振りです。いらっしゃいませ」
頑丈に造り作り直された門を守っていたのは、若いセントバーナード系の犬獣人である。大柄で太い槍を持つ姿は頼もしい。カークが掲げた顧問のカードを確認すると、人懐っこい笑顔を見せてくれた。
「立派な馬車に……」
開門してくれている途中で、彼の視線が馬車へ釘付けになった。
「それは、蓮系の新型車ですね!?」
叫びながらも最後まで門扉を開いてくれる。
「あのう、明日は非番なので、教会へ見に行っても構いませんか?」
カークは直ぐに頷いた。思わぬ処で馬車マニアと出会ったのだ。
「ありがとうございます!」
門番はとても喜んでくれた。
夕暮れの村を進み、懐かしの教会へ到着する。この一年で復興したのか、周囲には見慣れない建物が幾つも増えていた。
「こちらへ、どうぞ」
教会の前で御者席から顧問のカードを提示すると、警備の僧兵が駐車場へ案内してくれる。彼は知らない顔だったので、昨年はまだ居なかったのだろう。
「お帰り、カーク」
馬車を停めると同時に、通用口から声を掛けられた。小柄で猫背なノームの老婆である。その後ろに控えて居たのは、高い鼻が目立つ若い男だった。
「ご無沙汰しております。ご注文の品を、お届けに参りました」
カークは畏まった挨拶で応じる。
「帝都に居られる貴族の方々のご厚意により、全ての衣類を無償でご提供できることになりました」
そう言って馬車の側面を開き、衣類が満載されたコンテナを指し示した。
「どうぞ、ご覧になってください」
サーモントラウト侯爵家で習った、貴族相手のお辞儀を披露する。
「あらイヤだ、結構サマになっているじゃあないの」
カークの挨拶を見たシスター・メリィは、嬉しそうにケケケと嗤った。
「半年以上も帝都で暮らすと、自然に垢抜けてしまうのかねぇ」
長い睫毛に隠れた瞳を輝かせる。
「ヨギ兄さんから聞いていたけれど、立派に成長して見違えちゃったわよ」
つい先日も成長したばかりだ。
「長旅で草臥れただろう。まずは中へお入り」
手招きするメリィの後ろでは、ビクトルが静かに苦笑いしていた。
(ブリジット先生と初めて出会った時も、彼は後ろであんな表情をしていたな)
お互いに同じような境遇にあると、カークは半ば観念する。
◇◇◇
「ありがとう。どれも上等な服ばかりだね」
子供達への服を検品したシスター・メリィは、本心から感謝の言葉を述べてくれた。
「今回だけは、去年の被害に対する復興支援として受け取りましょう。でもね、来年からはちゃんと支払うと伝えておくれ」
流石は薬草の村の経営者で、貴族と教会の関係にも配慮している。しかし、子供達へのプレゼントである玩具は、とても喜んで受け取ってくれたのだ。
「さて、もう一つの品物を受け取るよ」
彼女の言葉に三組六名の僧侶が集まった。彼等はそれぞれにカートと呼ばれる一軸二輪の荷車を牽いており、この駐車場から別の建物へ荷物を運ぶのだ。
「慎重に運んでください」
馬車の荷物室へ乗り込んだカークは、冷凍乾燥装置の梱包を丁寧に運び出した。
「来週には帝国大学のメカニック達がやって来る予定だから、その時には開梱と検品に立ち会っておくれ」
シスター・メリィの指示で荷物が運ばれて行く。その行き先は、教会の裏に増設された新しい建物だ。
「……残りの話は、ディナーの後にしようか」
微笑みながら彼女はポツリと呟いた。
(長くなりそうだな)
カークは覚悟を決める。
◇◇◇
「こちらの顧問室をお使いください」
教会内にカーク専用の部屋が用意されていた。案内してくれたのは若い神父だ。
「ディナーの用意ができたらお呼びしますので、この部屋で待っていてください」
室内にはローテーブルを挟んで四人掛けのソファが向かい合って置かれており、その奥に窓を背中にして簡易なデスクが配置されていた。デスクの右隣には低い書棚がある。左側には隣室へのドアがあり、クローゼット付きの寝室に繋がっていた。
(年に一度の春だけではなく、もっと頻繁にこの村を訪れろということなのか?)
コンテナへ植え替えたドリアード達を、寝室の窓際へ並べて置く。
(まあ、旅先での拠点が増えたのは助かるな)
カークはデスクの引き出しへ幾つかの書類を収納し、あまり座り心地の良くない椅子に座って凭れる。
(とにかく今日の書類をまとめておこう)
馬車のレポートなどを整備記録へ記入した。
続けてサーモントラウト侯爵宛てに、衣類の納品が完了した報告書を作成する。同じモノを二通書いて、軍の逓信隊と運送協会の郵便事業に分けて手配した。保険としてフェアリー経由で風の精霊であるシルフィにも伝言を頼んでおく。運が良ければ、三経路の内のどれかが伝達されるだろう。
『挨拶に行きマスネ』
『久し振りなのよー』
カークが落ち着いた頃に、フェアリーと紋白蝶は出掛けてしまった。その後、間も無くディナーに呼ばれる。
「ご苦労様だったねぇ」
カークが案内されたのは、新たに食堂へ増設された個室だった。
「まあ、そこへお座り。随分と儲かったから、かなり食事は改善されたんだよ」
アンタのお陰さ、と言って笑う。
「まずはディナーを楽しもうじゃあないか」
改善された食事は、サーモントラウト侯爵家と比較すれな質素なメニューだった。それでも携帯食よりは充実している。カークはありがたくいただいた。
「……何故、グレート・ヒルへ寄らなかったんだい? なにか都合の悪いことでも有ったのかね」
食後の紅茶で寛いでいると、シスター・メリィが静かな口調で訪ねてくる。
「アンタが通ったら教えてもらうように、門番へ頼んでおいたんだよ」
門番からの連絡が無いまま、カークは薬草の村へ到着したのだ。
「昨年、旅の途中に偶然エルフでヴァルキューレのミロ様と知り合いました。その際に私の魔力を使って、ミロ様が治療を施されたのです」
カークは簡潔に話した。
「そのご縁もあり、精霊獣の天翔馬をご紹介していただきました」
街道を走らずに大森林を飛び越えて来た、と正直に打ち明ける。
「……なんだい、その吟遊詩人が語る<英雄譚のプロローグ>は?」
珍しくシスター・メリィが慌てた。
◇◇◇
『皆と逢えて嬉しいデスネ』
『積もる話が多いのよー』
『紹介してくだされ』
アルベルトは人見知りしない性格だ。
続く