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導かれる者  作者: タコヤキ
第八章:商人として
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第七十五話:バザールへの出店

第八章は奇数日の十二時に投稿します。

『この辺りでござるか』

 街道を進み、間も無くロンゴウゲの港町に着く処だ。

『そうだよ。ここでミロ様と出会い、JJとDDのフェンリル姉弟を預かった』

 他に人影はないが、カークはアルベルトとテレパシーで会話している。雨はあがっても、春の風はまだ少し肌寒い。



◇◇◇



「ようこそ、ロンゴウゲへ」

 午後に到着して宿を確保すると、カークは商人組合の事務所を訪れた。

「露店の許可証ですね。ではこちらへ」

 受け付けは中年男の狐獣人だ。

「期限は明日から三日間で、バザールの場所は中央広場の噴水東横です」

 少し高めの費用を支払うと、許可証の金属板と羊皮紙の地図をくれる。

「税金は売り上げの一割なので、毎日の営業終了後に収めてください」

 売り上げ入金用の貯金箱を渡された。事務所にしか鍵はないので、過小申告などの不正はできない仕組みである。尤も売り上げを貯金箱へ投入しなければ脱税できるのだが、売上高が少なくなり商人組合での評価が下がるので実行する者は少ない。

「釣銭用の両替は、あちらの窓口でお願いします」

 カークは口座から引き出したお金を両替する。ある程度の資金がなければ出店すらできないので、運転資金の額が信用に直結しているのだ。




「ここだな」

 翌朝早くに指定された場所へ着いて馬車を停める。ボディ側面の下半分を外側へ開き、商品を陳列すると価格表を並べて置いた。あれから三回も書き直したカークの自信作である。

 携帯用のコンロを使いケトルでお湯を沸かす。インスタントの珈琲やスープを、宣伝のために無償で提供するのだ。


(人通りが増えてきたぞ)

 周囲へ出店が揃い、宿を発った旅人達がチラホラ歩き始める。

(それではデモンストレーションをしよう)

 カークは木製のカップに冷凍乾燥させたスープの素を入れて、ゆっくりとケトルで沸かしたお湯を注ぐ。細長い堅パンでかき混ぜると先端がふやけた。

 春とは言えまだ早朝は気温が低い。暖かそうな湯気と共に、コンソメの香りが辺りへ漂う。

 カークは五分ほどかけてスープを飲み干し、次にインスタント珈琲を淹れる。何となく周囲を見渡すと、香りを楽しみながら飲んだ。


(今日が初出店だから、一組でも来客があれば御の字だな)

 カークは慌てずにドッシリと構えている。行き交う旅商人らしき者達は、誰もが彼の父親とよく似た雰囲気を感じさせた。


 一時間が過ぎた頃に、柄の悪そうな人物がカークを睨みながら近付いてきたが、途中で怯えた表情に変わり逃げて行く。それは<寂しん坊の指環>の効果だった。


(皆が眺めて通り過ぎるだけだぞ。他の店のように呼び込みしなければ駄目なのか?)

 カークはなるべく穏やかな微笑みを心掛けているつもりなのだが、誰も目を合わそうとはしない。バザールを巡回する警備員は揃いの兜とサーコートを身に着けていた。青と白の縦縞模様は帝国内どこでも共通だ。


『値段が高いデスネ』

『露店は安いのよー』

 フェアリーと紋白蝶が、他店の価格を調査してきてくれた。その結果、カークが提示している価格が一桁高価だったと判明する。


(恐らくこの馬車やアルベルトのハーネスも、高級品であると受け取られているんだな)

 カークの服装も拍車を掛けていた。

(場違いな出店だったのか)

 事前の調査が不足していたのだ。

(今日は仕方がない。明日には安価で提供できる商品を考えよう)

 諦めたカークは検討を始めた。営業時間中のフェアリーと紋白蝶は、アルベルトとテレパシーで会話しながら大人しく待っている。




「それはリゾットではないか?」

 ランチに冷凍乾燥させたリゾットをお湯で戻して食べた。その様子を眺めていた一人の男が尋ねてきたのだ。大柄で厳つい風貌は、いかにも傭兵に見える。

「そうです。サーモントラウトがたっぷり入って旨いですよ」

 食べ掛けの手を止めて応えた。

「味見にひとつどうぞ」

 カークは新しいパッケージを取り出す。

「そうか。ありがたい」

 男は喜んで受け取った。


「このように容器へ出してお湯を注ぎます」

 カークは陶器の器にリゾットの素を入れる。

「沸騰したお湯を適量注いで、蓋をして待ちます」

 小さな砂時計をひっくり返した。

「これは軍隊の食事と同じだな」

 待ち時間に男が話し掛けてくる。

「昨年末で退役したんだよ」

 彼は知っていた。


「確かに、この味だ」

 一口食べて微笑む。

「軍隊以外でも売り出したのか」

 まだパイロット販売だと伝える。

「うむ。君は見たところ貴族にもツテを持っており、軍隊との関係も深そうだな。安心して購入できるぞ」

 そう言ってリゾットとパスタ、コンソメと野菜のスープを十個ずつ買ってくれた。

「慣れた味だし、小型で軽量だから携帯食料としては最適だ」

 正確に利点を認識している。

「良い買い物ができた」

 支払いもスマートだ。

「では<励勤屋>といったな。また何処かで会ったら補充しよう」

 男は笑いながら去っていった。


(退役軍人の傭兵であれば、需要があると分かったのが今日の収穫だ)

 カークは台帳へ記入する。




「なあ、この馬は病気ではないのか?」

 広場を巡回している馬糞回収業者が、カークへ心配そうに声を掛けてきた。

「便秘ならば薬を処方してやるぞ」

 精霊獣である天翔馬(ペガサス)のアルベルトは、普通の馬のように排泄しない。馬車に装備されている馬糞受けのバッグは綺麗なままで、道路には尿の跡も無かったのだ。

「ありがとう。彼は精霊獣なんだよ」

 正直に打ち明けた。

「何か問題があれば相談させてくれ」

 そう言って銀貨一枚を渡した。彼等は町を清潔に保つと同時に、回収した馬糞から良質な堆肥を生産する重要な役割を担っているのだ。




 夕方の閉店後は商業組合の事務所へ寄って売り上げから税金を支払い、幾つかの必要な小物を購入してから宿に戻った。




(これでよい)

 完全解毒の魔法で消毒したレモン水に、たっぷりと治療魔法を込める。乗り物酔いに効くと宣伝して、一人一杯を無料で提供するのだ。利益は出なくとも商談のキッカケになればよい。



◇◇◇



「旨い」

 翌朝、再びバザールへ出店すると、隣の店の商人がやってきた。狸獣人の中年男で、腰の低い人当たりが良い。無料のレモン水を振舞うと、喉を鳴らして飲んだ。

「励勤屋殿は食料品を扱っておられるのですね」

 昨日、初めて店を出すにあたり両隣の店舗に挨拶していたのだが、カークに対してまるで貴族を相手にするような態度で接している。今日は無償でレモン水を提供する看板を見て、漸く話し掛けてきてくれたのだ。

「冷凍乾燥させた食料品です」

 カークも丁寧に対応する。


「調理済みのモノと、素材のままのモノがあります」

 今朝は乾燥野菜を茹でて戻し、鶏ガラ出汁の素で味付けしたスープだ。

「塩コショウを追加して、好みの味に調整してください」

 カップにスープを入れて渡す。

「具沢山ですな」

 キャベツ、白菜、ほうれん草、ニンジン、カボチャ、茄子、ピーマン、大根、レンコン、タマネギ、白ネギ、青ネギ、シイタケ、エノキ、ニンニク、インゲン、オクラ、トウモロコシなど、帝都で入手可能な野菜が網羅されている。

「魚介出汁の素もあります」

 こちらはサーモントラウト家の専門だ。


「帝国軍のコンバットレーションとして採用されている製品で、一般市場へ流通させる前にリサーチしている処です」

 興味を持った商人たちへ、口コミで情報を広げてもらおうと考えた。

「常温で長期間に渡り保存可能なので、移動時の携帯食料だけではなく災害時の緊急食糧としても有効です」

 商品を紹介しながらアンケート用紙を渡す。

「購入していただいた商人の方には、アンケート調査への回答を依頼しています」

 商人組合の事務所へ提出すると、カークの私書箱宛てに届くのだ。

「その際にアンケート協力のお礼として、その場で半銀貨をキャッシュバックいたします」

 アンケート用紙にはナンバリングしてあり、どこで誰に販売したのかを台帳へ記録してある。


「商品化するに当たり、貴方の意見が反映されるかも知れません。是非ご協力をお願いします」

 誠実そうな狸獣人の商人へ告げた。カークなりに考えたセールストークだ。

「ふむ、かなり大規模な企画なのですね」

 彼は後ろ盾の大きさを推測し、励勤屋への信頼度を高めてくれた。

「分かりました。知り合いにも声を掛けてみます」

 ロンゴウゲは帝都に近い港町なので、商習慣のモラルも高い。カークが持つ<寂しん坊の指環>の効果も相まって、安心して取引できるだろう。


(高額商品を取り扱うことで、自ずと客層を選んでいたんだな)

 カークはサウス・ヒルで見掛けた、怒る若い商人を思い出したのだ。



◇◇◇



『気長な商売なのデスネ』

『余裕が頼もしいわー』

『吾が輩は暇でござる』

 カークは意識的に焦りを抑えていた。




続く

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