第七十一話:新年
第八章は奇数日の十二時に投稿します。
「今年も宜しく」
カークは声に出して言った。
『宜しくお願いシマス』
フェアリーも改まって挨拶する。身長は三十センチほどだが、九頭身で成人したスレンダーな大人の体格をしている。背中のアゲハ蝶に似た羽根をパタパタさせており、キラキラと七色に光る粒子を振り撒いていた。
『宜しくねー』
そんなフェアリーの頭に止まっている紋白蝶は、のんびりとした口調だ。淡いレモンイエローの羽根に、白くて丸い三つの紋が印象的である。
フェアリーと紋白蝶は、カーク以外に認識できる者は少ない。
(この一年は成長期だったのか)
身長は十センチ伸びて一メートル八十センチ、体重は十五キロ増えて八十五キロになっていた。
(髪型は変わったが、厳つい顔はそのままだな)
鏡を覗くカークは六頭身だ。
大きくて彫りが深く厳つい顔は、太い眉と大きな二重の吊り上がった目、武骨な鼻筋、盛り上がった頬骨と四角い顎、これまた太い唇の大きな口が引き締められ、意思の強さを感じさせている。髭の無いドワーフによく間違えられた。
(……髭だ)
鼻の下と顎の先端に、明確に産毛ではないと分かる髭が生えているのを見つけた。
十二月の五週目が終わり、一月一日を迎える間にあるのが<年末年始の日>である。曜日は無い。この日をもって一才歳を取り、カークは十六歳になったのだ。
サーモントラウト侯爵は午前中に、皇帝へ年賀の挨拶に出掛けていた。貴族の義務である。
午後に戻ってくると、家族や使用人、精霊獣のパートナーを含めてパーティーが開催された。カークはこの日のために誂えられたスーツを着て、ロクサーヌから大いに褒められ照れる。
◇◇◇
「お世話になりました」
明けて一月一日の朝、カークはエルフでサーモントラウト侯爵のアポロへ挨拶する。
「うむ。元気でな」
快く見送ってくれた。
「今年のファイナル・ウィークまでには、ここへ戻って来てくださいね」
侯爵夫人のニケが微笑む。女神のような美しさだ。
『カーク兄さん、行ってらっしゃい』
『兄ちゃん、またね!』
フェンリル姉弟が元気に尻尾を振る。姉のJJと弟のDDは、共に首筋だけ虹色の美しい銀狼だ。
「では、参る」
低音のハスキーボイスで告げたアルベルトが、ゆっくりと動き始めた。サンドベージュの体毛は、金属光沢に輝いている。シーサーペントの腱と革で構成された、立派なハーネスを着けていた。彼が牽く馬車は、帝国軍の輜重部隊と帝国大学の工学部車輌学科が共同開発しているプロトタイプだ。
これから帝国大学まで行って、冷凍乾燥された食材とそれを作る装置を積み込むことになっている。サーモントラウト侯爵家の長男であるキースと、長女のスーザンが所属する魔法学部の研究成果だった。
中央口を通り貴族街を出る。グレゴリオ隊長も気持ちよく見送ってくれた。
◇◇◇
「これは私が執筆した教科書です。一年かけて自習してみなさい」
帝国大学の魔法学部で待っていたのは、まさかのブリジット先生だ。新年の挨拶もそこそこに、餞別として二冊の教科書を手渡してくれた。内容は<統計学>と<解析学>である。ページを捲ると、カークが好きなグラフがふんだんに盛り込まれていた。
「年末には感想を聞かせてね」
何故かブリジット先生からの命令を、カークは甘えられているように感じる。
(孫の成長を期待する、祖母の気持ちなのだろうか?)
お年を召した貴族の大学教授に対して、失礼のない態度で接した。カークもブリジット先生が好きなのだ。
「お待たせしました」
校舎に併設された倉庫へ案内される。そこへ男前なエルフのキースが、台車に載せた荷物と共に厳つい犀獣人を連れてきた。頑丈そうな木枠の箱で、厳重に梱包されているのは冷凍乾燥装置だ。
「しっかりと固定してください」
キースの指示に従い、犀獣人のポーターは慎重に荷物を取り扱う。かなり重そうだ。
「寸法を確認します」
カークは集中講座で揃えたメジャーを使って、荷物の寸法を測る。三十センチ角で一メートル五十センチの長い箱が二つに、縦横が六十センチで高さ四十センチの箱が三つだった。
「合計で一日銀貨七枚です。四週間だと金貨十九枚と銀貨六枚です」
計算を終えてキースに伝える。
「今回はカーク殿の初荷だから、キリよく合計で金貨二十枚を支払いましょう」
キースは前金として半額の金貨十枚を渡してくれた。お屋敷での砕けた口調ではなく、ビジネスライクに話している。
「残りは薬草の村に着いてから、荷物と引き換えに受け取ってください」
カークはお礼を言って領収証を渡す。
「次は冷凍乾燥させた食糧ですね」
後ろに控えていたスーザンが言った。
「これが明細書ですよ」
食材、調理済み食料品、医薬品の三冊ある。総額金貨百枚分の商品だ。帝国軍の規格に沿って作られたコンテナ十二箱になった。一辺が五十センチの直方体なので、三立法メートルを占有している。
(売価は基本的に卸値の三倍だったな)
完売すれば金貨三百枚の売り上げで、粗利益は金貨二百枚だ。
(販売促進用の無償サンプルを考慮しても、かなりの売り上げが見込めそうだぞ)
イザ現物を目にして、カークは気を引き締める。
「検品を完了しました。問題ありません」
全てを確認するには結構な時間がかかった。アルベルトは大人しく待っている。
「ありがとうございます」
カークは受領書と共に、金貨百枚の小切手を渡した。先月末に教会から顧問料が入金されているので、預金には余裕がある筈だ。
(この後で商人組合の事務所へ寄ろう)
色々な手続きが残っていた。
通り道だったのでアルラウネに挨拶してから、商業科の校舎を訪ねる。車椅子のサルトリウス教官は今日も元気だ。
帝国大学での用事を終えたのは、昼前に近い時間だった。
◇◇◇
「北端城からグレート・クリフの街を経由して、薬草の村へ行くのですね」
商人組合の受付はカピバラ系の鼠獣人で、シェリーという名前の前歯が可愛い女性だ。ワイバーンの魔石をオークションへ出品する際に担当してもらった。
「そこから帝都への帰り道で、各所の開拓地を巡って行商する予定だ」
カークは大雑把な行程を説明する。集中講座の卒業生には特別に開拓プランが開示されているが、その内容は一般には極秘だ。
「貴方にとって善き一年でありますように。では行ってらっしゃいませ」
通帳記入など諸々の手続きを終えたカークを、シェリーは素敵な笑顔で見送ってくれた。
露店で買ったパンと串焼きを、馬車の御者席に座って食べる。少し遅めの昼食を摂った後に猟師連合会を訪れると、弓矢の許可証と会員登録の年次更新を済ませた。午後になっても窓口は混雑していたので、手続きに一時間以上を費やしてしまう。
(次は教会だな)
冷凍乾燥装置に祝福を授かり護符を貰うのだ。先回りしたバルビエリ学部長が待ってくれている。
(あの司教が居た教会だ)
学部長が乗り込んでいるのも、教会の武闘派へ対する牽制だった。
『大丈夫デスヨ』
『心配無用ねー』
フェアリーと紋白蝶は暢気である。だが、今はそれが安心感をもたらしてくれた。
『お任せあれ』
アルベルトは教会の場所を覚えていたのだ。
(予め<寂しん坊の指環>に、魔力を通しておこう)
帝都の教会は大きな建物だった。白を基調とした控え目な色彩で、縦方向の柱などの形状が印象的である。
東へ回り込んだ場所が駐車場だ。入り口で励勤屋と名乗り、来場の理由を告げる。建物の出入口近くへ停めるように指示され、アルベルトは大人しく従った。扉の前へ静かに馬車を停める。
妙に周囲がざわつき始めた。
「カーク顧問、お久し振りです」
大袈裟なジェスチャーで現れたのは、薬草の村の教会に居たクリフト神父だ。
「何やら明るいのは、貴方の照明魔法でしたか」
意味不明な台詞だが、カークは無反応でいた。
『司祭さんデスヨ』
『なりたてー』
フェアリーたちが教えてくれたのは、彼が司祭に昇格したばかりということだ。
「クリフト司祭、今日は宜しくお願い申し上げます」
カークは改まって、帝国標準語の発音で伝えた。
「こちらこそ、宜しく」
感情表現が豊かな姿をみて、何故か懐かしさが込み上げてくる。カークの人生を変えたイベントに、彼も一緒に参加していたのだ。
「ああ、そうだ。妻のブロンディ助祭も居ます」
クリフト司祭から一歩下がった後ろには、相変わらずスレンダーな女性が居た。穏やかな微笑みを浮かべて、控え目に挨拶する。
「よく来てくれたな、カーク」
廊下の奥から老エルフのバルビエリ学部長がゆっくり姿を現すと、周囲の者たちに緊張が走った。
「それでは早速だが、祝福の準備を始めよう」
厳しい表情で顔の皺が深い。
カークは馬車の側面を開き、臨時に設営されたテーブルへ荷物を並べる。白いレースのカバーが掛けられた上に、蓋を開けた梱包箱が揃った。クリフト司祭とブロンディ助祭の新婚夫婦も手伝ってくれる。
「……どうした?」
廊下の奥を覗いてバルビエリ学部長が問う。
「それが……」
顔色の悪い複数の神父が慌てていた。
「我が帝国大学の魔法学部が開発した、人々の生活を豊かにする機器だぞ」
老エルフは静かに威厳を込めて言う。
◇◇◇
『煽りマスネ』
『確信犯よー』
『茶番劇でござる』
カークは黙って成り行きを見守った。
続く




