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導かれる者  作者: タコヤキ
第一章:旅立ち
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第七話:悩み事

毎週月曜日の十二時に更新予定です。

(ヒュージ・スコーピオンだ!)

 突然の大物にカークは驚いた。


『南方に生息している魔物デスヨ!?』

 珍しくフェアリーが慌てる。しかし、心の一部は冷静であり、飛び上がって不意打ちを避けた。

(とにかく頭部を狙え)

 記憶を総動員して特徴を思い出す。


 先端に鋭い針を持つ湾曲して前を向いた尻尾は、刺されると猛毒に侵される (冒される)。もう一つの注意点は両腕の大きなハサミで、挟む力はとても強く人間の指ならば簡単に切り落とされてしまう。


(怯むな!)

 ハサミによる攻撃を避け切れず、左足の太腿を深く抉られたのだ。右足を踏み締めて全力で樫の棍棒を振り下ろすと、魔物の頭部が地面に叩きつけられた。その衝撃で口の左右に生えていた牙が折れる。


(もう一発!)

 肘に着けた甲殻のサポーターで鋭い尻尾の針攻撃を弾くと、再び同じところへ全力の一撃を喰らわせた。頭を中心に周囲が陥没する。

 彼は飛び退いて治療魔法の呪文を唱えた。

 太腿の傷が回復してゆく間に息を整え、石をぶつけても動かない魔物の死を確認する。


『治療魔法は完璧デスネ!』

 フェアリーのお墨付きを得た。

 先日の山小屋で経験した治療と、四半期毎に実施されるスラム街での奉仕活動で習熟したのである。


(硬い魔物だった……)

 これまでカークが戦ってきた魔物の殆んどは、樫の棍棒の一撃で倒せていたのだ。しかし、今回はそれができずに攻撃を喰らい、浅くない傷を負ってしまった。

(確かに、金属製の防具が必要だな)

 今更ながら、ダニエルの助言を痛感する。傭兵あがりで現役の運び屋は、カークの弱点を正しく見抜いていたのだ。


(だが強い武器であれば、攻撃を受ける前に倒せたのかも知れないぞ)

 治療魔法が使える彼は、まるで商人らしくない考え方をする。

(まずは解体しよう)

 取り敢えず悩むのは後回しにして、目の前の仕事を片付けることにした。


 最初に物騒な爪と尻尾を切り離し、先端が尖った脚も全て落としておく。大きさがドア一枚分ほどもある身体をひっくり返し、お気に入りのナイフで胸の真ん中を切り裂いた。厚いキチン質の外殻は固くてナイフでも削れないが、関節部分は柔らかくスカッと切れる。


(魔石が大きい)

 コボルトの四個分はあるだろうか。

 森から少し外れた岩場に居るのだが、既に多数の蝿が集っている。複数の切断面から溢れる体液が流れた先を辿ると、赤黒い大きな蟻が行列を成していた。


 太めの木の枝を切って片側を削り、できた平面部に尻尾の針を刺す。ロープで巻いて抜け落ちないように固定した。大きな二本の爪も開かないように外側からロープを巻き、尻尾とまとめて括る。莚代わりにしていた一枚の麻布で包み、握った結び目を肩に掛けて背負った。

 虫除けのお香を焚いた小さな炉を両腰に提げ、無惨な死骸を一瞥してから岩場を後にする。


(カラスか……)

 カークが森へ入った途端に、岩場がギャアギャアと騒がしくなった。彼は焼却用の道具を携帯していなかったので、魔物の死骸を放置するしかない。岩場だったので埋められなかったのだ。

(油と火熾しが必要だな)

 反省しながら帰途に就く。



◇◇◇



「教会の依頼で解毒草の群生地へ調査に出掛けたら、近くの岩場にヒュージ・スコーピオンが現れたんだ」

 イースト・ヒルの町へ戻ったカークは、北門の衛兵に事実を報告する。出発の際に外出の目的を申請しておいたので、驚きを以って出迎えられた。

「一人で倒したのか?」

 衛兵が心配する。

「ああ、これで殴ったよ」

 身体を捻り腰に提げた樫の棍棒を示す。

「一撃は喰らってしまったけどな」

 彼は左足を軽く上げて、破れた箇所に巻いた布を顎で指した。合わせて治療は済んでいることを伝えておく。


「念のために爪と尻尾を持ち帰ったが、どこへ提出すれば良いのか教えてくれ」

 担いでいた麻布を降ろし、広げて中身を見せる。軍の魔物討伐隊や傭兵達であれば知っていたのだろうが、生憎と商人であるカークにはその知識がなかったのだ。

「おう、それならば俺達の軍で受け付けるよ。では報告書を作るので、詰所へ来て協力してくれ」

 カークを只者ではないと判断した衛兵は、とても親切に対応してくれた。



◇◇◇



「へえーっ、アンタは商人だったのか。てっきり手練れの傭兵かと思ったぜ」

 北門で報告を終えた後、預り証として割符を貰ったカークは、今日の依頼元である教会へ向かっている。軍から今回の説明を担当するために、若い衛兵が付き添ってくれていた。


「その岩場は軍の調査が済むまで、暫く立ち入り禁止になるよ」

 普段は厳つい男として初対面では距離を置かれるカークにも、軍人である若い衛兵は普通に接している。

「アンタのことは隊長も気に入っていたから、商売が上手くいかなかったらウチの部隊に来れば良いさ。皆が歓迎するぜ」

 入隊できる十八歳になれば考えてみる、と答えた。

「何だよ、まだそんなに若かったのかい?」

 老けて見えるのは舐められなくて良いことだ、とカークは解釈する。


 久し振りに年齢が近い者との会話を楽しんでいると、あっと言う間に教会へ到着した。若い衛兵のしっかりとした応対で、意外とスムーズに手続きが済む。軍からの功労金は、教会経由で支払われることになった。


(今日は大物を相手にしたから、夕飯は<お肉の店>で沢山食べよう)

 今夜の睡眠で大幅な成長を期待して、彼はたっぷりの脂身と赤身と軟骨を食べたのだ。それでも胸焼けすることなく、スヤスヤと眠れたのは若さ故なのか。


『次からは野菜も食べまショウ』

 カークの寝顔にフェアリーが囁いた。



◇◇◇



『パンパカパーン! 新しい魔法を覚えマシタ!』

 ピカピカと輝きながら踊るフェアリーが、撒き散らした七色に光る粒子を顔に浴びてカークは眼を覚ます。


『プラズマ・ボールの魔法デスヨ!』

 少し息苦しさを感じながらも、寝起きのカークは理解が追い付かない。取り敢えずベッドから降りようと身体を起こしたら、ベリッとズボンのお尻が裂けた。


(そんなにも劣化していたのか?)

 まだハッキリとしない頭で考える。

(いや、成長したんだ)

 ズボンの裾が短くなっており、太腿や脹ら脛もパンパンに張っていた。

(シャツもきつい)

 盛り上がった肩と太くなった二の腕、厚みを増した胸板によってピチピチだ。

(一晩でこれは、流石に成長し過ぎだろう)

 スースーしたお尻のまま、彼は溜め息をついた。


『そんなことよりも、プラズマ・ボール!』

 ハイテンションを維持したフェアリーは、いつもよりも多く光る粒子を撒き散らしながら叫んだ。

『離れた場所から安全に、魔物への攻撃が可能となりマシタ!』

 フェアリーからカークの頭へ、新たに覚えた魔法の知識が流れ込んでくる。


 プラズマ・ボール。

 球状プラズマの直径は十センチで、射程距離が二十メートルだ。射出速度は時速百八十キロメートル。魔法の操作に熟練すれば、速度や軌道を自在に操ることが可能となる。

 このボールが接触すると相手は落雷と同程度の衝撃を受け、多くの魔物を含めた殆んどの生物には致命的なダメージとなるらしい。

 また、込められた魔力量に応じて、威力と射程距離が変化する。


(近接武器である鋼鉄製の剣を買おうとしている今になって、中距離攻撃用の魔法を覚えるとは……)

 カークは真剣に悩んだ。


 次回の儀式で予算は達成する。しかし、成長によって服装を見直さなければならなくなった。昨日の戦闘から防具の充実も必要だ。

 初期の目標は武器の強化により戦闘時間を短縮し、敵の攻撃を受ける可能性を減らすことであった。

 硬い魔物にこちらの攻撃が効かなかった焦りも、傷付いた際の痛みや悔しさも、一度にまとめて課題が噴出しているのだ。


 魔法を使うには、呪文を唱えるためのタイムロスが付きまとう。今では脆弱性を自覚してしまった装備で、次も強敵に立ち向かえるのだろうか?

 成長による身体能力の強化や、新しい魔法を覚えた喜びは少ない。金貨二十枚以上という、彼にとって初めての高額な買い物である。

 今は攻撃と防御のバランスについて、後悔しないためには限られた予算内でどのように折り合いをつけるべきなのか、彼の悩みは尽きない様子だ。




『自分の命が懸かっているので、納得のゆくまで考えてくだサイネ』

 朝食の時間が過ぎても我慢して、フェアリーは根気強く待っていた。




続く

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