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導かれる者  作者: タコヤキ
第六章:帝国大学
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第五十八話:読み解く

第六章は奇数日の十二時に投稿します。

(冬でも暖かい)

 大森林へ転移してきたカークは、その気温に眉をひそめた。

(これで暴れたら汗をかくぞ)

 冬物のベストを一枚、着込んできたのだ。森の入り口で脱いでおく。

(フェンリル姉弟の冬毛も暑そうだな)

 二匹共に首筋は虹色に輝いている。

(格好良い)

 カークは羨ましく思った。


(金属製の兜は大丈夫だ。顎紐にも緩みは無いぞ)

 カークは装備を確認する。

(冷感インナーにデニムのシャツは、先週届いたばかりの新品だな)

 貴族は店へ買いに出掛けるのではなく、御用商人が注文を取りに来て、商品を配達してくれることにも慣れていた。

(ベストは脱いだし、ブリガンダインのベルトにも余裕がある)

 左腕に着けた弓用の保護具もフィットしている。肘と膝のサポーターもちゃんと機能していた。

(革のズボンが少し心許ないな)

 ジョック・ストラップがキツく感じ始めたのだ。

(ブーツは踵を打ち直したから、暫くは持つだろう)

 革手袋は一回り大きなサイズに代えた。甲の部分に薄い鉄板が仕込まれている。

(マントは少し傷んでいるぞ)

 判断に迷う処だ。


「待たせたな。行こう」

 カークが点検中は、ケルベロスのデューイが周囲を見守ってくれていた。オルトロスのヴァルカンとサンドラ夫妻は、フェンリル姉弟のウォーミングアップに付き合っている。

「行くでござるな」

 サンドベージュで金属光沢の体毛を持つ馬は、精霊獣のアルベルトだ。彼は常にカークへ寄り添っていた。



◇◇◇



『今日は走れるの?』

『ボク、速いよ!』

 大森林の一部がポッカリと開けている。大草原とまでは広くないが、馬のアルベルトが駆け回っても狭くない丘陵地帯へ着いた。

『吾が輩も脚を披露するでござる』

 興奮しているのか、少し呂律が怪しい。


「空に気をつけろ」

 カークの注意を聞いて、二匹と一頭は駆け出す。

 遮る物が無い草原を、全速力で駆けるフェンリル姉弟は速い。スピードは弟のDDが勝っているが、旋回力は姉のJJが優れていた。二匹は揃って声も上げずに疾走している。


「青いソラー、白いクモー、緑のソウゲンー」

 対照的なのはアルベルトだ。オリジナルソングを唄いながらマイペースで丘を駆け登り、金属光沢の体毛を輝かせて気持ち良さそうに風と陽光を受けている。

 フェアリーと紋白蝶はどこかを散策しているのか、気配は感じるが姿は見えない。




『捕まえた!』

『ボクも!』

 フェンリル姉弟が報告する。見ると長さ二メートルはある蛇を咥えていた。楽しそうに振り回して駆け回る。

「グラスヴァイパーでござるな」

 戻って来ていたアルベルトが教えてくれた。

「綺麗に頭を落としているあたり、あの姉弟は中々の腕前でござる」

 彼の言葉通り、蛇の頭は無かったのだ。

「猛毒が仕込まれた牙を避けるのが、あの蛇を狩る際の鉄則でござるぞ」

 彼はいつも踏み潰しているらしい。




 後ろで見守ってくれていたケルベロスのデューイが、静かに警戒するよう伝えてきた。


(来たか)

 カークの予測が当たる。

(空を飛ぶ悪魔、だったな)

 三匹の気配を確認した。

 ワイバーンだ。


『黒い奴だわ』

『速い!』

 フェンリル姉弟も気付き、一気に緊張感が走る。

『あれ?』

 まるで瞬間移動したかのように、オルトロス夫妻がフェンリル姉弟の横に居た。防御は万全だ。


(試す時だな)

 カークは対ワイバーン用に考えていたアイデアを実行する。プラズマ・ボールを矢に纏わせて射つのだ。

(ある程度はコントロールできると思う)

 弓矢の腕前はまだまだ初心者だが、魔法の制御には自信がある。呪文を唱えて、弓矢の狙いを定めた。


 三匹のワイバーンのうち、フェンリル姉弟へ二匹が向かい、残る一匹はカークを選んだ。緩やかな起伏が続く草原は隠れる場所が無く、ワイバーンにとって格好の狩り場だった。


 獲物を狙い急降下してくるワイバーンに向けて、カークは極限まで引き絞った弓を放つ。淡く光った矢は一直線に飛んで行く。

 垂直降下から角度を変える一連の動作で、カークが放った矢を躱すワイバーンには余裕が見える。しかし、外れた矢からプラズマ・ボールの魔法が分離すると、まるで意思を持つかのように追尾し始めた。


 ピシャーン!


 背後からの不意討ちを喰らう。

 煙を吐き全身の黒い羽毛を逆立たせて、力無く落下するワイバーン。

 一撃必殺だ。


 その轟音に怯んだ二匹へ隙ができる。


 それを逃さずケルベロスのデューイが跳ねた。地面が大きく抉れる。驚異的な跳躍力でワイバーンの背後を取り、左右の首を伸ばして翼の付け根へ咬みついた。

 悲鳴をあげるワイバーンは、両方の翼を根元から食い千切られる。デューイに蹴られて落下し、数回バウンドして止まった。首を振り足をバタつかせているので、まだ死んでいないようだ。


『いいの?』

『やるぞ!』

 デューイの招きでフェンリル姉弟が走る。翼を失い地に墜ちたワイバーンへ、二匹に止めを刺させるのだ。


「吾が輩にお任せあれ」

 警戒した最後の一匹を睨み付けて、アルベルトが駆け出した。その走りは力強い。

 そして、その力強い走りのまま、どんどん身体が浮き上がる。その背中にバサリと白鳥のように大きな翼がはためく。サンドベージュの羽毛は金属光沢を持ち、陽光に照らされ美しく輝いていた。

 大きく翼を羽ばたかせ、地上と同じ強い足取りで宙を駆ける。天を駆ける馬、アルベルトは厳ついペガサスだった。


(地を駆けるよりも速いぞ)

 明らかに脚の動きと速度が合っていない。重力の戒めから解き放たれ、空気抵抗さえ感じさせずに宙を舞う。


「逃がさん」

 スイスイとワイバーンを追い越したアルベルトは、後ろ足で頭を蹴った。

 パン! と乾いた音を立てて弾ける。

 蹴られた反動でクルクルと縦に回転しながら、頭を無くしたワイバーンの身体だけが墜ちて行く。


(空を飛ぶ悪魔を瞬殺だ)

 カークは精霊獣の強さに驚嘆する。

(ケルベロスはフェンリル姉弟のために弱らせ、アルベルトも一撃で倒した)

 自分のことは棚に上げておく。




『本当に貰ってもよいのですか?』

『いいの?』

 ワイバーンの魔石が一つずつ、JJとDDの前に置かれていた。

『もっと成長シマス』

 フェアリーがデューイの言葉を翻訳してくれる。

『一つは持って帰りマスヨ』

 サーモントラウト家に納めるのだ。


『では、いただきますね』

『いただきまーす!』

 二匹はガリガリと美味しそうに食べた。


『今夜の睡眠中に成長するノデス』

 即効性な無いようだ。



◇◇◇



「ワイバーンの素材か」

 早めに切り上げて帰宅すると、偶然にサーモントラウト侯爵のアポロが居合わせた。

「ワイバーンの牙は優れた鏃となる。一匹の頭が無いのは残念だな」

 その言葉にアルベルトが俯く。

「革と羽毛はカークのスーツとマントに使おう」

 辞退はできそうにない。

「肋骨と翼の骨を使って、新しい弓を誂えようかな」

 流石はエルフで、弓矢に関しては贅沢だ。

「私もワイバーンの魔石を撫でてみるよ」

 フェアリーが胸を張った。




「ところでアルベルト」

 カークは彼の厩舎を訪れて問う。

「何故隠していた?」

 天翔馬(ペガサス)だったのだ。


「自己紹介の時に言ったでござる」

 迷わずに答えた。

「速度は出せぬが、牽引力と持続力には些か自信がある、と申したではないか」

 低音のハスキーボイスだ。


 ペガサスの特殊能力として<重力軽減>があり、また魔力を囲うことで空気抵抗をほぼ無視できる。ドラゴンと同じ能力らしい。それ故に<得意技は馬車を牽くこと>なのだ。

 その情報だけでは、カークには読み解けない。


「自分の体重の十倍までは効果が出せる」

 自慢気に嘶いた。


(少し人間と常識がズレているんだな)

 精霊獣との付き合い方を、根本的に考え直したカークである。


「ではこれから、もっとお互いの理解を深めよう」

 友好的に言った。

「勿論でござる」

 アルベルトは歯を剥き出して笑う。



◇◇◇



『今夜は成長しマスヨ』

『楽しみー』

 いつもと変わらぬ態度に、カークは癒された。




続く

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