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導かれる者  作者: タコヤキ
第六章:帝国大学
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第五十七話:実りの秋

第六章は奇数日の十二時に投稿します。

(なんとか追試に受かったぞ)

 カークは安堵の溜め息をついた。

(一週間の補習よりも、ロクサーヌの指導がキツかったな)

 数学は満点、物理も高得点だったが、国語と一般教養は赤点だったのだ。責任感に燃えたロクサーヌは、実の息子と同じ熱心さでカークに教えてくれたのである。

 その甲斐があって追試に合格できた。


(魔力のブーストが無ければ、一体どうなっていたやら分からない)

 流石は帝国の最高学府である。生半可な知識では通用しなかった。



◇◇◇



 追試に受かって安心したのも束の間、応用編に移った授業は厳しさが増している。

 数学の応用編である簿記と経理、物理の実技は好調を維持していた。一般教養から進んだ企画の立案と検証については、数学と共通する思考方法だったので意外と捗ったのだ。

 問題は交渉と報告である。

 官報を写筆し続けていたので、報告はなんとかなっていた。文章としての体裁を整えるコツを掴んだので、皆に着いて行くことはできている。


 ただ、交渉は絶望的だった。

 代々商人の家に生まれ、旅商人として親に同行していたはずなのに、まるで駄目だったのである。相手の悪意を跳ね返す<寂しん坊の指環>も効果が無い。悪意ではなく交渉なのだ。


(これまでの<互助会>からの仕事や、教会のシスターからあしらわれていたのも納得だな)

 自分の弱点を認識させられた。

(商人としては致命的なのか?)

 カークは冷静に、かつ客観的に自分を見直す。


(相手の要求は理解できる。そして俺は無理しない範囲で、それに対応しているだけだ)

 カークの父親はそうしてきたのだ。

(人を迎えに行く、といった<互助会>の依頼や、シスター・メリィと一緒にアーク・リッチを倒した時は?)

 信頼した相手からの依頼は、彼ならば対応可能だと判断したから為されたモノだと考えた。

(それだ。相手の評価を鵜呑みにして、俺自身は判断していなかった)

 基本的にお人好しである。


(自分の実力を把握できていなかったこともあるが、思い返せばよく生き残ってこれたな)

 無条件で相手を信用した結果、奇跡的な幸運で切り抜けて来たのだ。

(今なら分かることも多い)

 無茶な依頼を受けて成長している。

(ワイバーンの魔石で高収入を得たり、教会の顧問として定期収入を得ることができた。これが俺の実力だ)

 カークは自己評価を少しだけ上げた。



◇◇◇



(物理の実技には、高度な数学の知識が必要だな)

 今回の授業は測量である。

(三人が一組になって、構内の等高線地図を作成するのか)

 測量用の器具や計算尺等を買わされた。そのどれもが高い精度を持ち、決して安くはない。

(簿記と経理では算盤があれば十分だったが、三角関数を扱うためには計算尺は必須だぞ)

 例えそれが近似値を求めるだけでも、有ると無いとでは計算のスピードと精度が違うのだ。


(開拓者は、こんなにも高度な知識が必要なんだな)

 数学好きのカークは楽しんでいた。




 前回までの実技の授業では、手斧一つだけで一人用のシェルターを作っていたのだ。カークはランプレディ武器商店の出張所で、トマホークと呼ばれる手斧を購入した。

 手斧は切るだけではなく、叩く、折る、掻き寄せる、梃子にする等の多様な使い方ができる便利なツールだ。値段は高くても高性能なトマホークを選んだカークは、独り自己満足に浸る。


 シェルター作りは、以前に見たことのあるホビットハウスの構造を参考にした。担任のサルトリウスからも、高評価で合格点を貰えてカークは安心する。自分の経験を活かせたことで自信も付いたのだ。



◇◇◇



「衣更えです」

 サーモントラウト侯爵家に、長逗留していたカークである。その生活の面倒の一切を担当してくれているのは、虎獣人のリックと黒豹娘のメイドであるチコの夫婦だ。

 特に集中講座が始まってからは、カークが勉強に専念できる環境を整えてくれている。


「収穫祭が終わると、季節は冬を迎えます」

 日が短くなり、朝晩の冷え込みも厳しくなった。しかし、大陸北東部の出身であるカークにとっては、まだまだ快適な気候である。


「インナーの素材も冷感から、温感に変更しましょう」

 男性用の服飾を取り扱うのはヴァンウォール商会で、季節毎に服を買い換えるサーモントラウト侯爵家と専属契約を結んでいた。貴族と取り引きするために、準男爵の地位を与えられている。

 物理の実技用に作業着も揃えてくれた商会だ。


(お金を循環させる目的があるとはいえ、とても贅沢な習慣だな)

 季節毎に買い換えるといっても、五年間は着用するのだ。その後は綺麗にクリーニングされ、古着として供出される。


「この三ヶ月で、また成長なさいましたね」

 仕立て屋が採寸した結果を教えてくれた。

「冷感素材の肌着も、残しておいてくれ」

 インナーマッスルが発達したカークは、基礎代謝に優れており発熱量も多い。彼の出身地であるレフトショルダーは、冬季は氷点下にまで気温が下がる。それに対して帝都では、真冬でも気温が十度を下回ることはない。


「では普段着と、年末年始のパーティー用に正装をご用意致します」

 そう言って仕立て屋は帰った。

 サーモントラウト侯爵家では、厳格なドレスコードが定められている。それに則りながらも、最新の流行を取り入れたデザインが採用されるのだ。

 普段着は全てチコが選んでくれる。そこにカークが意見を挟む余地は無い。



◇◇◇



「よく来てくれた」

 バルビエリ学部長に招かれたランチだ。

 帝国大学の魔法学部は構内の外れに建てられており、近くに学生寮を作ったのは移動時間を短縮することが目的である。


「初めまして、カークです」

 見知らぬ二人が同席していた。

「初めまして。キース・サーモントラウトだ」

「ご機嫌よう。私はスーザン・サーモントラウトよ」

 アポロとニケの長男長女だ。


「最近は研究室に閉じ籠っているからな」

「でも年末年始には帰宅しているわよ」

 カークがサーモントラウト侯爵家で、お世話になっていることは知っていた。




「我が父親ながら、トンでもない人物だと思うぞ」

「サーモントラウトの養殖技術を応用して、アサリと牡蠣の養殖まで成功させちゃったからね」

「それだけに飽き足らず、今では真珠貝にまで手を出しているんだからな」

「これ以上に儲けるつもりかしら?」

「いや、単純な知的好奇心だろう」

「母親も止めるどころか、近頃は更に煽っているみたいだしね」

 ランチのワインを飲みながら、兄妹二人の愚痴は止まらない。魔法学部に居ると、愚痴っぽくなってしまうのだろうか?


「サーモントラウト家について理解が深まった処で、本日の目的へ移りたいと思う」

 話題に一区切りついた頃合いを見計らって、バルビエリ学部長が皮肉を言った。


「フェアリーに教えて貰った、魔力を込めた掌で魔石を研磨する方法について、とても興味深い考察が得られた」

 紋白蝶を頭に止めたフェアリーは、カークの頭上にふよふよと浮いている。

「中に溜まっている魔力の分布が、研磨することで均一化されているのだ」

 その深度は、研磨する際に込める魔力量に比例していた。

「魔力の密度が安定化したお陰で、圧縮率が二倍に向上したのだ。更には自然に漏れる量が減り、取り出す際の流れもスムーズになった」

 長期間の保管が見込まれ、扱い易くなるのだ。


「その功績を称えて、お礼の品を贈呈しよう」

 美しいシルクの巾着を取り出す。

「キマイラとグリフォンの魔石を使った、魔力を貯めておけるネックレスだ」

 細い紐が通された、直径五センチの玉が二つ並んでいる小さなモノだった。

「魔石は世界樹の蜜蝋でコーティングしてあり、世界樹の葉の繊維で編んだ紐なので、フェアリーでも装備できると思う」

 テーブルの上へ静かに置く。


『ありがとうございマース!』

 ネックレスを身に着けたフェアリーが喜ぶ。七色に輝く光の粒子を振り撒いた。

『魔力を込めてくダサイ』

 ふよふよとカークの元へ戻る。


「おおっ」

 バルビエリ学部長が感嘆の声をあげる。

 カークの魔力の四割を貯めた魔石は、美しい黄金色に輝き始めたのだ。

「これが金魂漢か」

「なんだか神々しいわね」

 キースとスーザンも溜め息をつく。


『アルラウネ十株はいけマスネ』

 フェアリーの発言に全員が息を飲む。


 身長三十センチのフェアリーは、九頭身でスレンダーなスタイルだ。背中にはアゲハ蝶に似た大きな羽根が生えている。

 その胸元に提げた二つの黄金色の玉は、重さを感じさせない。


 そして先日、再発見されたばかりの大学構内に生息していたアルラウネが、この秋に実らせた種子も同じ黄金色をしていたのだ。




『やらかしちゃいマシタ?』

『テヘペロー』

 フェアリーと紋白蝶は、相変わらず呑気だった。




続く

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