第五十六話:収穫祭
第六章は奇数日の十二時に投稿します。
(自己採点では、実力テストよりも上がったぞ)
中間テストを終えたカークは、今の全力を出し切った結果を評価する。
(答案が帰ってきたら、しっかりと復習しよう)
勉強道具を片付け、ブリジット先生とのランチへ向かった。
「今回は自信がありそうね」
ブリジット先生はカークの表情を見て微笑む。
「前回は数学だけ満点でしたが、それ以外の教科は弱点を把握するに留まっていたのよね」
容赦なく事実を突き付けられた。七月末の実力テストの結果は、合計点で下位十人のグループに属していたのだ。
「四教科の四百点満点で、合計点が三百点未満だったら補習よ」
補習はシエスタの時間に行われる。
「集中講座の第一期生だから、皆が注目しているわ」
その言葉にカークは緊張した。自ら望んで参加した訳ではないが、学べる機会を得られたことには感謝していたのだ。
「残りの二ヶ月は教科の内容が応用編に変わるので、改めて基礎を確認しておくことね」
ブリジット先生は効果的なアドバイスをくれた。
(数学は簿記と経理に、国語は交渉と報告。物理は実技で、一般教養は企画の立案と検証だったな)
これまでは基礎を学ぶ期間で、これからは開拓者にとってより実践的な内容に変わるのだ。
(高額な費用と半年間を費やすのだから、必ずや多くを身に付けてやろう)
再度、気合いを入れ直すカークであった。
◇◇◇
「待たせたな!」
「さあ行こう!」
シエスタを終えたスコットとデンゼルは、元気一杯でカークに挨拶する。中間テストを終えた解放感と、収穫祭への期待に満ちた表情だ。彼等の成績は上位十人に入っている。
「実地で教えてやるぜ」
「俺達に任せておけよ」
二十代半ばの二人は退役軍人の傭兵だ。軍ではただ痩せているだけで、兵站部に配属された同僚である。
三人は歩いて大学構内を移動し、そのまま上級市民街を通り抜けた。一般市民街へ着いた頃には、収穫祭の喧騒が辺りに充満していたのだ。
「収穫祭は食い物が安い」
「在庫一掃セールなんだ」
普段は食堂や酒場を営んでいる店も、数を捌くために露店を出していた。厨房で簡単に調理されたモノを、破格の値段で提供するのだ。
まず三人は景気付けにラガーで乾杯した。露店の料理は銅貨一枚に統一されている。殆んどが一口で食べられる量で、色んな味を楽しめるような工夫だった。
「曲芸団でも参加形の演目がある」
「色っぽいキャストが、スケベジジィから巻き上げるのさ」
そう言った二人は、先を争ってステージへ駆け寄る。露出の多い衣装を着た踊り子と、横に並んで輪投げをするのだ。
普段は市民の憩いの場として設けられた公園が、収穫祭のイベント会場に使われている。
「ヨッシャー!」
高得点を叩き出したデンゼルは、キャストの女性から祝福のキスを頬に貰う。
「ああー」
駄目だったスコットは握手だけだ。
「幸先の良いスタートだな」
「フン、今ので運を使い果たしたんだ」
二人は対照的な表情だが、収穫祭を楽しんでいるのは間違いない。
警備員の姿も多く見られた。青と白の縞模様のサーコートと兜が目立っており、手にした刺股が頼もしい。
「パレードへ行こう」
「花を買うぞ」
大通りへ向かった。
際どく派手な衣装で踊る多数の男女が、軽快なメロディーを奏でる楽団を連れて練り歩く。街の中央広場に設けられたステージで踊りを披露した後は、グルッと通りを巡回するのだ。
「居たぞ!」
「あの娘だ」
二人はお目当てのダンサーを見つけて、花をプレゼントするために走り出す。カークは自分の気配を消し、群衆に紛れて周囲を警戒した。
(はぐれる心配はしていないのか?)
自由気ままな行動に呆れながらも、華やいだ雰囲気を楽しむ。
(あの二人の特徴は……)
パレードの人波へ紛れ込んでしまった、スコットとデンゼルの気配を探ってみる。
(……これだな)
なんとなくだが、確かに二人を識別できた。
(見失わないように、マーキングしてみよう)
意識的に二人の存在をロックする。
(大森林でフェンリル姉弟と遊んだ経験が、こんな処で役立つとはな)
カークは独りで苦笑いを浮かべた。
「ねえ、金色のお兄さん」
パレードに着いて行ってしまった二人と離れ、カークは一人で収穫祭の街を散歩している。そんな時、不意に声を掛けられた。
「当店の料理は如何ですか?」
振り向くと、親子三人で営業している屋台だ。
「お薦めですよ」
赤毛とソバカスがチャーミングな娘だった。小柄で痩せているが、カークと同世代に見える。薬草の村に居たシスター・アイリーンと顔は似ているが、そのスタイルは大きく違っていたのだ。
「クレープのトッピングを選んでください」
父親が焼いた生地に、野菜や肉、フルーツ等を巻いてくれるのは母親で、見た目が娘とよく似ていた。
「クリームとオレンジを」
カークのリクエストに応じ、手早く巻いてくれる。
「銅貨二枚ですよ」
会計は娘だ。
「ありがとうございました」
家族三人が揃って笑顔で言った。
(おや?)
屋台の横でクレープを食べていると、裏側にウーイが座っている。ブリジット先生に貰ったキャンディを一つ渡すと喜んでくれた。
(こんな人混みで珍しいな)
食べ終えた後はハンカチで口元を拭う。
「あら、金色のお兄さんに貰ったの?」
先程の娘がウーイと話している。
食べ物をウーイへ渡すと、普通の人には見えなくなるのだが、彼女には見えているようだ。
「ありがとうございます」
カークにお辞儀をした。
「私以外の<見える人>に、初めてお逢いしました」
とびきりの笑顔だ。
「私はこの子を<メレ>と呼んでいます」
後ろでは両親が心配そうに見つめている。
『仲好しデスネ』
『良いことよー』
フェアリーと紋白蝶も喜んでいた。
「ありがとうございます」
娘は照れながら反応する。
「こんなお綺麗な方から、褒めていただけて幸せです」
カークの頭上へ向けてお辞儀した。
「……あのう、本当にメレは居るのですか?」
父親が心配そうに尋ねる。
「居ます」
カークは即答した。
「私は教会の顧問です。信じてください」
そう言ってメリィに貰ったカードを見せる。
「大切にしてあげてくださいね」
最大限に優しく言った、つもりだ。
「おお……」
カークが見せたカードに、親子三人が頭を下げる。周囲の何人かが振り返った。
「上等な服と、その髪形から、もしや、とは、思って、おりましたが……」
父親は緊張して上手く喋れない。
(間違えたな)
想定外の反応に戸惑う。
「とにかく、欲を掻き過ぎず、家族の健康と幸福を第一に考えてください」
フェアリーのアドバイス通りに伝えた。北部訛りは抜けていないが、帝国標準語の発音も上達している。
(まだ付きまとっていたのか)
スコットとデンゼルの気配を探り、大通りの人混みを掻き分けて進む。ダンサー達だけではなく、周囲の観客まで踊っているので騒がしい。
(一緒に踊るのが楽しいんだな)
カークには馴染めない楽しみ方である。二人の気配を感知するロックを外した。彼等が教えてくれようとしていたのは、この皆で一緒に踊る楽しみだったのかも知れない。
(適当な時間に引き上げよう)
更に気配を消し、人混みを避けて歩く。
◇◇◇
「お帰り」
中央口に着いたのは夕方だった。隊長のグレゴリオが出迎えてくれる。通学のためにほぼ毎日利用しているので、顔馴染みになっていた。
「土産だ」
カークはドーナツとシュークリームを渡す。
「ありがとう。妻と娘が喜ぶぞ」
厳つい髭面の中年男が、甘い食べ物を見て笑顔を綻ばせた。家族を愛する善きパパだ。
いつもは馬車で通る道を歩いて行く。
(貴族街に顔パスで入れるとは、俺も随分と変わってしまったんだな)
クレープ屋台の親子の反応を思い出し、自分が敬われる立場になっていたことに驚いた。しかし、貴族街を徒歩で移動しているのはカーク一人だけだ。
「お帰りなさい」
森のようなサーモントラウト侯爵邸に戻る。初老で狐獣人の執事が迎えてくれた。
「後でお迎えに参ります」
ディナーは全員が集うらしい。
「収穫祭のお祝いです」
今年収穫された穀物を使って、豪華な料理が振る舞われるのだ。
(一般市民は新たな収穫物を受け入れるために、残った古い食材を安価で消費していた)
カークは独りで考える。
(貴族はその収穫された新たな食材を、いち早く楽しむんだな)
その両方を一日で経験する者が、自分以外に何人居るのだろうか?
『お得デスネ』
『楽しみよー』
フェアリーと紋白蝶は、相変わらず呑気でマイペースだった。
続く