第五十五話:金属光沢の馬
第六章は奇数日の十二時に投稿します。
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帝国にも<天高く馬肥ゆる秋>という意味を表す諺があった。カークがその馬を見た第一印象である。
「彼が<アルベルト>です」
女神のミロが紹介してくれた。
「大陸の西側でも貴重な馬なのよ」
サンドベージュの体毛は長めで、金属光沢を持ち美しく輝きを放っている。タテガミは長いが、現代のアハルテケという品種が近い。体高は一メートル五十センチあり、骨太で逞しい筋肉を持っている。どことなくカークと似た厳つい雰囲気だ。
「勿論、精霊獣です」
ミロは当たり前のように言った。
『初めマシテ』
『ようこそー』
フェアリーと紋白蝶も、普通に挨拶している。
「カークだ。宜しく」
アルベルトに向かって挨拶した。馬の顔は、身長が一メートル八十センチまで伸びたカークの顔と同じ高さにある。
『カーク殿でござるか。吾が輩はアルベルトと申す』
低音の渋いハスキーボイスだ。
『貴殿のような金魂漢にお逢いできたことを、吾が輩は光栄に思う。どうぞ宜しくお願い申し上げる』
西側の話し方なのか、少し堅苦しい。
『吾が輩の得意技は、馬車を曳くことでござる』
少し自慢気な口調だ。
『速度は出せぬが、牽引力と持続力には些か自信を持っております』
それは体格からも想像できた。
『出立は年明けと伺った。それまでは、この地で更なる鍛練を積む所存でござる』
その隣に立っている女神のミロは、神々しいまでに美しい微笑みを浮かべている。
◇◇◇
今日は九月の第四週めの土曜日だ。
帝都は翌週の収穫祭に向けて浮き足立っている。しかしカークは、中間テストの準備に忙しい。九月は大の月なので五週めまである。その金曜日が中間テストなのだ。収穫祭のために土日は休講だった。
「ヴァルキューレ様、いつもお心遣いを賜りまして、誠にありがとうございます」
サーモントラウト侯爵で上位エルフのアポロは、女神のミロへ丁寧な挨拶をする。彼女はエルフの中でも特別な役割りを担う存在だった。
「こちらこそ。フェンリルの姉弟を預かってもらえたことに感謝しているわ」
デュラハン退治に貢献した報酬として、精霊獣のアルベルトを連れて来たミロは、帝都の収穫祭を楽しんで行くようだ。
「フェンリル姉弟は、とても賢くて元気です」
ニケが続ける。
「先日お見えになられた頃よりも、更に逞しくなっていますよ」
彼女にとってミロは憧れの対象だった。まるでアイドルに逢った如く、夢見るような表情で見つめている。
『ミロ様、こんにちは』
『ミロ様だあ!』
フェンリル姉弟が暮らす裏庭へ行くと、二匹は大喜びで歓迎した。
「元気そうで安心しました」
穏やかに微笑む。
「アルベルトを宜しくね」
ニケのパートナーであるケルベロスのデューイや、先住のオルトロスでヴァルカンとサンドラ夫婦も勢揃いしている。
『吾が輩はアルベルトでござる』
まずは一番貫禄のあるデューイに挨拶した。
『この度カーク殿に従い、同行することになり申した』
他の精霊獣達にも挨拶する。サンドベージュの体毛が金属光沢を帯びて、キラキラと輝き美しい。
『カーク兄さんのお友達かしら?』
『兄ちゃんと仲好しなの?』
フェンリル姉弟は直ぐに近寄り、フンフンと蹄の匂いを嗅いでいた。
『これから仲好しになるのでござる』
律儀に答えると、二匹へ顔を近寄せ歯を剥き出しにする。笑ったつもりのようだ。
『これからなのね』
『ボクらも宜しく!』
二匹も尻尾を振って歓迎した。
『アル坊さん?』
『アル坊なの?』
厳つい外観だが案外若い精霊獣のようで、デューイやヴァルカン、サンドラからはアル坊と呼ばれている。
『まだ幼き姉弟からも坊呼ばわりされるのは、些か自尊心に問題を感じるでござるが……』
さほど躊躇わずに諦めた。
『ここが吾が輩の住居でござるか』
広いサーモントラウト邸の裏庭には、以前卒業したユニコーンの厩舎があり、アルベルト用に改装されていたのだ。
『ここまでの厚遇に感謝を申し上げる』
気に入ったらしい。
『明日は一緒に行くの?』
『楽しいよ!』
フェンリル姉弟は期待に満ちた表情だ。
『宜しいか?』
アルベルトの問いにデューイは頷いた。
『良かったですね』
『増えたら嬉しい!』
二匹ははしゃぎながら裏庭を駆け回る。
『速いでござるな』
アルベルトは感心していた。
◇◇◇
『お任せを』
翌日曜日、大森林へ転移して直ぐの場所に大量のゴブリンが湧いており、足の踏み場も無いほどだ。そこへ馬の精霊獣であるアルベルトが駆け出した。
『容赦無いデスネ』
『隠れてもダメー』
珍しくフェアリーと紋白蝶がコメントする。アルベルトは森の中をただ駆け抜けるだけで、無数のゴブリンを踏み潰していたのだ。蹄鉄不要の大きく頑丈な蹄は、下生えごとプチプチと平らに均して行く。
『負けないわよ』
『ボクもやる!』
フェンリル姉弟が宙を舞う。樹の幹や枝を蹴り、確実にゴブリンの頭部をツメで切り裂いていた。長時間、地面に足を着いていない。
(獣道ができたぞ)
アルベルトが通った跡が踏み均されている。フェンリル姉弟は馬が入れない隙間を縫って、討ち漏らし無く残りを狩っていた。
『私は百八個でした』
『ボクは九十三個だよ』
最早、魔石の数でカウントしている。カークも五十個以上回収していたが、アルベルトに踏まれて割れているモノが多かった。
(三百匹を超える集団だったとは、スタンピードではないのか?)
少し奥にはコボルトが同規模の集団を作っている。デューイの説明では、台風後の混乱により森のパワーバランスが崩れた結果で、毎年の出来事らしい。今年はフェンリル姉弟の活躍により、比較的楽に片付けられたというのだ。
『収穫祭の前夜祭デスネ』
『お祭りよー』
紋白蝶を頭に乗せたフェアリーは、呑気にふよふよ浮いている。
(コボルトは、まだこれからだけどな)
嬉々として森を進む二匹を、驚異的なギャロップでアルベルトが追い掛けていた。その後をオルトロス夫妻が続き、できた獣道をカークが進む。ケルベロスのデューイが殿に居てくれるのは、とても心強かった。
『アル坊さん後ろ!』
『大きいよ!』
大木に行く手を阻まれたアルベルトが停止すると、着いてきたフェンリル姉弟が警告を発した。コボルトの群れに乱入したトロルが、鋭いツメを振りかざし背後から襲いかかったのだ。
パァン!
一瞬のことだった。
悍馬の後ろ足で蹴られたトロルは、まるでトマトのように潰れてしまう。頭と四肢がバラバラに飛び散り、魔石も飛んだ。
馬の視界は広い。真後ろ以外をカバーしており、トロルの姿も直ぐに捕らえていたのだ。普段の大森林には生息しない馬に、初見のトロルは間違いを犯した。無防備に背後から近付いたのだ。そして、馬が繰り出す最強の攻撃、後ろ足による蹴りをまともに喰らったのである。
(バカな魔物だな)
馬の習性をよく知るカークは、憐れみを持って事態を眺めていた。
『思ったより脆いでござる』
平然と森を駆け巡るアルベルトは、地を這う魔物達を踏み潰しながら歩く。フェンリル姉弟は巻き込まれないように、安全な距離を保っていた。
『お背中、借ります!』
姉のJJがアルベルトの背中へ駆け登り高く跳躍すると、空中で暗紫コウモリの腹を噛み砕く。
『アル坊さん、ボクも!』
次は弟のDDが真似をする。
そこからの空中戦は圧巻だった。
フェンリル姉弟はアルベルトの背中や周囲の木々を蹴りながら、次々と襲いかかってくるコウモリ達を討ち落とす。ツメと牙を縦横に駆使する二匹は、まるで銀色の弾丸だった。
馬のアルベルトはその長い首を振り回し、顔に近付いた暗紫コウモリをバリバリと咬んだ。尻尾で払い落として踏みつけると、魔石まで砕く。金属光沢のある体毛が持つ防御力は高く、コウモリのツメや牙では貫けない。
カークのロングソードも威力を発揮した。
樫の棍棒で叩き潰す癖は抜けて、剣で斬るコツを覚えた技が冴えている。剣の隙をついて接近しても、カークが持つ<寂しん坊の指環>の効果で悪意を弾き返された。固く握った左手の拳で殴る。暗紫コウモリの脆い骨は、簡単に砕けたのだ。
(革手袋で殴ると、耐久性に問題がありそうだ)
右手に持つ剣で斬り、左手で殴る。
(金属製のガントレットにするか、それとも楯を持とうか?)
およそ商人らしくないことを考えていた。
◇◇◇
『楽しいデスネ』
『ウキウキー』
フェアリーと紋白蝶は、カークの性格に影響されている。
続く