第五十四話:実力テスト
第六章は奇数日の十二時に投稿します。
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(離れた処からでも情報が伝わるのか)
朝早くに休講の報せが届いた。
「そう、これが<森の通信>というシステムで、エルフが構築したんだよ」
サーモントラウト卿のアポロが教えてくれる。彼はかなり高位のエルフだ。
全ての貴族の屋敷に通信網が繋がっており、緊急連絡用として活用されていた。
台風のために道路の通行が規制されたので、今日は帝国大学全体が休講になったのだ。集中講座の実力テストも延期である。
集中講座の生徒はその殆んどが構内の寮に住んでいるため、今回のように休講の通知は直ぐに伝わった。しかし他の貴族やカークは通学していたので、こうした連絡網が活用されたのだ。
「今日の休講は、日曜日に振り替えられるのね」
サーモントラウト家の<お嬢様>が、カークに予定を確認する。
「代わりに今日は、運動場へ行ってくれませんか?」
フェンリル姉弟が待っているのだ。
「向こうは大丈夫ですよ」
台風の経路から外れているらしい。
(サーモントラウト家は代々、水と風の魔法を得意とする家系だったな)
邸内は普段と変わらぬ穏やかさで、台風の影響は感じられなかった。
◇◇◇
(今日は魔物が少ないぞ)
運動場を二時間移動したが、いつもの半分しか遭遇していない。ニケの言葉通りに雨は降っておらず、風も穏やかである。
『遊びに行ったらしいデスヨ』
『お祭りねー』
ケルベロスのデューイから聞いた説明を、フェアリーと紋白蝶が翻訳してくれた。
なんでも魔物達は、台風の持つ巨大な気象エネルギーに惹かれて、移動してしまったというのだ。台風に向かって大森林を行く様を、妖精達は<パレード>と呼んでいる。距離が遠いので辿り着けず、大森林を出ることなく引き返してくるので、人間には被害が及ばない。
人が住む近くでも、魔物達は台風に反応する。ハイテンションでバーサーク状態になり、普段の五割増しは強化されるのだ。暴風雨の中を暴れ回り、魔物同士でバトル・ロワイアルを繰り広げる。しかし台風が過ぎると熱は冷め、疲労困憊した魔物達は帝国軍の討伐隊にとって<後片付け>の対象でしかない。
『今日も沢山走りました』
『兄ちゃん、楽しいね!』
フェンリル姉弟は魔物の数よりも、カークと一緒に来れたことを喜んでいた。
◇◇◇
台風一過、よく晴れ渡った青空は爽やかで、秋にしては強い陽射しだ。そんな秋晴れの元、カークは実力テストに挑んでいる。
問題文を読んでその意味を理解し、記憶を探って解答に辿り着く。それを答案用紙へ正確に記入して、誤りがないか見直す。全身に魔力を循環させて猛烈な集中力を発揮し、時間が許す限り一連の作業を繰り返した。
国語、数学、物理、一般教養の四教科に於いて、カークは今の実力を出し切ったのである。
実力テストを終えたカークは、途切れそうな集中力をなんとか繋ぎ止め自己採点を行なった。ブリジット先生の指示だ。その結果は恐らく及第点に届いるだろうと判断する。
「おーい、こっちだぞ」
「遅かったな、何をしていたんだ?」
振り替えのため、日曜日でも学食は開いていた。自己採点を終えたカークが顔を出すと、先に居た二人の男が声を掛けてくる。
「ああ、自己採点だよ」
カークはランチのトレイを持って移動し、彼等のテーブルに同席した。
「簡易版だから、食後に改めて詳細を確認する予定だ」
そう伝えて大盛りのパエリアを食べ始める。
「自己採点って、そんなことやるのかよ」
「初めて聞いたぜ」
二人は揃って呆れていた。
「知り合いに薦められたんだ」
それだけ答えて食事を続ける。
「考えたことも無いや」
「俺の答えが正解だぞ」
よく似た二人だが、反応は微妙に違っていた。
彼等は集中講座の仲間で、退役軍人の傭兵だ。スコットとデンゼルのコンビは、受講生の中でも明るいキャラクターとして目立つ存在だった。年齢は二十代半ばで、カークとは十歳近く離れている。
白人のスコットと黒人のデンゼルは、髪と肌の色は違うが、背丈や雰囲気はとても似ていた。二人共に一メートル九十センチを超える長身ながら、身体は細く手足が長い。
軍に居た頃は兵站部の同僚で、配属理由は<痩せている>からだった。太っていると横領が疑われるのだ。
「そんなに喰うのかよ」
「まだまだ若い証拠だ」
カークがお代わりしたのを揶揄する。
「約束を忘れてはいないだろうな」
「今夜は一緒にメシを喰うんだぜ」
そう、テストが終わったら、三人で街へ繰り出す約束だった。
「大丈夫だよ」
アッサリと平らげたカークは、平気な顔で答える。帝都料理の味付けには馴染んでいた。
「二人も一緒に自己採点をしないか?」
真面目に問いかけた。
「何を言っているんだ」
「シエスタの時間だよ」
彼等は根っからの帝国人だ。食後は休憩室でゆっくりと過ごす。
カークはその間、図書館で教科書を参考にしながら、詳細な自己採点と復習に励んだ。
通常の人間だと食後は眠くなる。食べたモノを消化して、その栄養を吸収するために血液が消化器官へ集中するためだ。体内の血液総量は有限であり、消化吸収の活動に従事すると、その分は他の部分から血液が減る。
特に多くの血液が集まるのは脳だ。脳が働くためには多くの酸素を必要とする。それを血液が供給するのだ。満腹時に勉強しても覚え難く、消化不良になりがちなのは、どちらも不足するからだった。
経験則としてそのことを知った帝国人が、シエスタを国内に広めたのである。そしてその習慣が根付いた帝国では、背凭れが傾いた専用のリラックスチェアーが普及していたのだ。
カークは魔法の訓練のために、魔力を体内へ循環させていた。増えた魔力は細胞を活性化させると共に、血液と同様の役割も果たすようになっている。彼が食後に直ぐ勉強をしても両立できるのは、その魔力のお陰だったのだが、勿論、本人は気付いていない。
◇◇◇
「待たせたな」
「早く行こう」
乗り合い馬車の停留場で待ち合わせた三人は、構内を歩いて市民街側の門を出る。カークは初めて通る道だった。
「上級市民街は居心地がよくない」
「綺麗に片付き過ぎているんだよ」
大袈裟な身振りを交えて話す。
「夜には寮へ戻るから、早めに行こう」
「皆が<後片付け>から帰ってくると、騒がしくなるからな」
昨日の台風ではしゃぎ疲れた魔物を、掃討する作業が<後片付け>と呼ばれている。帝国軍の魔物討伐部隊だけではなく、多くの傭兵や猟師までもが動員されているらしい。
「集中講座がなければ、俺達も稼げたんだ」
「台風後の<後片付け>は、割りの良い仕事だからな」
大学を出て三十分で上級市民街を通り抜け、更にそこから一時間ほど歩いた先に歓楽街があった。台風明けで日曜日の午後ということもあり、思った以上に閑散としている。
「あらかた掃除も終わったようだ」
「どの店も<後片付け>後の客に向けて、準備が忙しいのだろう」
通りに人影はないが、店内では大わらわしていると思われた。
「まずは汗を流そうか」
「いつものサウナだな」
スコットとデンゼルの二人は、慣れた様子で建物へ入って行く。
「ここは俺が払うぞ」
白人のスコットが宣言して、受付の窓口へ向かう。何やら交渉しているようだが、声は聞こえない。
「よし、行こう」
戻ってきたスコットは番号札を配る。
「個室サウナが空いていたから、一時間のコースにしたぜ」
通路の先には部屋が並んでおり、それぞれのドアに番号が表示されていた。どうやら番号札と対になっているらしい。
「向かいのカフェで待ち合わせだ」
「先に終わったら、待っていてくれ」
三人はバラバラに別れて部屋に入る。
「いらっしゃいませ」
カークが入った部屋の奥に若い女性が座っていた。事前に気配を察知していたが、彼女が露出の多い服装だったことに戸惑う。
「初めての方ですね」
妖艶な笑みを浮かべて立ち上がる。
「ご心配なく、お任せください」
そう言って脱衣籠を用意してくれた。
「サウナのご利用方法を説明いたします」
お辞儀をすると派手に揺れる。
(先に言っておけよ)
物分かりの良いカークであった。
二軒目のパブでは、デンゼルが奢ってくれる。
(……アポロの手配だな)
まだ早い時間だったので<後片付け>から帰ってくる団体客には遭遇せずに済んだ。
◇◇◇
『実力テスト……デスカ』
『……』
今日は口数が少なかった。
続く