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導かれる者  作者: タコヤキ
第六章:帝国大学
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第五十一話:変化の兆し

第六章は奇数日の十二時に投稿します。

 帝都は広い。

 現在は南北四十キロメートル、東西六十キロメートルの範囲が<帝都>と呼ばれている。数年前に人口は百万人を超えた。


 ほぼ中央に半径一キロの皇居がある。その北には帝国軍の本部が置かれており、東には国会があった。南は農産省があり、それを支えるべく工業庁と商業庁が存在する。西は教会だ。

 そして、その外周を五キロの幅でぐるっと囲むのが貴族街である。更に外側ニキロの範囲が上級市民街だ。

 そこから外には一般市民街が広がっていた。




 大陸中南部に位置する帝国では、東と南には肥沃な大地が広がり、やがて海へと辿り着く。北と西は大森林が行く手を阻み、その奥には高い山脈が聳えている。おおよその地理感覚は共通認識されていた。


 東南方面は人々の食を支える農地であり、海までの範囲は開発し尽くされている。大森林に沿って北東へ進み旧王国を併呑したので、既に人が住んでいる地域は全て入手してしまったのだ。


 常に拡張することで体制を維持してきた帝国は、次なる開発の場所を大森林に決めた。エルフにも承認を得ている。新たな鉱脈が見つかる可能性が高く、山沿いに添って進みたいドワーフからは、積極的な支援が約束されていた。拡張政策に従って、どこへでも商売の手を広げるホビットには反対する理由がない。


 そうして開拓が始まったのである。



◇◇◇



「分からない」

 つい声に出してしまう。

(官報の写筆を始めてから四冊めだが、何を書いてあるのかサッパリ分からないぞ)

 ブリジット先生には読解力があると言われたが、カークはすっかり自信をなくしていた。

(開拓に関する免税の法案が通ったとか、土地の測量規格が改訂されたとか、何となく分かる気がする)

 しかし、ブリジット先生が言ったように、今の帝国が全て分かることはない。


(ロクサーヌに教えてもらった知識が、あの日突然に全て繋がった。この先にもそれと同じことが起きるのだろうか?)

 彼は気持ちを切り替えて、文字を書く練習に集中することにした。来週からは集中講座が始まるのだ。



◇◇◇



「おはようございます」

 初登校の朝、サーモントラウト家の馬車に乗る。豪華なリムジンではなく、小型の質素な馬車だ。

「宜しくお願いします」

 カークは中年男の御者へ挨拶した。帝都大学へ通学するにあたり、馬車を使うことになったのだ。但し御者席の隣に座っている。馬の扱いを覚えるためだった。これから毎日、通学の移動時間を使って教えてもらえる。


 帝国大学は貴族街の東側にあり、上級市民街との境界線に跨がって作られていた。それまでは貴族専用だったのだが、王国侵略戦争の際に広く人材を求める目的で拡張されたのだ。

 実際に帝国大学の卒業生達が活躍したのは、占領後の再建活動に於いてであった。旧王国の悪弊を一掃すると共に、徹底して帝国風の文明と政策を広めたのである。


 大学までは約三十分で到着した。

 貴族街側の入り口から広い校内を進み、南東部に位置する商業科の校舎を目指す。十分で着いた。これから半年間続く通学路である。


 今回の集中講座を受講する生徒は三十名で、その殆んどが大人だ。貴族の次男、三男、商家の跡継ぎ、工房の弟子、退役軍人の傭兵や教会の僧兵まで居た。人種も雑多だが、勿論カークが最年少である。


 入学金に金貨六十枚。それ以外に入試の受験料が金貨三枚。教科書と文房具一式で金貨十枚。それだけの経済力を持つ者が集まっていた。皆が卒業後は開拓地に於いて、中心的な立場になることを期待されている。




「担任のサルトリウスだ」

 車椅子の大柄な獅子獣人が吠えた。いや、本人は普通に話しているのだが、地声が大きくてよく通るのだ。赤鬼チャハンの銅鑼声と同類である。

「半年間、宜しく頼む」

 そう言って教室を見渡した。

「本当は俺も最前線に行きたいのだが、残念ながら今では足手まといにしかならん」

 生徒は全員が静かに聞いている。

「だから、俺の持っている知識と経験を、諸君らへ伝えることにしたんだ」

 例え車椅子に座っていても、その迫力はまるで衰えていない。

「まずは俺の基本姿勢を伝えるぞ」

 改めて教室を見渡した。


「俺みたいには、成るな」

 全員が即座に理解する。



◇◇◇



(ロクサーヌが薦めてくれた通り、事前に教科書を読んでおいて助かったな)

 各教科で初めての授業から、猛烈な勢いで知識を詰め込まれたのだ。通常であれば二年間のカリキュラムを、四分の一の期間に圧縮している。内容はかなり厳選されているのだが、それでも大変な苦労をした。

 授業は月曜日から金曜日までは午前と午後で二教科ずつの合計四教科あり、土曜日は午前中の二教科だけだ。


(官報で読んだ事柄も、その意味が分かりかけてきたのは嬉しいぞ)

 毎日の授業に着いて行くのが精一杯なカークは、生活の心配がない上に、新たな知識を得られる現状に感謝していたのだ。授業はとても濃密な内容だった。生徒の全員が真剣である。知識を得るためだけに、金と時間をかけているのだ。将来少しでも多く稼ぐにために無駄な時間は無い。

 学習は楽しかったが、疲労も溜まる。そんな疲れを癒してくれたのは、日曜日だけになった精霊獣のフェンリル子弟との遊ぶ時間だった。




『カーク兄さん』

『今日は兄ちゃんの日だよ!』

 赤いバンダナで姉のJJと、青いバンダナで弟のDDはいつも元気だ。カークと一緒に遊ぶ日を、楽しみに待っていてくれた。

 ケルベロスのデューイ、オルトロスのヴァルカンとサンドラの夫婦が付き添い、サーモントラウト家の森へ魔物を狩りに行く。一対の石碑から大森林へ転移すると、精霊獣達の食事を兼ねた狩りが始まる。


『マーダーエイプが増えてイマス』

 デューイの言葉をフェアリーが通訳してくれた。

『三十匹ほどの群れが二つありマスヨ』

 それを全て狩るのだ。


『一緒に遊びましょう』

『上手くなったよ』

 フェンリル子弟の尻尾は振り切れそうだ。


(フェンリル子弟の運動場になってから、魔物の生態系が変わった訳ではないのか)

 二匹の活動範囲は、エルダー・トレントのルピとケルベロスのデューイが調整していた。彼らの成長に合わせて、丁度良いレベルの魔物を選んでいたのだ。




(速い)

 カークは着いて行けなかった。

(二匹との連携を変えなければ)

 彼も自分なりに成長を実感していたが、精霊獣のフェンリルは更に先へ進んでいる。

(今はできることに全力を尽くそう)

 魔物との戦闘中なのだ。


 マーダーエイプはゴリラの半分の大きさだが、発達した上半身が生み出す腕力は強い。犬歯が大きくなった牙も鋭く、人間の腕などは簡単に咬み千切る。


 フェンリル子弟はそのスピードを活かして、マーダーエイプの背後から延髄へ咬みつく。ボキリと骨を砕くのが楽しいのか、二匹が競い合って倒していた。


 カークも二匹に教えてもらった弱点を狙うが、一撃では倒し切れないでいる。但し、傷を負った魔物には強制睡眠の魔法がよく効くので、安全に止めを刺せていた。


(この剣の限界なのか?)

 確かにマーダーエイプの骨は硬い。身体に馴染んだ鋼鉄製の片手剣を通じて、その衝撃から魔物の硬度を感じていた。剣の疲労と消耗は重篤である。

(俺の腕が落ちたのではなく、敵の防御力に負けているのだ)

 これまでの魔物であれば対応できていた。フェンリル子弟の成長に合わせて、デューイが選ぶ相手が強くなってきたのだ。


(まさか、こんなにも早く、武器のアップグレードが必要になるとは)

 短くても三年、上手くメンテナンスすれば五年は持つと見込んでいた。扱い易くてお気に入りでもある。

 明日の昼休みに、担任のサルトリウスへ相談することに決めた。大学の構内には、ランプレディ武器商店の出張所もある。




『次は向こうに行きましょう』

『まだまだ残っているよ!』

 魔石を回収してきた子弟が誘う。

「では行こうか」

 笑顔でカークは応えた。



◇◇◇



 翌日の昼休み、カークは予定通りサルトリウスへ相談する。

「カークは<治療士の商人>だったよな」

 剣を受け取ったサルトリウスは、確かめるようにカークへ尋ねた。

「こんな状態になった剣を、開拓の最前線で幾つも見てきたぞ」

 代替えとして購入したばかりの剣である。

「ロックバードやメタルリザード、デビルトータスなど外皮の硬い魔物が多かった地域だ」

 色んな角度からカークの剣を眺めて言った。


「この鋼鉄製の片手剣は、ランプレディの<八号>と呼ばれるヤツだな」

 軍や傭兵達の間では常識らしい。

「俺も長年愛用していたぞ」

 ロングセラー商品である。

「カークは十五歳だから、まだ身体が大きくなることを考えて<十号>辺りの長さが合うだろう」

 ランプレディ武器商店の規格では、剣の長さを<号>で表していた。一号は約十センチなので、十号だと一メートルになる。


「剣が長くなると質量が増加して、更には剣先の速度も高くなるぞ」

 周速の求め方は授業で習った。

「つまりは威力が増すんだ」

 その分、素材も強靭になっている。

「強力な武器は自分の身を護り、開拓に於いても有利な条件となる」

 サルトリウスは教師だった。




『大学構内の探索は楽しいデスヨ』

『広いのよー』

 相変わらず妖精達はマイペースだ。




続く

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