第四十九話:入試
第五章は奇数日の十二時に投稿します。
「アンタが依頼者か?」
ランプレディ武器商店へ、メンテナンスが終わった鋼鉄製の片手剣を受け取りに行った。勿論ロクサーヌの同伴である。
「ベテランの傭兵でも、短期間でここまで消耗することは珍しい。余程過酷な状況を潜り抜けてきたんだな」
メンテナンスを担当したドワーフ職人が、わざわざ持ち主の顔を見にきたのだ。
「日々の手入れも丁寧に行っている。これからも同じように扱ってくれ。きっとアンタの役に立つだろう」
ドワーフ職人は満足感が溢れた表情で言った。彼は北部の出身なのか、その訛りをカークは懐かしく感じたのだ。
ランプレディ武器商店のメイン工房は、カークも通過した北端城にある。そこで量産された規格品が、各地の支店へ出荷されていたのだ。
商品の製造だけではなく、職人の訓練と教育も行われていた。一定の技術を習得した職人は、帝都総本店でメンテナンスの修行を積むのだ。三年間のカリキュラムを終えると、各地の支店へ配属される。
創業地の帝都にも工房は残っており、最高級品や受注生産に応じていた。
そうやって技術の伝承と品質保持を、長年に渡り継続しているのだ。
そんな組織が成り立つことに、帝国の底力を感じたカークである。
週末にはオークションの入金が確認された。
(剣が届くまで待とう)
カークは冷静な判断を下す。次に教会からの顧問料が振り込まれると、総額で金貨二百五十枚を越える予定なのだ。
(それでも、まだ互助会に百枚を預けてある)
こちらは緊急用に残しておくことを、青玉亭を通じて伝えておいた。
帝都大学で開拓者向けの集中講座を申し込む。一応金貨を用意しておいたが、受講料は通帳で支払えた。開講は六月からなので、まだ一ヶ月以上も先だ。
(本来なら入学試験があるのか)
カークは魔法学部のバルビエリ学部長から推薦を受けたので、入試は免除されていた。
(しかし、自分の実力が分からないのも不安だな)
ロクサーヌに教えてもらった知識は多岐に渡るが、所詮は短期間の付け焼き刃である。
「あら、カークじゃない」
総合受付窓口の前で、お年を召した女性に声をかけられた。
「話は聞いているわよ」
予想通りブリジット先生である。
「おはようございます」
ひとまず挨拶した。
「私はこれから講義があるから、後でお昼を一緒に食べましょう。ここで待ち合わせね」
カークの返事を聞かずに、幾つかの資料を抱えて行ってしまう。彼に付き添ってくれているロクサーヌも苦笑いだ。
「教室や研究室の中は覗かないでください。後は立ち入り禁止区域には表示が有ります」
ブリジット先生とのやり取りを見た職員は、校内の見学を許可してくれた。
「静かに見学してくださいね」
そう言って校内の地図を差し出す。
「ありがとうございます」
カークは両手で受け取った。
「待っていたのに」
ランチプレートを置いて席に着くと、ブリジット先生は唇を尖らせてカークを責める。
「中々来ないから、手を回したのよ」
お茶飲み友達のニケから情報を得ていたのだ。
「オークションが良いキッカケになったわ」
レモンスカッシュで喉を潤し、千切ったパンへ苺ジャムを塗る。
「食後は私の部屋に来なさい。どうせシエスタなんてしないんでしょう」
北部出身のカークを見抜いていたのだ。
「はい、これよ」
カークが入試について尋ねると、彼女の部屋で試験問題の草稿を見せてくれた。
「汚さないでね」
別の紙に問題ごと転記して、そこへ解答を書き入れてゆく。文字を書き慣れていないカークは、苦労したが良い練習になった。
一時間後に、カークは答案を終える。早速ブリジット先生が採点してくれた。
「流石は数楽好きの商人ね、計算問題は全問正解だわ」
彼女は満足そうに微笑む。
「でも国語と一般教養は半分だけよ」
ロクサーヌが悔しがった。
「サバイバル関連に関しては上級者みたいだけれど、私には評価できません」
解答例に従って採点してくれただけだ。
「おめでとう、総合点では合格よ」
カークはひと安心した。
「そうねえ、後は文字を書き慣れていないようなので、この本を写筆してごらんなさい」
ブリジット先生が一冊の本を取り出す。
「貴方は読解力があるから、分かれば楽しいわよ」
表紙には<官報>と書かれていた。
「写筆に勝る読み方はないのです」
ロクサーヌが助け船を出してくれる。
「木版と鉄筆をご用意いたしますので、何も心配はございません」
頼もしく請け負ってくれたが、まだカークは理解が追い付いていない。
「官報は週刊なのよ。読み続けていると、ドンドン面白くなってくるわ」
果たしてカークも楽しめるのだろうか。
「毎週金曜日にはランチを一緒に食べましょう。その時に官報の最新刊を渡すから、前週のモノと交換すれば良いわね」
ブリジット先生は一方的に決めて命令するが、何故かカークは彼女に甘えられているようで不思議な気持ちがした。
◇◇◇
『カーク兄さんは忙しい?』
『学校って何?』
まだ幼い精霊獣のフェンリル姉弟には、学校が理解できない。
『土曜日だけなの?』
『兄ちゃんの日だね!』
交流は週に一度、土曜日だけになった。
◇◇◇
「こんにちは」
帝都の夏は暑い。
ロクサーヌに案内してもらいながら、街を歩くだけでも大量の汗を掻いた。カークは冷感素材のシャツに感謝して、追加で三枚購入したのだ。
「帝都にも随分と慣れたようね」
カーク達が教会の前を通りかかった時に中から出てきたのは、美しいエルフの女性であるミロだった。長い睫毛と高い鼻が印象的な美人である。何故か彼女の周囲には清涼感が漂っていた。
(前よりも美しくなっているぞ)
強い夏の陽射しに照らされた彼女は、白いサマーコートの裾を翻して、まるで天女の羽衣をまとった女神のように輝いて見えたのだ。
(そういえば初対面が戦場で、彼女は左肩から切り落とされていたんだ)
鮮明に記憶が蘇る。
「外は暑いわ。中で話しましょう」
彼女の誘いに応じて教会へ入った。
「これから逢いに行こうと思っていたのよ」
教会の中は涼しい。
ミロの姿に気付いた複数の僧侶は、全員が揃って最敬礼する。彼女が左手を胸の高さまで上げると、それが合図だったようで皆が姿勢を戻した。
「お願いします」
一人の老ノーム神官が、彼女の前で静かに頭を下げている。ミロが彼に向かって囁きかけると、深くお辞儀をしてから歩き始めた。
彼について教会の奥へと進む。
二人の僧兵が警備している部屋に案内された。
「ありがとう」
案内してくれた老ノーム神官へ告げると、彼は恭しく頭を下げてから退出する。
(またもや、トンでもない事態だな)
カークは半ば諦めて腹を括った。
「私も迂闊だったわ」
大きなソファーへ向かい合って座ると、ミロは唐突に語り始める。
「JJとDDにとって親の仇である剣を、いくら解呪や浄化を施しても、貴方へ贈るなんて判断をしてしまったのよ」
眉をひそめるその表情に、カークは底知れぬ色気を感じて震えた。
(三人の護衛達と、ミロの左腕やコ・ドゥア氏の右足もだな……)
そう思ったが直ぐに思考から消去する。テレパシーを警戒したのだ。
「ごめんなさいね」
カークへ向き直る。
「コ・ドゥア氏も悪気はなかったのよ」
それは分かっていた。あの時はお互いに極限状態だったのだ。
「もう少し待っていただけるかしら」
女神はとても真剣な顔で言った。
「貴方が旅立つまでには、必ず間に合わせます」
またかよ、と思う前に止める。
「分かりました」
努めて冷静な声を心掛けた。
「そのお気持ちだけでも過分な報酬です」
必死で語彙を探る。
「ご配慮に感謝します」
間違えてはいないはずだ。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
本当に笑顔を綻ばせる。
「きっと佳い子を連れてくるから、安心して待っていてくださいね」
両手の拳を握り締めて気合いを入れた。
「先に貴方へお会いできてよかったわ」
女神のミロは寛いだ姿勢をとる。
「これでニケのお家に行けます」
何か縛りがあったのだろうか。
「あら? ……でも、大丈夫ね」
カークを眺めて首を傾げた。
「では、行きましょう」
優雅に席を立つ。
『たまに時間を彷徨うノデス』
『気にしないのー』
カークは黙っていた。
続く