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導かれる者  作者: タコヤキ
第五章:変わる日々
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第四十八話:巧妙な罠

第五章は奇数日の十二時に投稿します。

「メンテナンスを頼む」

 カークはランプレディ武器商店の帝都総本店を訪れると、保証書と一緒に鋼鉄製の片手剣を預けた。


「同じモノをもう一本、代替えとして購入したい」

 メンテナンスには三日かかるので、その間もフェンリル姉弟と遊ぶためには必要なのだ。流石に弓矢と樫の棍棒では無理があった。


「畏まりました。どうぞこちらへ」

 年配の店員が応対してくれる。


 水牛獣人のロクサーヌに案内されたカークは、侯爵であるサーモントラウト家の縁者として相応の待遇を受けていた。上級市民街にある店舗の方が近かったのだが、カークのリクエストで敢えて一般市民街に構える総本店に来たのだ。

 店頭には<帝国軍御用達>の看板が、控え目に飾られている。


「少しグリップが細く感じるな」

 新品を確認した際に、注文で革を多く巻き調節してもらった。預けた方にも同様の処理を頼んでおく。成長したカークの手が大きくなっていたのだ。


「では、通帳で」

 手持ちが心許なかったので、店側の提案の通りに商人組合の通帳を渡した。新たな木簡を追加してくれる。これも貴族の後ろ楯があるからこその信用取引だった。

 オークションの入金は今週末の予定である。


 手続きを終えた後に店内を見て回った。これまでに訪れたのと同じ作りで安心感がある。

(この店が基本なのだろう)

 試行錯誤の結果フォーマットが決まり、全国へチェーン展開されたのだ。

(什器や設備は年期が入っているが、よく手入れされており不安は感じない)

 日々の手入れで長持ちする材料を使ったのだろう。導入時の費用は掛かるが維持費は安く、長期間のトータルコストが低く抑えられる。

(金の使い方が勉強になったぞ)

 久し振りに商人らしいカークだった。


(萬屋装身具店には、オークションの入金があってから行こう)

 間も無くコ・ドゥア氏とミロから、デュラハンの剣が届く予定である。腹巻きとブリガンダインの追加など、考慮する点が多いのだ。

(計画的な資金運用を心掛けなければならないぞ)

 カークは恵まれた今の環境に、甘えていては駄目だと考えている。



◇◇◇



「明後日は来客があるから、午前中の予定を空けておいてくれ」

 ディナーの席でアポロから告げられた。

「帝国大学の魔法学部から、先日のオークションで購入した魔石について話があるらしいんだよ」

 学部長が直々に来るのだが実はエルフ仲間であり、アポロとニケに会う口実だという。

「気楽にしておいてくれ」

 彼はそう言ったが、カークは緊張する。


(帝国大学といえば数学教師しか知らないが、強く印象に残っているぞ)

 オフ・ショアからアーユまで、フログ川を下る船で一緒に居たブリジット先生だ。

(そしてもう一人、護衛だったビクトルも、大学の関係者だと言っていたな)

 大森林で経験を積んだ今なら、彼の背中が漸く見えて来たと感じている。

(まあ、エルフ仲間に会いに来る口実であれば、俺に被害が及ぶ心配は無いだろう)

 楽観的なカークであった。



◇◇◇



(そうだ。この切れ味だったな)

 フェンリル姉弟と魔物を狩っている。今日の獲物はオーガとトロル、そしてサイクロプスだった。

(剣の使い方にも随分と慣れたものだ)

 以前のように叩き付けるのではなく、ちゃんと刃筋を使って斬れている。

(新品の剣は、とてもよく斬れるぞ)

 流石にサイクロプスは硬く、一撃で首を跳ねることはできない。しかし、骨と骨の隙間を狙って、筋や腱を断ちきることは可能だった。

(フェンリル姉弟から、魔物の弱点を学べたのは幸運だったな)

 カークの実力も向上している。

(だが、何か物足りない感じが拭えない)

 捉え切れない違和感を覚えた。



◇◇◇



「お待ちしておりました」

 老執事に案内されて来た学部長を、アポロとニケは迎賓館で出迎える。


 三人は談笑しながら玄関ホールを進み、緩やかな階段を登ってサロンへと至った。天気が良かったので、折角だからとそのままテラスに向かう。裏庭の池が見渡せるオープンテラスだ。


 三人が着席すると、池の周囲に棲むアルラウネ達が一斉に花を咲かせる。森の精霊による空調に乗せて、爽やかな花の薫りが漂った。

 まだ午前中なので紅茶とケーキを楽しみながら旧交を暖め、幾つかの話題について情報を取り交わす。


 そんな話に一段落がついてから、カークはテラスへ呼ばれた。




「初めまして、カークです」

 途轍も無い量が溢れる魔力に戸惑いつつ、なるべく平静を保って挨拶する。

『先生デスネ』

『ベテランなのー』

 フェアリーと紋白蝶も知っているようだ。


「こちらこそ初めまして。マルセリーノ・バルビエリと申します。どうぞ宜しく」

 アポロよりも高齢なのか、珍しく眉間と頬に深い皺が目立つ男性のエルフだった。背が高く手足も長い。ゆったりとしたローブの前を開けて寛いだ様子である。腕輪やネックレスなど様々な装飾品を身に着けているが、それでも抑え切れない量の魔力だ。


『妖精さんも久し振りです』

 いきなりテレパシーで挨拶された。

『ご無沙汰デシタ』

『お元気ー』

 親しげに接している。

『お陰様で、まだ現役です』

 学部長は謙虚な人のようだ。


 お代わりのティーポットとビスケットが配膳され、改めて談話が再開される。ちなみに控え室で待っている間に、カークもケーキをいただいていた。


「……そうですか。彼を救出する際に、このワイバーンを倒したのですね」

 上手く話を誘導されて、魔石を入手した経緯を説明させられていた。その魔石はテーブルに置かれている。

「倒したのは……成る程、プラズマ・ボールの魔法でしたか」

 フェアリーが自慢気に説明してくれた。


「そして、その後は魔力を込めた掌で、撫で続けて滑らかになった訳ですね」

 カークの説明を聞き終わると、魔法で冷めた紅茶を温め直す。

「では、フェアリーが教えてくれた方法を、我が研究室でも試してみたいのですが、構いませんか?」

 フェアリーは二つ返事で承諾した。

「ありがとうございます」

 後日、何かお礼の品を贈ってくれるらしい。




 魔石についての話は終わり、大学の現状について学部長の愚痴を聞く場に変わった。


「帝国政府は拡張政策を進めている。旧王国の整理が一段落したので、民衆のベクトルを大森林の開拓にシフトさせたんだ」

 その開拓に魔法使い達が大挙として投入されており、帝国大学にまで人材募集がかかっている。


「こっちにも影響しているよ」

 アポロが言うには、サーモントラウトの養殖技術を応用して、アサリと牡蠣もラインナップできた。今後も増加が見込まれる人口を、どれだけ養えるのか打診されたのだ。それは事実上の増産命令である。


「だから、今は真珠貝の養殖に注力している」

 カークは中々の天の邪鬼だと思った。

「リスクヘッジだよ。サーモントラウト家に食糧の依存度が高くなると、要らぬトラブルを惹き起こしてしまうんだ」

 高度に政治的な理由である。

「単純に増産するだけなら、今の漁獲量の二倍を十年間は続けられる。しかし、それを実行すれば天然資源が枯渇してしまい、元の状態に回復するまで五十年はかかる見込みなんだよ」

 エルフなりにオブザーバーとして、人間世界に係わりを持っていた。長命な彼等は、長いスパンで物事を見ているのだ。




「そういえば、ウチの数学科の教授が、グレート・ヒルにまで派遣されていたな」

 何でも開拓事業に適した人材発掘の、面接を依頼されたらしい。

「ああ、あの娘ね」

 ニケが相槌をうつ。

「寡婦だから身軽に動けるだろう、といっても人使いの荒さには変わりがないわ」

 彼女のお茶飲み友達だった。

「生憎とロクな人物が居なかったらしいのよ。しかも途中で呼び戻されて、クレーム処理に充てられたって、かなりご立腹だったの」

 カークは嫌な雰囲気を嗅ぎとる。


「でもね、帰り道で将来が有望な、若い商人に出逢ったらしいわ」

 フェアリーは紋白蝶を頭に止めて、ふよふよと浮いていた。

「彼も帝都を目指していたから、会いに来るよう伝えておいたらしいのよ」

 三人が揃ってカークを見ている。


「帝国大学の商業科では、開拓者向けに半年間の集中講座を新設して、成績優秀者に起業資金の融資も考えているそうだよ」

 学部長が後を引き継いで言った。

「学生寮もあるけれど、ウチから通ってくれた方がフェンリル姉弟も喜ぶでしょうね」

 ニケが止めを刺しにくる。

「学費は総額で金貨六十枚だったな」

 アポロまで棒読みで参加したのだ。


 カークはロクサーヌから、帝国に関する様々な知識を教わっていた。これまでバラバラだった情報は、今日の談話の中で繋がりを持ち、全ての意味を理解する。


 自分の<巻き込まれ体質(ご都合主義)>に気付いた彼は、諦めることも受け入れたのだ。




『巧妙な罠デシタ』

『嵌まってるー』

 妖精の言葉に、まだまだ未熟者であることを痛感するカークだった、




続く

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