表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導かれる者  作者: タコヤキ
第五章:変わる日々
46/145

第四十六話:帝都での日々

第五章は奇数日の十二時に投稿します。

「いらっしゃいませ」

 青玉亭に入ると、二人は店の奥にあるテーブル席へ案内された。

「ランチメニューです」

 二つ折りの板を渡される。

「お決まりになれば、お呼びください」

 小柄で初老のウェイターは静かに離れた。


「俺はパスタ・オムレットの白身魚にする」

 カークが先に決めると、ロクサーヌも同じメニューを選らんだ。他にビーフとチキンが選べた。

「では、注文しよう」

 ウェイターはロクサーヌが呼んでくれる。


 カークが受け取ったメニュー板を開くと、そこに<事情は聞いている>と書かれていたのだ。返却する際に内ポケットから手紙を抜き出し、ロクサーヌには気付かれないように挟んでおいた。これで依頼完了だ。


(エルフの屋敷へ逗留しているんだ。情報が伝わっていても当然だな)

 彼は<互助会>のメンバーであることを再認識する。




「お待たせいたしました」

 カークがレモネードを、ロクサーヌはアップルサイダーを飲んでいると、ウェイターがワゴンで料理を運んで来てくれた。


「生食も可能な<教会玉子>を使っております」

 パスタ・オムレットは、お皿全体を玉子焼きが覆っている。教会で<祝福>された玉子は、殺菌と解毒も追加されており、帝都では生食が定着していたのだ。ウェイターは然り気無くそれを教えてくれた。


 所々が半生の玉子は、火が通ったフワフワと、半生のトロトロの食感が同時に楽しめる。

 玉子の下にはホワイトクリームのソースで味付けされた白身魚と、筒状のパスタ、歯応えのよいマッシュルームが詰まっていた。


「帝都で消費される鮮魚の半分近くを、サーモントラウト家が供給しています」

 ロクサーヌの説明だ。


 この大陸の北東の端にある港町、レフトショルダーで生まれ育ったカークは、帝国では淡水魚が多く食べられている、と噂には知っていた。


「帝国南西部の、山から海まで続く森林地帯を領地に持つサーモントラウト家は、森の奥深くに大きな湖も有しています」

 その湖からは二本の川が海にまで届いており、湖の南側三分の一は希釈された塩水だ。そして、そこで養殖されているのがサーモントラウトである。


「代々、水と風の魔法を得意とする家系で、森の恵み以外にも人々の食糧を賄える術はないか、と模索した結果なのです」

 安全で安定した鮮魚の供給を得た帝国市民は、豊富な食糧とバランスのとれた栄養分により、健康な身体と生活を維持できた。

 サーモントラウト家は、帝国の富国強兵に貢献したことを認められ、侯爵となったのである。


 食後のデザートと珈琲の時間も使って、ロクサーヌが教えてくれた。


(数学以外にも、帝国史を学ぶ必要があるな)

 カークは痛感する。



◇◇◇



 ランチの後、ロクサーヌは引き続き帝都を案内してくれた。レフトショルダー訛りのカークへ、より多くの帝都標準語が聞けるルートを選んでくれたのだ。それはバザールである。


 雑多な露店がひしめきあい、汗と熱気が一種の興奮状態を醸し出していた。売り込みと値切り交渉。そこにカークは商売の原型を見た。


 テントの後ろでクッキーを焼く厳つい男。その店頭で宣伝する少年。親子だろうか。奨められるままに試食したカークは、気に入った味を二袋購入した。一つを無造作にロクサーヌへプレゼントする。

「オヤツにどうぞ」

 無言で受け取る彼女の頬が紅く染まった。




 その日のディナーで、カークはサーモントラウト夫妻へ感謝の言葉を述べるも、二人は軽くスルーした。




 それからは隔日で、ロクサーヌに帝都を案内してもらうことになる。行き先の地域ごとに、関連した帝国史も説明してくれた。カークはその度にオヤツを買って、ロクサーヌとシェアする。

 人間としては厳ついカークだが、水牛獣人のロクサーヌにとっては可愛い少年だ。そんな彼が毎回お菓子を買ってくれる。彼女は感激していた。カークはロクサーヌの息子に似ていたのだ。

 やはり旦那様の客人は優しい。

 忠誠心が高まると同時に、我が子への愛情も深まっていた。



◇◇◇



『カーク兄さん』

『遊ぼう!』

 帝都巡りをしない日は、積極的にフェンリル姉弟と交流している。


 帝都へ来るまで、ダヤシ川の港町であるロンゴウゲの近くから、約二週間かけて一緒に移動してきた。両親を亡くしたばかりの寂しさと不安を隠して、明るく気丈に振る舞っていた二匹は、カークを兄さんと頼ってくれていたのだ。


 サーモントラウト家のお屋敷に来てからは、オルトロスのヴァルカンとサンドラの夫婦が常に姉弟と一緒に過ごしてくれている。彼らに聞かれた寝言はニケにも伝わっており、彼女の過保護っぷりに拍車をかけていた。


『運動場』

『行こう』

 姉弟に誘われて後を付いて行く。

 帝都の中にある<サーモントラウトの森>の奥深い場所には、一対の旧い石碑が鎮座している。

 ニケのパートナーであるケルベロスのデューイが教えてくれたのは、そこが帝都南西部の森に繋がっていることだった。

 デューイの首輪に付けられた魔石が無ければ通れない仕組みだったが、カークが持つ<寂しん坊の指環>も同じ効果があったのだ。流石はエルフからのプレゼントである。


 今日もデューイの付き添いで、姉弟が<運動場>と呼んでいる森へ移動した。勿論オルトロス夫婦も一緒だ。

 デューイは強い。

 パートナーである<お嬢様(ニケ)>と同じ年月(百五十年)を生きている彼は、ワイバーン程度であれば前足の一撃で倒せる。姉弟の保護者として最適だった。そして<運動場>に於いても最強の存在であり、姉弟の成長のため適当に魔物を間引いてくれている。

 普段も彼等の食事となる魔石を、ここで調達していたのだ。


 ケルベロスのデューイ、オルトロスのヴァルカンとサンドラ。いづれも強者である。まだ幼いフェンリル姉弟は、一緒に行動するだけで多くの経験が得られるのだ。そして、それはカークも同様だった。




『蜘蛛です』

『お腹が好き!』

 姉のJJが蜘蛛の吐き出す糸を爪で切り裂き、弟のDDの牙が腹部へ突き刺さる。小柄な二匹は巧みに攻撃を掻い潜り、的確に急所を狙ってダメージを与えていた。時間は掛かるが、確実に安全に対処している。


 DD曰く、敵の急所は美味しそうに見えるらしい。蜘蛛の柔らかな腹の肉を、ムシャムシャと貪り喰う。


 事実、この蜘蛛はヘル・タランチュラと呼ばれる魔物で、デューイの見立てでは今のフェンリル姉弟が二匹揃ったよりも、僅かに強さが上回るはずだった。

 しかし、姉弟独特の血縁による連携は、彼の予想以上の攻撃力を発揮したのだ。


 カークも同じ魔物を相手にしていた。

 格上の魔物には強制睡眠の魔法が効き難く、弓矢による先制攻撃で弱らせてから掛けた。眠らせた蜘蛛の頭を切り落とすことで、無傷のまま討伐できたのだ。




 フェンリル姉弟とカークが連携すれば、より格上の魔物にも圧勝できた。


 ミスリル銀の外皮を持つアーマード・メタルリザードには、カークが放つ強制睡眠の魔法がよく効いたのだ。姉弟は首筋や関節の内側など、外皮の柔らかい隙間を狙って鋭い爪を振るう。サクサクとよく斬れた。

 肉は弾力があって脂身の旨さは絶品である。姉弟とカークは大量に食べて成長した。外皮などの素材は、全てサーモントラウト家へ納める。カークの滞在費に充ててもらうのだ。


 ヘル・タランチュラのエサでしかないオークやトロルなどは、最早瞬殺だった。


 フェンリル姉弟はデューイ指導で効率よく格上の魔物を倒し、魔力がたっぷり詰まった魔石と肉を摂取する。万が一怪我をしても、直ちにカークが治療した。幼い姉弟の成長は著しく、あっというまにカークを追い抜いてしまう。


(流石は精霊獣だな。外見はまだ幼いままなのに、その実力は計り知れないぞ)

 カーク自身も赤鬼チャハンを凌駕するまでに成長していたが、フェンリル姉弟の急激な伸びには敵わない。




『比べては駄目デスヨ』

『マイペースでねー』

 妖精はカークに甘かった。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ