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導かれる者  作者: タコヤキ
第五章:変わる日々
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第四十五話:腹巻き

第五章は奇数日の十二時に投稿します。

とても悲しい出来事が起きてしまいました。

辛いですね。

思想信条に係わらず、他人を否定する行動は容認できません。


 帝都に着いて三日目、カークは腹を壊した。

(何が原因だろうか?)

 治療魔法を込めた魔力を、消化器系へ重点的に循環させて対処する。

『腹巻きデスネ』

『冷えたのー』

 フェアリーと紋白蝶が教えてくれた。


 帝都にあるサーモントラウト家の屋敷へ滞在することになり、服装も帝都風のモノを用意してもらったのだ。その際に砂利を詰めた腹巻きを外した。防具の必要はなかったからだが、腹を冷やしてしまったのである。


(思わぬ弱点だったな)

 彼なりに良い装備だと自負していた。

(魔力循環で体質を改善しよう)

 ブリガンダインの腹部装備を追加すれば、防具としても安心だ。



◇◇◇



「そうか、ワイバーンの魔石をオークションへ出品するために、この帝都へ来たんだな」

 ディナーの席でカークは本来の目的を伝えた。

「その資金を元手にして、自分にできる商売を始めようと考えているのか」

 エルフの貴族であるアポロは、カークには想像もつかないほどの資産を持っている。

「明日は商人組合へ行って、オークションの手続きをしてくればよい」

 馬車で中央口まで送迎してもらえることになった。


「帝都は不案内だろう。ロクサーヌに頼もうか」

 アポロの提案にニケも同意する。


「ミロ様から伺っています。剣が届くまでは、ウチに居てくださいな」

 フェンリル姉弟との交流も忘れていない。


「ところで、その<寂しん坊の指環>は、ニコラスからのプレゼントかしら?」

 寿命の長いエルフは、殆んどが知り合いだ。

「抜け駆けしやがって……」

 不穏な台詞が聞こえた。

「まあ、いいわ。一ヶ月は掛かるのでしょう? その間に用意するわね」

 ニケがアポロへ同意を求める。

 彼は静かに頷いた。



◇◇◇



『カーク兄さん!』

『今日は何する?』

 朝の散歩の時間だ。

『仕事に行く』

 そう答えると姉弟は落ち込む。

『……はい、分かりました』

『寂しいよ』

 カークは後ろ髪を引かれる。しかし、心を鬼にして告げた。

『働かなければ、ご飯を食べられない』

 人間とフェンリルの違いを教える。

『頑張ってください』

『美味しくなるの?』

 カークは姉弟を抱き締めた。




「おはようございます」

 朝食を終えて外出用のスーツを着せられたカークが、リビングでお茶を飲んでいると一人の女性が訪れる。

「ロクサーヌと申します。カーク殿の案内役を仰せつかりました」

 水牛獣人の女性は、赤鬼チャハンを彷彿とさせる体格の持ち主だった。白いブラウスにエンジ色のベストとロングスカートで、胸部装甲の厚みは大胸筋の塊である。

 頭頂部から左右に伸びる立派な角の先端には、保護キャップが被せられた上にタンポポの花が飾られていた。帝都の女性らしい嗜みである。


「宜しくお願い申し上げます」

 キッチリとした姿勢でお辞儀をした。

 ベストの背中には二匹の魚が銀糸で刺繍されており、彼女がサーモントラウト家の縁者であることを主張している。帝都で彼女に手を出す愚か者は居ない。


「こちらこそ、宜しく」

 カークは初めて着るチャコールグレーのスーツに、堅苦しさを感じていた。彼は首が太く、ネクタイをどう結んでも似合わなかったので、仕方なくループタイを着用している。木製のペンダントは、二匹の狼のレリーフだった。


 伸ばし放題だったくすんだ金髪は昨夜のうちにリックとチコの夫婦よって切り揃えられ、帝都風の綺麗に手入れがされた髪形へと変わっている。

 厳つい顔が、少しだけ幼くなった。




「ありがとう」

 中央口の門で馬車を降りる。ここから外が市民街で、カークは貴族の馬車を遠慮したのだ。

 サーモントラウト家から、フェンリル姉弟を連れて来てくれたことへの報酬を打診された。既にウーイから花の蜜を貰っていたので辞退すると、帝都滞在中の面倒を見ることで代替え案とされたのだ。

 それは食事や服装、備品で賄われる。

 カークが持っている革製のショルダーバッグも、その一つだ。彼は知らないが、グリフォンの革と羽根を加工した糸で作られている。購入するとなれば、価格は金貨二百枚を下らない。


「気を付けて行ってこい」

 髭面の中年男が見送ってくれた。中央口の警備隊隊長のグレゴリオだ。サーモントラウト家に忖度して、客人であるカークのことを注視していた。


「中央口を出たばかりのこのエリアは、経営者達が暮らす上級市民街です」

 ロクサーヌが説明してくれる。

「高台から坂を下れば一般市民街で、商人組合の事務所はその境界にあります」

 中央口から北へ向かって、大通りが真っ直ぐに延びている。先日は辻馬車に乗せられて、何も見ずに通り過ぎてしまった処だ。


「そこまでは徒歩で十五分。上級市民街側の入り口から参りましょう」

 商人組合の事務所は大きな建物で、入り口が二つに分かれていた。取り扱う商品の質と金額に差があるため、部署を分けているのだ。


「オークションに関係する受付は、こちら側にしかありません」

 一般市民でも自由に参加可能であるが、ハードルを高く設定してある。秩序を保つことが目的だった。

(北部と帝都では、少し違っているらしいな)

 ロクサーヌから説明を聞きながら歩く。上級市民街の住民は馬車を利用することが多く、徒歩で移動しているのは小間使いの下男下女ばかりである。その体格と服装の異質さに、二人はかなり目立っていた。




「ようこそ」

 商人組合の受付はカピバラ系の鼠獣人だ。

「初めまして、シェリーです」

 前歯が可愛い女性だった。


「ワイバーンの魔石を、オークションへ出品なさるのですね」

 彼女はカークが提示した商人組合の登録証を確認すると、手早く必要な書類を用意してくれる。

「鑑定書をお願いします」

 カークは指示に従い、帝国騎士団が発行してくれた鑑定書を提出した。

「貴方が一人で討伐したの?」

 書類を改めたシェリーが驚く。

 カークは黙って頷いた。


『こうしてバーン! 一撃デシタ』

 フェアリーが宙を舞いながら再現している。しかし、ここの誰にも気付かれない。


「魔石は幾つか見てきましたが、こんなにも表面が滑らかなモノは初めてです」

 カークがショルダーバッグから取り出したワイバーンの魔石を手にして、受付のシェリーは感嘆している。彼女の表情に偽りはなさそうだ。


(フェアリーが教えてくれた通りに、魔力を込めた掌で撫でていたのだが、ここまで効果があるのは驚きだな)

 秘かに感謝を伝えると、フェアリーは嬉しそうに宙返りした。


「我が商人組合の帝都本部に、全てをお任せください。必ずやお客様にご満足いただける結果を約束致します」

 魔石と鑑定書を受け取ったシェリーは、預り証とオークションへの参加チケットをカークに渡した。毎週末に開催されており、今週はもう締め切られていたので、出品は来週末の開催になる。


「では、本日より<励勤屋>様からの出品物として、オークション会場の陳列棚へ並べておきます」

 宣伝のために、三週間先までの出品物が展示されている。来場者の反応を見て、最低落札金額を決める参考にするのだ。高額な物ほど長期間に渡り展示され、購入者が資金を調達する時間を用意しているらしい。


「シェリーさん、展示にはこの布を敷いていただけるかしら」

 付き添っていたロクサーヌは、エンジ色のビロードを取り出した。銀糸で二匹の魚が刺繍されている。

「当家の関係者であることを明示しておけば、不要なトラブルを回避できるだろう。というのが当主からのお言葉でございます」

 事前にアポロとニケに出品物を確認してもらっておいたが、ここまでの支援はカークの予想外だった。

「ちなみに、この布は売り物ではございません」

 後日回収するのだ。



◇◇◇



「ありがとう、ロクサーヌ。帰ったら<旦那様>と<お嬢様>へ、俺から直接お礼を伝える」

 商人組合の事務所を出たカークが、頭を下げると彼女もお辞儀した。

「畏まりました、カーク殿」

 まだ出会ってから数時間なので、その態度には堅苦しさが残っている。


「ランチは<青玉亭>に行きたい」

 カークは次の目的地を伝えた。

「できれば、その近くから案内してくれないか」

 彼女はそれを命令と受け取る。

「畏まりました、カーク殿」

 まだ堅苦しい。




『帝都のお食事が楽しみデスネ』

『人が多いわー』

 陽射しがきつくなってきても、マイペースな妖精達だった。




続く

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