第四十三話:帝都へ
第五章は奇数日の十二時に投稿します。
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「顧問殿、誠に申し訳ございません」
若い神父は恐縮しながら、納戸へ宿泊の用意をしてくれた。
「寝床をご用意いたします」
大量の藁を敷き詰め、殺虫、洗浄、乾燥、浄化、これでもかと魔法を注ぎ込んだ。洗ったばかりの清潔な布が掛けられると、快適に過ごせるベッドが整う。
「動物を連れた方には、この納戸をご利用いただく規則なのです」
場所は納戸だが調度品は贅沢なモノが揃えられ、一泊するだけなのに豪華な仕様である。品の良い刺繍が施された衝立てが、様々な道具が詰められた棚を隠す。
(ここの司祭が<見える人>だからなのか)
フェンリル姉弟を連れて四日めのカークが、宿場町の教会を訪れてお布施を納めた。雨宿りできれば良かったのだが、彼の気配を感じた司祭が飛び出して来たのだ。
「妖精と精霊獣を連れた顧問」
司祭は大喜びしてカークを持て成した。我が教会に幸運が訪れた、千載一遇の好機である。下心を隠さないその態度は潔く、返って好感を抱かせた。そのメリットは信者達の幸福を願っていたからだ。
とにかく納めたお布施以上の歓待を受けていた。
「お座り」
食事を終えたカークが、フェンリル姉弟に言った。二匹は並んで座っている。
「待て」
前足を揃えて尻尾を振った。
「よし」
目の前に置かれた魔石に噛りつく。
コリコリと美味しい音を立てて、二匹は嬉しそうに食べた。
『お兄ちゃん、ありがとう』
『兄ちゃん、ご馳走さま!』
姉のJJはおっとりしていて、弟のDDはあどけなく元気だ。紋白蝶は悶えている。
「おいで」
就寝前の歯磨きを済ませると、ベッドへ横になり二匹を呼んだ。いつもカークの足元で丸くなって眠るのだ。
『ママ……』
『パパ……』
起きている間は決して口に出さないが、サヨナラも言えずに別離してしまった両親は、夢で逢いに来てくれているのだろう。二匹の寝言に、カークは目頭が熱くなるのを堪えられない。
◇◇◇
「お世話になりました」
司祭に挨拶して出発する。
小雨だが長く降り続いていた。二匹は雨の中をはしゃいで走り、その運動量はカークの三倍だ。
街道が整備されている上に、精霊獣の加護とカークが持つ魔除けの鈴の効果で、全く魔物には遭遇しない。それでも退屈しないのは、二匹が様々な薬草を見つけては報告してくれるからだった。
治療薬、化膿止め、止瀉薬、毒消しなど、多種多様な植物がある。疲労を回復するキノコも沢山集めた。
(ホビットの薬師も、こうして精霊から教わったのかも知れないな)
カークが誉めたら、二匹は喜んだ。
(駅馬車には乗れなくなったが、歩けば身体も鍛えられるし、二匹も楽しんでいる)
カークは交流を楽しんでいた。フェアリーと紋白蝶もご機嫌だ。
心配していた二匹の食料だが、途中でゴブリンの巣を見つけ自分たちで解決してくれた。精霊獣は幼くても強いのだ。
フェンリル姉弟と歩き始めて十日が経った頃に、カーク達は大きな街へ到着した。
見渡す限り建物が続いている。
その光景に圧倒され、カークは立ち尽くす。
「帝都? いや、ここはまだノース地区だ」
商人組合の事務所を訪れたカークに、受付の担当者が教えてくれる。
「昔は帝都に一番近い町だったが、開発が進んで間にあった農地を住宅地へ変えたんだよ」
そのために建物が繋がって見えるらしい。
「以前は灌漑用の水路だったが、今では拡張されて川になっている。そこが帝都とここの境界線だ」
東西に長いノース地区だけで、住民は五万人に達するという。北部のサウス・ヒルと同じ規模だ。いづれにせよ、カークの想像を遥かに越える大規模な街だった。
「雨を凌げる宿か? その二匹が同室だと、ちょっと難しいな」
担当者の計らいで、事務所の厩舎に隣接した小屋を借りる。一泊で銀貨五枚だ。
小屋の半分は土間で、板張りの床はベッドと小さなテーブル、二脚の椅子で占められていた。夕飯は屋台で購入した料理を小屋で食べる。
毛布は無料で貸してくれた。
(精霊獣だからなのか、抜け毛の心配が無いのには助かっている)
後始末に困らなくて済んだ。
翌朝は長く続いていた雨が止む。
◇◇◇
「橋の上へ行列が並ぶように、作られているんだな」
境界線の川に着いたカークは、入門用と出門用の二本の橋を見ていた。受付は三つあり、右端が居住者と通勤者用のファストパスだ。訪問者用の二つでは荷物を検査しているので、少し時間がかかっている。
三十分でカークの順番がきた。
「レフトショルダーのカークで、ソロの商人か」
受付で身分証を提示している間に、手荷物は検査されている。
「待てよ。銀狼を二匹連れているな」
年齢を聞かれたので、十五歳と答えた。
「二匹の銀狼を連れた少年だな。門を通ったら左にある詰め所へ寄ってくれ」
特に滞ること無く通過する。
言われた通りに詰め所へ寄った。
事情を説明すると待合室へ案内される。十分ほどで呼ばれたら、辻馬車が来ていた。
「エルフから呼び出されたんだってな。一体何をやらかしたんだ?」
詰め所の職員に尋ねられたが、カークは答えに困ってしまう。
「まあ何でもいいか。俺には関係ない」
あっさりと解放された。
「粗相させるなよ」
辻馬車の御者に釘を刺されたが、二匹も一緒に乗せてくれる。あからさまな敵意ではないので、指環は反応していない。
「中央口まで行け、としか聞いてない」
機嫌が悪いようだが、運転は丁寧だった。
「料金は貰っているから、心配するな」
大通りを直進して十五分後、大きな門の前に到着する。御者は無愛想に言ってカーク達を降ろすと、振り向かずに去って行った。それ程に獣を乗せるのが嫌だったのだろう。
『嫌なヤツー』
フェンリル姉弟にメロメロな紋白蝶は、辻馬車の御者がとった態度に憤慨していた。
「おーい、こっちだぞ」
馬車を見送るカークへ、門に詰めている兵士から声がかかった。
「君がカークだろう?」
髭面の中年男が手招きしている。カークは二匹を連れて門へ向かった。
「やあ、よく来てくれた」
兵士は安堵に胸を撫で下ろす。
「一週間前から、通知が出されていたんだ」
意味は分からないが、取り敢えず挨拶の握手を交わしておいた。
「ここで待っていてくれ」
門の横へ折り畳みの椅子を置く。
「もうすぐ迎えが来るはずだ」
木製のコップで水を渡してくれた。
「何せ<お嬢様>の招待客だからな」
彼はここの隊長で、グレゴリオだと名乗る。
「ところで、紹介してくれないか?」
カークと同じ程度に厳つい顔だ。
「赤いのが姉のJJで、青いのが弟のDDだ」
フェンリル姉弟を紹介する。
「おおっ、ありがとう」
二匹並んでお座りしている姿を眺め、中年男が嬉しそうに笑った。
「初めまして、グレゴリオだ」
二匹の前にしゃがむ。
『JJです』
『DDだよ』
伝わらないテレパシーで挨拶した。
「うむ、お利口さんだな」
見つめ合ったまま、真面目な顔で二匹の頬肉を撫でる。
『親バカー』
二匹にデレデレのグレゴリオを見たカークへ、紋白蝶が突っ込む。お前が言うな。
三十分が過ぎた頃に、一台の馬車が着いた。ハグハグとグレゴリオの手を甘噛みする二匹は、まるで気付いていない。
その馬車は大型の高級リムジンだった。
御者が降りてドアを開けると、一人のエルフが降りてくる。見るからに仕立ての良いスーツを着た、背の高い男だ。
「君がカークだね」
穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄る。朝日に照らされた長い金髪が眩しい。
「私はアポロです。宜しく」
エルフにしては凛々しい顔立ちだが、爽やかな雰囲気を撒き散らしていた。
「では早速ですが、我が家に招待しましょう」
フェンリル姉弟を見て告げる。
「畏まりました」
一瞬で直立不動の姿勢になっていたグレゴリオは、完璧な姿勢で応答したのだ。
「ではカーク殿、ご姉弟を宜しくお頼み申します」
先ほどまでのデレぶりを微塵も見せず、軍人らしく頼もしい態度で言った。
黒塗りのリムジンのドアには、二匹の魚が描かれている。恐らく貴族の紋章だろう。車体の後部に掲げられた徽章は、白地に緑色で三本の麦穂だ。カークも知っている帝国の国旗である。
「どうぞ、後に続いてください」
エルフのアポロは先に乗り込んでいた。御者に促されてカークは二匹をリムジンへ乗せる。荷物を預けてから自分も乗った。
「失礼します」
慣れない敬語を使う。
「まあ、掛けてください」
座席を示してくれた。
フェンリル姉弟には、両端を丸く結んだ棒状の縄が与えられている。二匹共に前足で押さえ、ガシガシと熱心に噛み付いていた。
(イヌ科の扱いに慣れている)
一瞬でミロが頼った理由が分かったのだ。
「では出発しましょう」
アポロが天井から下がる紐を引っ張ると、外でチリンとベルが鳴った。それが合図だったのか、ゆっくりとリムジンが動き始める。
「改めまして、私はサーモントラウト家のアポロです。ようこそ帝都へ」
爽やかな笑顔だ。
「レフトショルダーのカークです」
珍しく彼は緊張して言った。
(コ・ドゥア氏だけではない。この俺も巻き込まれ体質だったな)
目の前に居るこのエルフの男は、生物としてのレベルが違い過ぎたのだ。
『大丈夫デスヨ』
『動物好きー』
フェアリーと紋白蝶は、リラックスしているようだ。
続く