第四十一話:魔道具店
第五章は奇数日の十二時に投稿します。
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(無事に着いたな)
船を降りたカークは両腕を伸ばし、背伸びをして身体を解す。北端城を出てトンバ川を下り、船着き場のあるフーナの町へ着いたのだ。
(魔除けの鈴があるお陰なのか、ここまでの道中は全く安全だったぞ)
これまでとよく似た港町は、夏の陽射しに照らされて眩しい程に輝いて見えた。
(魔物が出ないのは良いことなのだが、成長に繋がらないのがもどかしい)
まるで商人らしくない思考のカークは、バックパックを背負い直して歩き出す。
(とにかく、晴れている間に進んでおこう)
初夏のこの時期は、まとまった雨が降る。降雨量が多ければ川が増水して、船の運航が滞ってしまうのだ。
「帝都へ行くのか。それなら次はジョウドの港からダヤシ川を下って、ロンゴウゲに向かうルートだな」
商人組合の事務所で行程を確認する。
「この辺りは穀倉地帯だから、安全で平和だが見る処は無いぞ」
退屈な旅行になる、と担当者が教えてくれた。
(帝国らしい地名なのか、余り馴染みがない)
カークが生まれ育った地域では、方位を示す名前が多かったのだ。
「よし、これで揃った。では良い旅を」
チケットをまとめて購入したカークは、担当者から笑顔で送り出された。
(次の川まで駅馬車で三日かかるのであれば、数学読本を買っておいた方が良さそうだな)
彼がいま持っているのは入門編の<関数>で、次は初級編の<方程式>になる。帝国大学の数学教師から直接指導を受けたので、かなり理解は進んでいるが練度はまだまだ低い。
(問題集と回答編も、複数用意しておこうか)
宿を確保して荷物を置き、午後の町へ買い物に出掛ける。数学読本は高価で、当初は旅の予算に含まれていなかった。しかし、懐に余裕のあるカークは、教会からの顧問料に手を付けずにいられた。太っ腹になるのも仕方がない。
「毎度ありがとうございました」
初級編と二冊の問題集をセットで購入すると、店員から数学読本専用のバインダーを薦められた。段階に応じた見出しページが添付されており、学習の進捗が分かり易く区切られるのだ。
カークは言われるがままに購入した。
◇◇◇
(この店は、魔道具屋だな)
一軒の店舗の前でカークが立ち止まる。これまでの町にも存在していたのだが、意識の対象外だったので見過ごしてきたのだ。
(店名は<ジェニファーズ・コレクション>で、店構えは帝国式のチェーン店そのままだな)
どこか、ランプレディ武器商店を彷彿とさせる佇まいである。
「いらっしゃいませ」
若い女性店員が出迎えてくれた。
「見学したい」
カークはシスター・メリィから貰った、教会顧問のカードを提示する。
「はい、畏まりました。ご用の際は、いつでもお申し付けください」
教会の関係者であると理解した彼女は、営業スマイルで対応してくれた。
(通路が広く照明も適切だ。陳列も整頓されており、価格表示も分かりやすい)
種類ごとに区切られた中でも、値段によってエリアが分かれている。初級、中級、上級で明確な価格差が設定されており、高級品はカウンター内に飾られていた。
(杖の品揃えは圧倒的だな)
店舗内の約半分を占めている。
(素材ごとに太さと長さの順で並んでいるのか)
陳列棚には安い商品が平積みされ、棚の下段から場所が高くなるほどに価格も上がっていた。
(各素材には説明文が書かれてあるぞ)
素材の性格や魔力の通し易さ、どの魔法に適しているのか、標準的な耐用年数まで記入されている。
(店員が説明しなくても客が自分で調べられるのは、とても合理的なシステムだと思う)
それが帝国式チェーン店の特徴だった。
(だが、俺が杖の説明を読んでも、意味がよく分からないな)
一旦、他の商品を調べてみる。
(こっちは帽子とマントの売り場だ)
カークには縁がない。
(身に付けるアクセサリーは、カウンターのショーケース内に展示している。盗難防止が目的だろう)
そこには三人の店員が居た。
主に指環やネックレス、イヤリングやピアス等が揃えられている。上半身に着用する方が効率的なのだ。
(使い捨てのスクロールは、一覧表が掲示されているだけだな)
店員のユニフォームは、白いブラウスにグレンチェックのロングスカート、紺色のエプロンである。髪が長ければ、後ろでひとまとめに括っていた。
(気付いてみれば、店員は女性ばかりだぞ)
彼女達が<ジェニファーズ・コレクション>ではないだろうが、恐らく皆が魔法使いであり、店の奥には怖いお兄さんが待機しているのは間違いない。
「頼みがある」
カークは<ファイヤー・ボム>のスクロールを二巻購入してから、受付の店員へ話し掛けた。
「知り合いに駆け出しの魔法使いがいて、付与師の見習いをしているんだ」
先日、隣席にいた女性客を想定していた。
「ファイヤーボールが得意なのだが、どの杖がお薦めだろうか?」
敢えて多くは説明しない。
「そうですね」
店員は真面目な顔で応じてくれた。しかし、彼女の脳内では、既に教会顧問と付与師見習いのロマンスが展開されている。
「火炎系の魔法は木材が嫌います。なので銅や銀などの金属製をお薦めいたします」
意外な解答だ。
「どうしても木材を使いたい場合は、回復力の高いモミの木か魔力耐性の高い竹を選ばれると良いでしょう。どちらも社交的な性格なので、使用者の経験に関係なく能力を発揮してくれます」
その説明にカークは黙って頷く。しかし、心の中では驚いていた。
(木材に社交的な性格があるのか?)
説明文にも記載されていたのだが、魔法使いの神秘に触れた気がする。
(さしずめ俺には樫の木が合っているのだろう)
愛用の棍棒を思い出す。
「お客様は普段、何をお使いでしょうか」
店員の問いに困ったカークは、掌を開いて見せた。
「ああ、手を翳すタイプですね。治療や回復をなさるお方の中には、稀にいらっしゃると聞いていますわ」
上手く解釈してくれたことに安堵する。
「杖の太さの理想は、使用者の指四本分です」
話が進んだ。
「こうして両手の人差し指と中指を伸ばし、向かい合わせにしてお互いを挟むように重ねて並べてください。それをまとめて握った太さですよ」
カークは戸惑った。彼の知識だと、その太さは元気な男の子である。
「ありがとう。参考になった」
彼の指は太かったのだ。
杖の太さに関しては魔法使いあるあるで、若いカップルへ浴びせる洗礼でもあった。店員達の秘かな楽しみでもある。
◇◇◇
(魔法使いは大変だ。色んな知識が必要で、意外と費用がかかるしな)
店を出たカークは溜め息をつく。
(今日は肉を食べよう)
この町にも<ヘヴィ・ミート>が出店していることは確認済みだ。
「いらっしゃい!」
「一名様ですか?」
「カウンターへどうぞ!」
広い店内に多くの店員が忙しく動き回っていた。
「お飲み物は?」
「エールですね!」
「ジョッキいただきました!」
店員は若い女性ばかりだが、皆がふくよかな体形をしている。この店の食事は、旨くて栄養満点なのだろう。
「ジョッキのウェルカムセットでーす」
ザク切りキャベツとジャーキーが、小鉢から溢れるほどに盛られていた。
「ご注文はお決まりですか?」
ビーフステーキ四百グラムをウェルダンで頼んだ。エールはピッチャーを追加する。一人前だが、ガーリックトーストも頼んだ。
「お待たせしました!」
ここの店員は元気が良かった。
(ウェルダンは熱した鉄板で提供されるのか)
ジュージューと脂が跳ねる音と共に、木皿に敷かれた黒鉄の板が熱を発している。周囲を見ると、レアやミディアムは陶器の皿だった。
(食べている間に焼け具合が変わらないよう、配慮されているんだな)
カークの鉄板には、熱したペレットまで付いている。
(旨い!)
切断面から肉汁が溢れていたのを見て、期待が膨らんだ以上の味だった。
(見た目は赤身の塊なのだが、あらゆる処から脂が染みだしているぞ)
夢中で食べるカークだが、お代わりの二百グラムを忘れない。
この店オリジナル製法として、赤身の中へ専用の注射器で牛脂を注入している。店名の<ヘヴィ・ミート>に偽りなしだ。
『難儀な輩がイマス』
『不粋ねー』
今日はカークが選んだメニューを楽しんでいたフェアリーが、店内の不穏な空気へ敏感に反応した。
(飲み過ぎだな)
樽のような体形をした大男が、禿げた頭まで真っ赤になっている。何か意味不明な言葉を叫びながら、ふらつく足で席を立った。
(アイツも留置場で一晩頭を冷やせば、元に戻るのだろうか?)
カークは肉を切る手を止める。
大きな音を立てて男が倒れた。丁度通路の真ん中だったので、他のテーブルに被害はない。
慌てて店員が駆け寄ると、イビキも掻かずにスヤスヤと眠っていた。
「ごめんなさいね」
同席していた派手な化粧と艶やかな服装の女が、眠る男の懐を探って財布を抜き取る。店の勘定にイロを付けて支払うと、残りの全部を自分のポケットへ入れた。彼女は女の子の日だっので、最初から仕組まれていたのかも知れない。
「後はお任せください」
笑顔で店員が見送ると、間も無く厳つい男達がやって来て、眠る大男を引き摺って行く。その男達の身体にはどこか欠損があった。傷痍軍人の再雇用である。
他の客は平常通りに食事を続けていることから、この店ではよくある出来事なのだろう。
(俺の出る幕ではなかった)
小柄な老婆が杖を仕舞い、二階のテラスへ隠れるのを見届けたカークは、誰にも聞こえない呟きを洩らす。上からならば狙いは自由自在なのだ。
(店の設備を壊されるよりも、彼女を雇った方が低コストなのか)
帝国式の合理精神を学んだ気がする。
『ただのアトラクションだったのデスネ』
『ぱりぴー』
相変わらずマイペースな妖精に、溜め息と共に安堵を感じるカークだった。
続く