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導かれる者  作者: タコヤキ
第一章:旅立ち
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第四話:依頼

毎週月曜日の十二時に更新予定です。

「いらっしゃい」

 狭い店内だが客は少なく、席は空いているが一人で来たカークはカウンター席を選んだ。奥には何故か近寄り難い雰囲気を感じたので、素直に入り口側へ座る。


「ジンジャーエールと、お奨めのセットがあればお願いします」

 物腰が柔らかく髪が薄い小柄で年老いた店員へ、丁寧な口調で伝えた。

「萬屋さんで買い物をした際に、この木札を預かりましたが、ここで宜しいでしょうか?」

 胸ポケットから木札を取り出し、老店員にそっと差し出す。


「……勿論です」

 少し間を置いて、カークから視線を外さずに両手で受け取った。

「今夜のお奨めは、ジャコサラダと白身魚のフライ、アンチョビとオリーブのピザ。デザートは洋梨のタルト」

 流れるような説明である。

「食後は珈琲か紅茶を選べます」

 特徴がなく大人しい印象の店内は、控えめな照明のために落ち着いた雰囲気だった。




『海から離れているのに、お魚が美味しいデスネ!』

 久し振りの魚介類にフェアリーが喜んだ。

(保存方法の改善と、高速輸送のお陰だな)

 彼は心の中で会話する。

 二人は多くの言葉を交わしているが、他人には全く聞こえないので、独りで静かに黙々と食べているようにしか見えなかった。




「料理は口に合ったかい?」

 食後に珈琲を飲んでいると、白いエプロンを着けた中年の男が話し掛けてきた。この店のシェフらしい。

「ご馳走さまでした。美味しかったです」

 お世辞抜きに答える。

「それは良かったぜ」

 カークの言葉に、太い眉と大きな鼻が目立つ顔を綻ばせた。


「ところで、萬屋の紹介で来たらしいな」

 カウンター越しに身を乗り出して、シェフが少し声を潜める。

「俺はマテウスだ」

「カークです」

 お互いに名乗り合う。

「彼は無愛想だが人を見る眼は確かで、俺達はとても信頼している」

 一言で誰を指しているのか分かった。

「そんな彼が認めたカークに、一つ仕事を頼みたい」

 唐突なマテウスの発言に、彼は戸惑った表情を浮かべてしまう。

「勿論、彼の紹介だけではない。食事のマナーを見て、商人としても信頼できると判断したんだ」

 その説明を聞いて、カークは安心した。

「俺にできることであれば、喜んで引き受けます」


 簡単な説明を聞いた彼は、前金として報酬の半額を受け取る。金貨五枚だ。



◇◇◇



(待ち合わせ場所はここだったな)

 翌朝、宿を引き払ってから、町の南門前にある広場を訪れた。

(左手にこのリストバンドを着けて、見えるように立っていれば声を掛けられる)

 大きな鼻のマテウスから渡されたのは、くすんだ紺色のリストバンドだ。茶色系統で揃えられたカークの装備には、あまり似合っていない。


「お早う。カークだな、宜しく」

 二頭立ての幌馬車が近くに停車すると、若い男の御者が声を掛けてきた。

「まずは乗ってくれ。中で説明するぜ」

 言われたまま馬車の後ろへ回ると、中から大きな男が手を伸ばして乗車を助けてくれる。

「ありがとう。初めまして、カークです」

 四輪で大きな幌馬車の内部は広く、既に三人の男が乗っていた。いづれも彼に劣らぬ厳つい男達だ。


「お早う。俺がジョンで、今回のリーダーを勤める」

 手を貸してくれた大きな男が話す。左の頬に酷い傷痕があり、見るからに傭兵と分かる風貌だ。

「弓を持っているのがボビーで、槍使いがグレンだ。御者はマーロン」

 簡単な紹介を受けて、お互いに頷き会う。全員が左手に紺色のリストバンドを着けていた。

「これで揃ったな。早速だが出発しよう」

 ジョンの合図で馬車が動き始める。




「カークは初めての依頼だったな」

 町を出て郊外の道を南へ向かう幌馬車の中で、リーダーのジョンが説明してくれた。

「今回は南部鉱山へ衣類や食料品を届け、現地で初期の加工を施された荷物を持って帰るんだ」

 往復三日間の行程である。

「野盗や魔物に注意は必要だが、開けた道だから危険性は低い」

 カークは先日出逢った、傭兵あがりの運び屋達を思い出す。

「情報はそれだけだ。何も知らなければ、聞かれても答えられないからな。それで充分なんだよ」

 何やら怪しげな言葉に聞こえた。


「マーロンがこの馬車の所有者で、普段は定期便を請け負っている」

 ジョンの説明が続く。

「俺達は見ての通り傭兵で、運び屋の護衛が専門だ」

 そう言って大柄な彼は、使い込まれた長剣を見せてくれる。弓を持ったボビーは細身で背が高く、槍を持ったグレンは赤ら顔で髭が濃い。

「カークは商人だったな」

 無言で頷いた。

「ならば商人組合に所属しているだろう。俺達も傭兵連盟に登録してあるし、マーロンは運送協会で正規の免許を持っているんだ」

 ジョンは登録証のドッグタグを見せてくれる。


「皆が各々の組織に頼って生活しているが、それだけでは解決できない問題が発生する。そんな時に垣根を越えて協力し合うのが、今回のような場合だ」

 そう言って左手のリストバンドを見た。

「世間一般には公にされていないが、俺達は<互助会>と呼んでいる」

 違法な団体ではないから安心してくれ、と説明されたが、今は信用するしかない。


「報酬の半分を前金で受け取っただろう? それでも持ち逃げせずに、こうやって参加するような人物が選ばれているのさ」

 カークは納得した。



◇◇◇



 途中の村で一泊し、無事に目的地である南部鉱山へ到着する。ゴブリン五匹に襲われた以外は、何も問題はなかった。


 南部鉱山では商人組合の事務所で荷物を降ろし、納品書と照らし合わせた後に受領証を受け取る。

 次いで鉱山を経営する代官所を訪れた。話は通っていたが荷物はまだ準備できていなかったので、翌朝に改めて集荷することになる。

 一行は同じ宿に泊まり、夕食を共にした。




「カークはまだ十五歳だったのか」

「見た目が厳ついから、二十歳を越えていると思っていたぜ」

「でも酒はイケる口だな」

「ドワーフにしては背が高い……えっ? 人間だったのかよ」

 二日間を一緒に過ごした仲間であり、元から気さくな者達は、既に慣れ親しんだ間柄になっていたのだ。


「樫の棍棒か。靭性に富み強度も高く、軽いから扱い易くて素人には良い武器だ」

 傭兵で長剣使いのジョンは、カークの装備を見て評価する。

「青銅製の剣も決して悪くはないが、一人旅の場合は鋼鉄製をお薦めするぞ」

 青銅よりも硬いので攻撃力が高く、メンテナンスも容易らしい。


(値段は高いが、長持ちするのか)

 カークは一本の値段が、金貨二十枚以上だったことを思い出す。

(今回の報酬でも足りない)

 道中の食事や宿代などの経費は、前払金で賄っているのだ。

(よし、次の目標は鋼鉄製の剣にしよう)

 それまでは樫の棍棒を使い続けることに決めた。


 食後は鉱山で有名な色町へ繰り出し、上級店でゆっくりと汗を流す。カークは初めてだったことを隠していたが、ベテラン揃いの傭兵達にはバレてしまう。鋼鉄製の剣が少しだけ遠退いた。



◇◇◇



「お帰り。無事で何よりだったな」

 カークはあの店を訪れ、残りの報酬を受け取る。

 勿論、夕飯もそこで食べた。

「依頼を終えた者には、知っておく権利がある」

 食後の珈琲を飲みながら、大きな鼻のマテウスはポツリと語り始めた。


 南部鉱山で貴重な鉱石が見つかり、イースト・ヒルにある研究施設で解析することが決まる。当然のように情報は漏れた。そのサンプルを輸送する際に、途中で野盗に襲われる懸念が指摘されたのだ。

 そこで本来の輸送隊とは別に、二組の囮を用意することになった。正規の手続きで二組が手配され、影でカーク達が選ばれたのである。

 果たして正規に手配された二組共に襲撃され、片方の六人組みだった運び屋は半分がヤられてしまった。

 しかし、本物のサンプルは、カーク達に託されていたのだ。


 この仕事は鉱山を経営する領主から直々に出されたモノであり、報酬にかかる税金を含めて何の心配もないことを告げられた。

 今回だけに使用されたリストバンドは回収されたが、その代わりとして、ツルツルに磨き込まれた例の木片を渡される。それが<互助会>のメンバーであることの証だった。


「ある程度の規模であれば、どこの町にもここと同じ作りの店がある。いずれも店名に<青>が含まれているから、間違えることはない」

 マテウスの言葉に、この店は<青嵐亭>だったことを思い出す。




『他の町でも、依頼があると良いデスネ』

 報酬の高さに満足したフェアリーは、とても楽し気な様子で宙を舞っていた。




続く

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