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導かれる者  作者: タコヤキ
第四章:移動
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第三十六話:数楽

第四章は奇数日の十二時に投稿します。

「いいね」やブックマーク登録ありがとうございます。

(魔物が少なくて助かったな)

 オフ・ショアの町までの道のりで、魔物には全く遭遇しなかった。街道が整備されていたことに加えて、魔力量の増えたカークが持つ<魔除けの鈴>はその効果を上昇させていたのだ。




 西へ向かって順調に進んだ一行は、昼前に到着する。

 船着き場のあるオフ・ショアの町は、想像以上に大規模だった。フログ川と呼ばれる大河の左岸に位置し、人の手で入り江を深く作られている。


 そのフログ川は幅が百メートルを超えた大きな川であり、流れが穏やかなこともあって古くから物流に活用されてきた。


 町の北側は倉庫街で、日中は常に騒がしい。カーク達が通って来たのとは別の輸送専用道路で、グレート・クリフの町と繋がっているのだ。そして、帝国軍の駐屯基地が置かれており、懲役中の犯罪奴隷を監督していた。


 南側が居住区だが、そこは混沌としていた。

 ここで働く人々が暮らすアパート、商人達が利用するための宿屋、それらを相手にした食堂や市場、歓楽街等が密集しているのだ。

 教会は町の入り口にあった。


 商隊や護衛達と別れたカークは教会へ行き、お布施を納めて宿泊できる部屋を確保しておく。顧問の証が役立った。荷物を置いてから船屋を訪れ、クーポン券を利用して翌朝一番の便を予約する。


(金とコネで世の中は動いているんだな)

 使えるモノは躊躇わずに全て活用する、とカークは決めていた。

(さて、昼飯にしよう)

 宿と船の手配が済んだので、安心して食べられる。


 カークは屋台で貝とエビのスープを買った。クルミ入りのパンは少し高かったが、その味に納得する。串刺しで魚醤を塗って焼いた川魚は、濃い味付けだったので多くは食べられない。最後には炭酸が強めのジンジャーエールで舌をリセットした。




(この町は帝国文化が濃い)

 気配を消して町を散策したカークは、これまでの町とは違う匂いを感じる。いわゆる<商人言葉>も、単語の省略方法が異なっていた。発音は帝国標準語なのだろうが、レフトショルダー訛りの彼には難しい。

 指環のお陰でスリを察知し、不要なトラブルを事前に回避する。ここまで他の悪意は無かった。

(早めに移動しておいたのは正解だったな)

 フェアリーの警戒網も、安全だと告げている。




 商人組合の事務所の隣に、風変わりな小物を扱っている店があった。沢山の目盛りが刻まれた円盤である。複数の棒を組み合わせたモノもあった。

「計算尺です」

 店員の山羊獣人が教えてくれる。

「方位磁石と合わせて、船の航行には欠かせない道具の一つです」

 カークは商人としての算数を身に付けていた。彼は筆算を用いた四則演算や、十二の段までの掛け算を暗記している。


「これは?」

 薄い木の板に挟まれた紙の本だ。

「それは<数楽(すうがく)>の本です」

 山羊店員は嬉しそうに話し始める。

「帝国政府が発行している<数学読本>のシリーズであり、その本は初等の入門編に当たります」

 数学と音楽からの造語だが、カークは素直に理解することができたのだ。

「入門編の内容は<関数>で、初級編が<方程式>、中級編は<代数・幾何学>です」

 上級編は<微分・積分>だった。


 帝国では数年前に、この<数楽>が爆発的に大流行したらしい。農閑期の農家に於いて、クイズを解くのと同じ感覚で楽しまれたのだ。

 農民は目の前の土地から、どれだけ有効な農耕地を作り出せるのかを経験的に知っていた。節税に繋げていたのだ。そして、それを数学的に裏付けることができた<数楽>に飛び付いた。皆が夢中になっていたのも道理である。

 これは在野の優秀な人材を発掘する目的で、帝国政府が企画した流行だった。


「問題集と解答編もあります」

 興味を持ったカークは、入門編である関数の教科書と問題集に解答編を購入する。

(船で移動中の暇潰しになるだろう)

 軽い気持ちで買ったが、紙製の本はそれなりの値段がした。

 ついでに山羊店員のお薦めで算盤も購入する。

(祖父のバルドスが使っていたな)

 カークは記憶を探り、使用方法を思い出す。様々な計算で役立つことを期待した。

(これで少しは商人らしくなったぞ)

 気の早い自画自賛だ。




 夕方まで町を巡ったカークは、船が入ってくる時間に合わせて港を訪れた。多くの人と荷物が運ばれている。

 膨大な物量に圧倒された彼は、時間を忘れてその光景を眺め続けていた。



◇◇◇



『おはようございマース!』

『船ですよー』

 フェアリーと紋白蝶のテンションが高い。

 途中の屋台で朝食用に二人前のサンドイッチを買ったカークは、大急ぎで船着き場へと向かう。

 そのお陰で一番乗りだった。


「北端城行きの第一便だな。では、これを左の手首へ巻いてくれ」

 乗船手続きの際に、三桁の番号が記入された黄色い帯を渡される。同じ色と番号の帯をもう一本受け取ると、バックパックにも結んでおいた。預けた荷物を間違えないための仕組みだ。

(少し心許ない気がする)

 鋼鉄製の片手剣、樫の混紡、弓矢、兜は荷物にまとめておいた。身に付けているのは、カークがお気に入りのナイフだけだ。


 乗客定員三十名の大きな船だった。

 船の中央に貨物室があり、その両側へ板張りのベンチシートが並んでいる。内側を向いて座るのは、転んだ際に船外へ転落しないためだ。一番乗りのカークは、最奥で隅の席に着いた。

 後方にトイレが三つあり、一つは女性用である。

 直ぐに満席となった乗客は、老若男女が入り交じった様々な職業の者達だ。


「では出航します」

 一人だけ服装が違う大男が言った。彼が船長だと思われる。大きな帆が張られた客船は、ゆっくりと動き始めた。これからフログ川を南下するのだ。


『出航デスヨ!』

『動いたわー』

 乗船前からはしゃいでいたフェアリーと紋白蝶は、テンションマックスの状態である。キラキラと七色に輝く粒子を振り撒き、カークの頭上でこれまでに無い激しさでクルクルと回っていた。

 フェアリーにとっては、生き物の運動ではなく風や川の流れといった自然の力で動くのが楽しいのだ。カーク以外に<見える人>はおらず、他の乗客や乗員の誰にも気付かれていない。


「今から約三時間後に、最初の中継点へ到着する予定です。三十分間の停泊の後に出航しますので、そこで昼食を購入しておいてください」

 その後は二時間後に二度目の中継点を経て、夕方には目的地である北端城に最寄りの港へと辿り着く。合計で約九時間の川下りである。




『カエルさんデスネ』

『初めましてー』

 フェアリーと紋白蝶が戻ってきた。スリムでスタイリッシュな黄緑色のカエルが一緒だ。


『丁寧なご挨拶をいただきマシタ』

『ありがとー』

 カークも姿勢を正して挨拶する。


(今はこれしかない)

 朝食用に買ったサンドイッチを一切れ、カエルの前に置いた。BLTサンドだ。ベーコンとレタスにトマト。どれか気に入ってくれるだろう。


 カエルは雑食だった。

 とても喜んでくれる。


(ウーイと同じなのか?)

『真心が大切デスヨ!』

 食い気味にフェアリーが被せた。


『ハンサムなショタ君ねー』

 紋白蝶はカエルをガン見している。


(なんだかなぁ……)

 カークは船の揺れよりも疲れた。

 ちなみに全身へ魔力を循環させているお陰で、船酔いは予防されていたのだ。



◇◇◇



「船長、彼が<見える人>です」

 船員の一人が報告する。

「ヨシ、分かった。でかしたぞ」

 船長はその船員を誉めた。

「気付かれずに、最大限の注意を払え」

 船長は船乗りの鉄則を適用する。

「できる限り、長続きさせるんだ」

 迅速に全乗組員へ通達した。


 船乗り達の伝説として、自分の船に<見える人>が乗ったら成功の証であった。それは川を守る精霊が付いてくれるのと同義である。それから数週間、災害にあわないことが約束されたのだ。幸運の船として、その筋から重宝され、莫大な利益が約束されたも同然だった。

 その<見える人>が貢いだ食べ物を、特別に祭った祠へ捧げておけば効果が持続する。

(苦節十二年、漸く俺にも幸運が舞い込んでくれた)

 船長は年甲斐もなく興奮していた。

(ありがとう、若き旅人よ)

 船長は心の底から神に感謝を捧げる。



◇◇◇



「日除けです」

 屈強な船員達が揃って説明すると、客席の上部を覆う大きな厚手の黒い布を、木製のフレームに張り始めた。

「今日は好天に恵まれています」

 船員は続ける。

「皆様も、どうぞごゆっくりお過ごしください」

 それ以上は語らずに、乗客の反応を見守った。




『船は楽しいデスネ』

『良い風ですー』

『……』

 妖精語を話しているのか、カークにはカエルの言葉が分からなかった。




続く

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大袈裟な誇張や装飾もなく幻想的な情景をもどちらかと言えば淡々と紡ぐ文章が心地良い。素晴らしい文章力ですね
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