第三十一話:新たな装備
第四章は奇数日の十二時に投稿します。
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「鉢金が原因だ」
カークは声に出して呟く。
グレート・クリフの町へ戻り細々とした仕事を片付けた後、彼は一人で萬屋装身具店を訪れている。薬草の村で多額の報酬を得たから、新たに防具を揃えようと考えたのだ。
(鏡を見るのは久し振りだな)
兜を選んでいる際に、店員が確認するために用意してくれた。そして、選んだ金属製の兜を試着しようと鉢金を外したら、額へ見事に日焼け跡が残っていたのだ。勿論、鉢金の下は真っ白だった。
(記憶していた通りの顔だぞ)
鏡に映る大きな顔は彫が深く、太い眉と大きな二重の吊り上がった目、武骨な鼻筋、盛り上がった頬骨と四角い顎、太い唇の大きな口、厳つい。
(これから夏を迎えるので、直ぐに日焼けして分からなくなるだろう)
無反応な店員の態度にも助けられ、カークは気にしないことにした。
(ヘッドギアにするのは、どうだろうか)
だれも気にしないのであれば、日焼け跡ができても問題ない。
(いや、ここは当初の目的通りに、防御力を優先して金属製の兜にしよう)
改めて鏡を見詰めると、顎紐を調整した。
「チェインメイルとブリガンダインの組み合わせは、帝国軍の歩兵から一部の騎士まで、今でも相変わらずの人気装備です」
表情の変化に乏しい中年の店員は、抑揚を抑えた話し方で説明する。決して無愛想ではないが、客との距離感が少しだけ遠いのだ。
「どちらも複数の部品で構成されていますので、破損した場合の修復が容易なことが支持されている理由の一つです」
淡々と話しているが、商品説明には力が入っているように感じた。この中年店員なりの拘りがあるのだろう。
「ブリガンダインは、身体の形に沿って金属製の小さな板を鞣し革で繋ぎ、表面に厚手の布を鋲留めした防具です」
発明された当初は非常に高価な製品だったが、便利な加工道具の開発による効率化と、安価でも確かな素材の組み合わせで普及品が出回るようになった。
表面の素材に藍染めされた厚手のデニム地を採用することで、大幅にコストを低減している。胸部と背面を脇の下で繋ぐツーピース構造だ。更にオプションで腹部と腰まで囲うパーツもあり、後からでも追加できる。
「右利きの弓兵用に、左右が非対称のモノもラインナップしてあります」
カークの装備を見て判断した、彼独自のセールストークだ。
「肩から腕にかけてだけの、簡易版チェインメイルもあります。胸や腹は鎧に任せて、動き易さと防御力を高次元で両立させているのです」
表情の変化が乏しく見えるだけで、実際はかなり熱く語る男だった。
「長い期間に渡って当店をご利用いただけるように、全てのお客様へ最適な装備をご提案いたします」
萬屋装身具店のモットーを体現している。
(今日の予算は金貨五十枚だ)
あらかじめ店員に伝えておいた。
(その範囲内で、良い装備の組み合わせを薦めてくれているのだろう)
複数の候補から、カークも絞り込んでゆく。
「さて、お客様のご要望に対する商品を提示いたしました」
金属製の兜と、上半身を護る防具だ。
「次は私からの提案です」
中年の店員は別の売り場へと誘う。
「ここにあるのはジョック・ストラップという、男性の股間を保護するモノです」
奥行きのある店舗の半ばの、衝立てで仕切られた一角である。そこには大きさと素材別に陳列された、細長いプロテクターがあったのだ。サイズは、大、特大、超特大の三種類で、木製と金属製が存在する。
「腰と腿を繋ぐストラップに、このキャップを収納して装着します」
ストラップは柔軟性と伸縮性に優れた素材で作られており、激しい運動でもキャップがズレる心配はない。カークが現在履いているトランクスの上からも装着可能であり、キャップが肌に直接接触しない構造だ。
「ジョック・ストラップとは……」
四十年前に帝国が王国を侵略した際に、騎馬で長距離を移動する機会が増えた。その時、多くの騎士が苦しんでいた股擦れを回避するために開発されたという。
「騎馬だけではなく、人間相手の戦闘時にも効果がありました。急所が護られているという安心感は、防御に割いていた気持ちを攻撃へ集中させたのです」
それは踏み込みの一歩であり、突き出す槍のひと延びだった。事実、帝国兵は強かったのだ。
永年の間、帝国軍の秘密装備として扱われてきたが、十年前から漸く民間にも供給が解禁される。柔軟性と伸縮性に優れたストラップの開発がその理由だ。
しかし、まだ従来からの帝国領内でしか普及していない。旧王国領ではグレート・クリフまでしか取り扱っていなかった。
淡々と語る中年店員は、商品を説明しながらも装着方法を示し、カークは試着室へと押し込まれてしまった。
そして彼は自分のサイズを知る。
「続いてお客様へ紹介したいのが、このインナーウェアです」
更に売り場を移動した二人は、普段着が並ぶ一角に着いた。
「これからの季節に最適な、接触冷感素材で作られています」
中年店員がカークに差し出したのは、少し粗めで独特な手触りを持つ布製品だ。
「この素材の原料は、帝国南部の大湿原に生息する<蜥蜴犬>という魔物の革です」
中年店員は相変わらず抑揚を抑えた語り口だが、カークには強い熱意が感じられた。
「吸水性と通気性に優れており、水に濡れても直ぐに乾きます」
水分が蒸発する際に気化熱を奪い、肌に触れている部分が冷たく感じるのだ。
「数年前に蜥蜴犬が大量発生して、かなりの被害がでました」
討伐方法が確立されると、苦もなく駆除できるようになった。しかし今度は、その死骸の処分に困ったのだ。肉は腐りやすく不味い。大湿原なので焼却するにも手間がかかる。
「何とか活用する方法はないのか、と創意工夫を積み重ねた結果、この素材が生み出されたのです」
今では大湿原に拠点を築き、大規模な養殖が行われるまでになった。
農業大国だった帝国は、四十年前に王国を侵略した。各地の帝国化が一段落つくと、それまでのリソースを畜産に注ぎ込んだのである。
農業で培ったノウハウを活用して、試行錯誤を繰り返しながらも成功を納めた。そして遂には、魔物の養殖まで実現させる。帝国の技術は、スライムによる下水浄化システムに続き、魔物である蜥蜴犬の養殖を確立させたのだ。
(さて、財布と相談だな)
カークは考えた。
(金属製の兜は決まっている)
残るは身に付けるモノだ。
(チェインメイルとブリガンダインを組み合わせるのは決めたが、ジョック・ストラップと冷感インナーをどうするのか悩ましい)
その二つを購入する場合には、洗い代えと予備を含めて三つずつ揃える。予算内に納めるにはチェインメイルを腕と肩の簡易版に、ブリガンダインは腹部の追加を諦めて胸部だけになってしまうのだ。
(腹部は砂利を詰めた腹巻きがある)
カークは決めた。
(ジョック・ストラップは木製を三つではなく、金属製を二つにしよう)
トータルで少しだけ安くなる。軽量化も含めた通気孔が開いているので、蒸れ対策も万全だ。活性炭入りの小袋を挟んでもよい。安全性を優先するのだ。
会計の際に中年店員が独特なハンドサインを送ってきたので、カークも教えられた通りに返す。それは<互助会>のルールだった。
◇◇◇
トラベラーズ・インの自室へ戻ったカークは、購入した装備を点検する。
幸いなことに革のズボンは余裕を持った作りだったので、ジョック・ストラップを装着しても違和感がなかったのだ。ランチを食べてから町中を散策して、早く身体に馴染ませることにした。
冷感インナーはシャワーの後で着替える。
(チェインメイルに付属の肩パットは、緩衝材として有効だな)
バックパックを背負っても、ストラップが食い込まず痛くない。
(弓矢の扱いはどうだろうか?)
ブリガンダインの影響を確かめるために、明日にも試射できる場所を探そう。
(俺が成長したのか、それとも荷重が適度に分散されているのか、思ったよりも重さを感じないぞ)
カークは金属製の兜を被り、腰に片手剣を提げてフル装備の状態になった。
(長距離の移動にも、支障はなさそうだ)
狭い室内では動きまで確認できない。
(思い返せば、随分と装備に投資したな)
どこの傭兵なのか、と独りで苦笑いする。
(思わぬ再会をしたチャハン達に、かなり影響されてしまったことは認めよう)
先日は期せずして、お互いがホビットの家族を救助したのだ。
(ここ暫くは、新しい魔法も覚えていない)
本来はこの短期間に、四種類も魔法を習得するのは珍しい。しかし彼は、本職の商人として、まだまだ駆け出しである。
『ちゃんと成長していマスヨ』
紋白蝶を頭に乗せたフェアリーは、暢気な口調でカークを甘やかしていた。
続く