第二十五話:薬草畑
第三章は奇数日の十二時に投稿します。
古代人の霊廟でアーク・リッチを倒して教会へ戻ったのは、日付が変わって一時間を過ぎた頃だった。復路もカークの範囲照明の魔法が役立ったのである。
「ご苦労様でした」
猫背のノーム・シスターであるメリィが、皆に労いの言葉をかけた。
「朝食は十時まで摂れるように食堂を開けておくから、ゆっくりと休んでおくれ」
三人の男は黙って頷く。お互いが軽く手を挙げて挨拶を交わすと、静かにそれぞれの部屋へと向かう。
(歩いたり魔法を使ったよりも、アーク・リッチのプレッシャーに疲労を感じたな)
カークは部屋へ戻って装備を解くと、手を抜かずにメンテナンスを施した。シャワーを浴びたかったが、夜中なので我慢する。
『特別のご褒美デスヨ』
フェアリーがいつもよりも輝きを増して、カークの頭上を派手に舞う。七色の粒子が大量に降り注ぐと、身体の芯から暖かくなり快適な気分になった。
(思ったよりも疲れていたのか)
身体が軽く感じる。
『普通の人なら死んでマシタ』
それ程までにアーク・リッチの瘴気は危険であった。メリィの結界とクリフト神父の解呪魔法が強力だったので、皆の命が助かったのだ。
それを撃ち破ったコ・ドゥア氏の<冥府の業火>が、桁外れの威力であったことが分かる。
『これだけ回復すれば眠れマスネ』
いつの間にかフェアリーの輝きは納まり、カークの身体から緊張感が取り除かれていた。シャワーを浴びたのとはまた違う爽快感だ。
「ありがとう」
声に出して感謝を伝えると、軽く伸びをしてベッドへ横たわる。直ぐに寝た。
◇◇◇
『お早うございマース!』
フェアリーの声で目覚める。
『成長しまシタヨ!』
キラキラと七色に光る粒子を撒き散らして、フェアリーが嬉しそうに部屋中を飛び回っていた。
(良い睡眠がとれた)
朝の気だるさもなく、夢も覚えていない。窓の明るさからすると午前八時を過ぎていると思われる。
(自覚はないが、成長したのだろうな)
ゆっくりとベッドから降りると、伸びや屈伸をして体調を確認する。疲労や緊張もなく好調だった。
(腹が減ったぞ)
いつもよりも空腹感が強い。
(そうか、成長したんだな)
カークは急いで身仕度を整えると、早足で食堂へと向かった。
「お早うございます」
食堂の入り口でコ・ドゥア氏と出会う。
「お早う」
一言だけだが、挨拶を交わしてくれた。
「昨夜はご苦労様でした」
彼の窶れた姿に、カークは思わず声を掛ける。
「……お互い様だ」
ゲッソリと痩けた頬、落ち窪んだ眼窩、目の下の色濃いクマ、充血した瞳。ちゃんと睡眠をとったのか疑わしく思えた。
「喰えば治る」
心配そうなカークの視線に気付いた彼は、弱々しく語って席に着く。カークは隣のテーブルを選んだ。
「お待たせしました」
着席した途端に、エプロン姿の若い僧侶が配膳してくれる。トレイにはホットミルクとクロワッサン、小さな器に溢れる程の生ハムサラダが載っていた。定番の朝食メニューらしい。
「今朝のスペシャルです」
深皿にたっぷりのクリームシチューだ。大きく切られた野菜の甘味と、柔らかく煮込まれた肉が旨い。
カークは二杯食べたが、コ・ドゥア氏は普通に四杯平らげた。籠に満載だったバゲットも、彼が独りで食い尽くしたのだ。同じ背丈なのに、健啖家と呼ばれたカークの二倍以上を食べたのである。
「ご馳走さま」
デザートのオレンジで落ち着いたコ・ドゥア氏は、ようやく顔に生気が戻っていた。
(あれだけの大技を放った代償なのか)
カークの解釈にフェアリーが同意する。
食後の珈琲を飲んでいると、メリィとクリフト神父が食堂に入ってきた。二人共に窶れて見える。
(元気なのは俺だけか)
改めてカークはフェアリーに感謝した。
『他の人には効きまセンヨ』
彼の思考を読んだかのように彼女が伝える。
「お早うございます」
四人が挨拶を交わし、お互いを労いあった。
「今日は休む」
コ・ドゥア氏は一言残して席を立つ。
「アンタには別の話があるんだよ。だからもう一泊できるかい? ……ああ、それなら夕食前にお願いするよ。迎えに行くから、部屋で待っていて」
メリィと約束した。
「頼みがある」
続けてカークはメリィへ頼む。
「薬草畑を見せて欲しい」
メリィの友達である妖精が住んで居るのだ。
「構わないさ。では案内をつけるから、少しだけ待っておくれ」
そう言うと食堂を出て行った。
「僕は<苦味茶>にするよ」
残されたクリフト神父は、小振りなティーポットを持ってカークの隣へ座る。背が高く金髪碧眼の男前も、今朝は随分と草臥れていた。
「今は味よりも魔力回復が先なんだ」
五匁サイズの盃でお茶を飲む。
「……でも、この苦味だけは慣れないな」
彼は表情が豊かだ。
「でも、少しずつ魔力が回復するからね」
痩せ我慢の笑顔を浮かべる。
「午後から現場検証に行くんだ」
クリフト神父とシスター・メリィに加えて、教会から派遣される数名の僧兵が立ち合うらしい。
「お早うございます」
クリフト神父と雑談で寛いでいた処へ、小柄な若いシスターが訪れてきた。
「初めまして、アイリーンと申します」
三つ編みの赤毛にソバカス、上を向いた鼻でファニーフェイスの少女だ。睫毛の長い垂れ目と、大きく白い門歯が目立っている。
「シスター・メリィから、カーク殿を薬草畑へ案内する役目を申しつかりました」
どうぞ宜しく、とお辞儀をして揺れる胸にカークは無言で頷く。
「それでは、宜しく頼むよ」
クリフト神父の言葉に、シスター・アイリーンは頬を朱く染め潤んだ瞳で答える。
「畏まりました」
胸の前で両手の指を組み合わせ、膝を屈めてお辞儀をした。揺れている。
◇◇◇
「こちらが薬草畑の入り口でございます」
教会の裏口を出て十分ほど歩いた処に、高い木塀で囲まれた一角が在った。帝国軍の兵士と教会の僧兵が、厳重に警戒している。
「シスター・アイリーンとカーク殿ですね。先ほどシスター・メリィから連絡を頂いております。どうぞ」
カークにも負けずに厳つい、ベテランの僧兵が受け付けてくれた。意外にも言葉遣いは穏やかだ。
「順路に沿ってお進みください」
意外と狭い扉を潜り、僧兵に続いて施設内へ入る。彼が引率してくれるようで、シスター・アイリーンはカークの後ろだ。
見学用の通路と薬草畑は、窓の開いた木塀で完全に隔離されていた。高さ八十センチ、幅五十センチでガラス製の窓が等間隔で並ぶ通路は、薬草畑に沿って一直線に続いている。
「温度や湿度だけではなく、陽当たりまでも厳重な管理の元で栽培されています」
僧兵の慣れた説明を聞きながら、ガラス窓越しに薬草畑を眺める。白い鈴蘭のような花の隣は、可憐な薄紫のパンジー、その次は鮮やかな黄色のチューリップだ。どれもが薬効の高い草花なのだろう。
『蜜蜂さんが挨拶してイマス』
カークが覗くガラス窓に、十匹の蜜蜂が集まってきた。クルクルと輪を描いて踊るように飛び回り、カークのまえに来るとお辞儀をする。彼は小さく手を振って応えた。
「……もしかして、カーク殿は<見える人>でしたか」
その仕草に気付いた僧兵が尋ねる。
「蜜蜂だよ」
しかし、僧兵とシスター・アイリーンの二人には、何も見えなかった。
「私もご挨拶したいです」
背伸びをしてガラス窓を覗く彼女の胸が揺れる。
『皆さんとても元気デスヨ』
キラキラと七色に輝く粒子を振り撒きながら、フェアリーが楽しげに踊っていた。その動きに合わせて蜜蜂も舞う。カークの心までもが暖かくなった。
「お花まで踊っているみたいです」
シスター・アイリーンが振り向き、笑顔でカークを見上げる。
「うむ。薬草畑が明るくなっています」
厳つい僧兵もカークを見た。
「綺麗な花だ」
敢えて二人の視線を外し、ボソッと呟く。何故か照れ臭かったのだ。
蜜蜂との挨拶を終えると、三人は見学用の通路を先へ進む。
(おや、ウーイが居るぞ)
珍しく建物の中に座っていた。通路は右折する曲がり角になっており、ウーイはその先を指差している。逆三角形のお面がフラフラと不安定だ。
『道案内デスネ』
カークはお礼に魚の干物をあげた。両手で受け取ったウーイは、頭上に掲げて踊り出す。余程に嬉しかったのだろう。
角を曲がると、木塀の下端から三匹のモグラが顔を出していた。横一列に並んでカークを見上げている。
(木塀の下をを潜って来たのか)
彼はフェアリーと共に挨拶した。
(おっ、喜んでくれたぞ)
三匹のモグラが踊り出す。それぞれが違う動きだが、歓迎してくれていることが伝わってきた。
『皆コミュニケーションが好きデスネ』
フェアリーも一緒に踊っている。
続く




