表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導かれる者  作者: タコヤキ
第三章:精霊
23/145

第二十三話:夜行

第三章は奇数日の十二時に投稿します。

(弓矢は置いて行こう)

 鋼鉄製の片手剣を確認したカークは、念のために樫の棍棒も腰に提げておいた。今夜はアンデッド対策を手伝うことになっている。物理的な攻撃がどこまで有効なのか不明だが、準備だけは怠らないでいた。

(点や線よりも、面での攻撃が効きそうだな)

 但し、猫背のノーム・シスターであるメリィからは、治療魔法を期待されていたのだ。


『やっぱり胡椒も大切デスネ』

 夕飯の味付けに不満だったフェアリーは、携帯食料のクラッカーにチーズを乗せ胡椒を掛けて食べるとようやく落ち着いた。自分では食事を摂らずカークと味覚を共有しているだけなのだが、その分、彼の好みに影響され易いのである。



◇◇◇



「準備はできたかい?」

 カークが装備を確認していると、メリィが部屋を訪ねてきた。先端に宝石が付いた金属製のロッドを持っている。彼女の後ろには、白くて細長い杖を持ったクリフト神父が控えていた。

「コ・ドゥア氏は先に待っているから、私達も早く行こうか」

 カークが無言で頷き立ち上がると、フェアリーは彼の後頭部に束ねられた髪の中へ潜り込んだ。




 背の高いクリフト神父が持つカンテラの灯りだけを頼りに、照明が無い教会内の廊下を進む。猫背のノーム・シスターであるメリィの後ろなので、カークの視界も確保されていたのだ。何度か角を曲がると、古いドアの前で立ち止まった。

「どうぞ」

 クリフト神父がノックをすると、中から渋い低音の声が帰ってくる。カークはコ・ドゥア氏の声を初めて聞いた。

「失礼します」

 金髪碧眼で男前のクリフト神父は、緊張した表情でゆっくりとドアを開ける。部屋は礼拝堂の控え室で、左右の壁際に三脚ずつの椅子が並べられているだけだ。


「宜しく」

 穏やかな声で迎えられたカークは、コ・ドゥア氏の異装に眼が奪われた。


 額には朱色の布に黒い糸で、幾何学模様が刺繍されたバンダナを巻いている。そこに長くて白い鳥の羽根を刺し、冠のように何枚も並べて取り巻かれていた。

 ウナジで一つに纏められた長い黒髪は、腰まで垂れ下がっている。

 顔の入れ墨に沿って紅と藍色で化粧が施されており、白い羽根とのコントラストが鮮やかだ。

 白い布は右肩へ掛けられて、左半身を晒していた。その左胸には逞しい全身鎧の騎士が描かれている。とても見事な入れ墨だ。

 右手に持っているのは銀製の錫杖で、頭部の輪形に六個の遊環が通されていた。




「皆は<魔避けの鈴>を忘れてないかね」

 メリィの言葉に男たちが頷く。

 四人が揃った処で今夜の行動について説明があり、一通り確認が終わったのだ。

「それじゃあ行こうか。頼むよクリフト神父」

 カンテラを持ったクリフト神父を先頭に、礼拝堂の控え室を出た。二番目はコ・ドゥア氏でメリィが続き、最後尾をカークが歩く。皆が無言のまま進み、教会の裏口から夜の野外へ出た。


 暗く細い道を歩いて十五分が過ぎる頃に、一行は森の入り口へ辿り着く。道端に小さな祠が在って、その横でウーイが膝を抱えて座っていた。菱型のお面が大きい。

(夜のウーイは仄かに光っているのか)

 カークの膝から下の高さしかない細い身体は、青白く光って輪郭を現していた。

(今はこれしか持っていないんだ)

 カークはベルトに提げた袋から、一握りの干しブドウを取り出して渡す。珍しく立ち上がって両手で受け取ったウーイは、嬉しそうに何度も頷いた。


「アンタは<見える人>なんだね」

 メリィに指摘される。

「シスターは見えないのか?」

 カークが逆に尋ねた。

「朧気な存在は感じられるけれど、その姿をハッキリとは認識できないよ」

 そう答えると溜め息をついて歩き始める。


『妖精さんの仲間によって違うのデスヨ』

 フェアリーはカークの耳元で囁いた。



◇◇◇



「ここで小休止をとるよ」

 森の中を三十分は進んだ処に、少し開けた空き地があった。五個の太い切り株が等間隔に配置され、椅子として使える。

 小柄なメリィは、ここまでの移動中に何度か自分で体力回復魔法をかけており、成人男性三名に遅れず着いてきたのだ。


「この奥に古い建物があってね。どこの記録にも残っていないんだけれど、恐らく古代人の霊廟だと思われているんだよ」

 クリフト神父が持つカンテラの灯りでは光量が不足しており、お互いの姿はボンヤリとしか認識できない。

「誰か分からないけれど、最近その霊廟を荒らした奴が居るらしくてな。封印されていた扉が、乱暴な方法で暴かれていたのさ」

 夜の暗闇で声だけが聞こえる。

「それからアンデッド騒ぎが始まったんだよ」

 皆に緊張が走った。


「正確にはオーク襲撃の後始末で、周辺を徹底捜査した帝国軍が見つけたのさ」

 メリィは続ける。

「その時には既に壊されていたんだよ」

 薬草の村が狙われたことから、近々大規模な戦闘の勃発が懸念された。薬が無くて一番困るのは戦闘だからだ。

 その場が暗い雰囲気に包まれた。


「灯りをつけても良いか?」

 カークが問う。

「範囲照明の魔法が使えるんだ」

 振り向く気配のメリィに伝えた。

「……頼むよ」

 静かに答える。

「分かった」

 フェアリーに教えてもらった呪文を唱えると、半径十メートルの範囲にドーム状の光球が現れた。


『三十分は保ちマスヨ。五分で一メートルずつ縮みますケドネ』

 自慢気にフェアリーが教えてくれる。

「便利だな」

 その言葉にコ・ドゥア氏が反応した。

「そうだねぇ。私の結界が半径五メートルだから、その内側になったらかけ直してもらおうか」

 メリィも普通に話す。


「見えているのか?」

 思わずカークは尋ねた。

「小さな光の球が、ふよふよ浮いているよ」

「同じだ」

 二人が同様に答える。

「僕には何のことやら」

 クリフト神父は戸惑っていた。


「それよりもアンタ、この魔法を初めて使ったね」

 猫背のノーム・シスターに問われる。

「ただの照明じゃあないよ」

 やれやれ、と頭を振った。

「聖なる浄めの灯さ。私の結界よりも優しくて、クリフト神父の解呪にも負けていない」

 今度はカークが戸惑う。

「しかし、アンタは厳つい見た目に似合わず、ヤッパリ黄金の魂の持ち主なんだねえ」

 口調とは反対に微笑んでいた。


「俺は帰ろうか?」

「とんでもない」

 コ・ドゥア氏の発言にメリィが被せる。

「一人でも欠けたら、今夜のミッションは成り立たないんだよ」

 とても真剣な表情だ。

「貴殿の<断霊斬>が、どうしても必要なのさ。私の結界やクリフト神父の解呪以上にね」

 胸の前で握った拳を並べて力説する。

「勿論、アンタの治療魔法も欠かせない」

 カークに向き直って伝えた。

(貴殿とアンタ程には違うのか)

 それでも無表情で頷く。


「では、行こう」

 カンテラを持ったクリフト神父が立ち上がる。

「僕が先頭のままで構わないかな?」

 振り向いた彼にメリィが頷いた。

「頼むよ」

 その一言で歩き始める。




「しかし、不思議な灯りだねえ」

 足元まで明るくなったお陰で、四人の進行速度は格段に上がった。

「光源が幾つもあるのか、影が少ないんだよ」

 確かに、お互いの影で隠れることも無い。

「こんなにも便利な魔法は初めてさ」

 メリィが褒めると、カークの頭上でフェアリーが胸を張った。パタパタと勢いよく振られたアゲハ蝶のような羽根からは、キラキラと七色に光る粒子が撒き散らされている。とてもご機嫌な証だ。


(この範囲照明の魔法があれば、アンデッドにも苦労せずに対応できそうだな)

 慎重に周囲の気配を探ったが、何も感じられなかったカークは楽観的な考えに至る。

(夜行性の動物や、灯りに集う筈の虫まで、全く寄せ付けていない。昼間でもこの効果は有効なのか)

 明日にでも試してみよう、と考えた。




「これは?」

 五分程進んだ処でクリフト神父が急に立ち止まると、困惑気味の声をあげる。

「何か反応しているのでしょうか」

 豊かな表情で振り向いた。

「……ふむ。アンデッドが放つ瘴気を、カークの範囲照明が打ち消しているんだろうね」

 メリィの説明を聞いて前方を見ると、ドーム状の先にチカチカと光りが瞬いている。


「間も無く古代人の霊廟に着くのだけれど、ここまで瘴気が濃くなっているとは、想定外だよ」

 難しい表情で先を睨み、ポツリと溢した。

「でも、やるしかないわね」

 決意を込めて前進を促す。


 瘴気は更に濃くなり、場所によっては帯のように反応して光る。例えノーム・シスターのメリィが張った結界があったとしても、その光景はとてもおぞましいモノだったことを想像させた。フェアリーは再びカークの束ねた髪に隠れる。

 相変わらずコ・ドゥア氏は無言だ。


「あの建物だよ」

 メリィが立ち止まって指差す先には、三角屋根の古い木造建築が在った。その外観は全てが黒く、カークの範囲照明の魔法に照らされて、禍々しい雰囲気を漂わせている。

 よく見ると、何やら壁が動いているようだ。


『悪趣味デスネ』

 フェアリーが嫌そうに呟いた。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ