第二十三話:夜行
第三章は奇数日の十二時に投稿します。
(弓矢は置いて行こう)
鋼鉄製の片手剣を確認したカークは、念のために樫の棍棒も腰に提げておいた。今夜はアンデッド対策を手伝うことになっている。物理的な攻撃がどこまで有効なのか不明だが、準備だけは怠らないでいた。
(点や線よりも、面での攻撃が効きそうだな)
但し、猫背のノーム・シスターであるメリィからは、治療魔法を期待されていたのだ。
『やっぱり胡椒も大切デスネ』
夕飯の味付けに不満だったフェアリーは、携帯食料のクラッカーにチーズを乗せ胡椒を掛けて食べるとようやく落ち着いた。自分では食事を摂らずカークと味覚を共有しているだけなのだが、その分、彼の好みに影響され易いのである。
◇◇◇
「準備はできたかい?」
カークが装備を確認していると、メリィが部屋を訪ねてきた。先端に宝石が付いた金属製のロッドを持っている。彼女の後ろには、白くて細長い杖を持ったクリフト神父が控えていた。
「コ・ドゥア氏は先に待っているから、私達も早く行こうか」
カークが無言で頷き立ち上がると、フェアリーは彼の後頭部に束ねられた髪の中へ潜り込んだ。
背の高いクリフト神父が持つカンテラの灯りだけを頼りに、照明が無い教会内の廊下を進む。猫背のノーム・シスターであるメリィの後ろなので、カークの視界も確保されていたのだ。何度か角を曲がると、古いドアの前で立ち止まった。
「どうぞ」
クリフト神父がノックをすると、中から渋い低音の声が帰ってくる。カークはコ・ドゥア氏の声を初めて聞いた。
「失礼します」
金髪碧眼で男前のクリフト神父は、緊張した表情でゆっくりとドアを開ける。部屋は礼拝堂の控え室で、左右の壁際に三脚ずつの椅子が並べられているだけだ。
「宜しく」
穏やかな声で迎えられたカークは、コ・ドゥア氏の異装に眼が奪われた。
額には朱色の布に黒い糸で、幾何学模様が刺繍されたバンダナを巻いている。そこに長くて白い鳥の羽根を刺し、冠のように何枚も並べて取り巻かれていた。
ウナジで一つに纏められた長い黒髪は、腰まで垂れ下がっている。
顔の入れ墨に沿って紅と藍色で化粧が施されており、白い羽根とのコントラストが鮮やかだ。
白い布は右肩へ掛けられて、左半身を晒していた。その左胸には逞しい全身鎧の騎士が描かれている。とても見事な入れ墨だ。
右手に持っているのは銀製の錫杖で、頭部の輪形に六個の遊環が通されていた。
「皆は<魔避けの鈴>を忘れてないかね」
メリィの言葉に男たちが頷く。
四人が揃った処で今夜の行動について説明があり、一通り確認が終わったのだ。
「それじゃあ行こうか。頼むよクリフト神父」
カンテラを持ったクリフト神父を先頭に、礼拝堂の控え室を出た。二番目はコ・ドゥア氏でメリィが続き、最後尾をカークが歩く。皆が無言のまま進み、教会の裏口から夜の野外へ出た。
暗く細い道を歩いて十五分が過ぎる頃に、一行は森の入り口へ辿り着く。道端に小さな祠が在って、その横でウーイが膝を抱えて座っていた。菱型のお面が大きい。
(夜のウーイは仄かに光っているのか)
カークの膝から下の高さしかない細い身体は、青白く光って輪郭を現していた。
(今はこれしか持っていないんだ)
カークはベルトに提げた袋から、一握りの干しブドウを取り出して渡す。珍しく立ち上がって両手で受け取ったウーイは、嬉しそうに何度も頷いた。
「アンタは<見える人>なんだね」
メリィに指摘される。
「シスターは見えないのか?」
カークが逆に尋ねた。
「朧気な存在は感じられるけれど、その姿をハッキリとは認識できないよ」
そう答えると溜め息をついて歩き始める。
『妖精さんの仲間によって違うのデスヨ』
フェアリーはカークの耳元で囁いた。
◇◇◇
「ここで小休止をとるよ」
森の中を三十分は進んだ処に、少し開けた空き地があった。五個の太い切り株が等間隔に配置され、椅子として使える。
小柄なメリィは、ここまでの移動中に何度か自分で体力回復魔法をかけており、成人男性三名に遅れず着いてきたのだ。
「この奥に古い建物があってね。どこの記録にも残っていないんだけれど、恐らく古代人の霊廟だと思われているんだよ」
クリフト神父が持つカンテラの灯りでは光量が不足しており、お互いの姿はボンヤリとしか認識できない。
「誰か分からないけれど、最近その霊廟を荒らした奴が居るらしくてな。封印されていた扉が、乱暴な方法で暴かれていたのさ」
夜の暗闇で声だけが聞こえる。
「それからアンデッド騒ぎが始まったんだよ」
皆に緊張が走った。
「正確にはオーク襲撃の後始末で、周辺を徹底捜査した帝国軍が見つけたのさ」
メリィは続ける。
「その時には既に壊されていたんだよ」
薬草の村が狙われたことから、近々大規模な戦闘の勃発が懸念された。薬が無くて一番困るのは戦闘だからだ。
その場が暗い雰囲気に包まれた。
「灯りをつけても良いか?」
カークが問う。
「範囲照明の魔法が使えるんだ」
振り向く気配のメリィに伝えた。
「……頼むよ」
静かに答える。
「分かった」
フェアリーに教えてもらった呪文を唱えると、半径十メートルの範囲にドーム状の光球が現れた。
『三十分は保ちマスヨ。五分で一メートルずつ縮みますケドネ』
自慢気にフェアリーが教えてくれる。
「便利だな」
その言葉にコ・ドゥア氏が反応した。
「そうだねぇ。私の結界が半径五メートルだから、その内側になったらかけ直してもらおうか」
メリィも普通に話す。
「見えているのか?」
思わずカークは尋ねた。
「小さな光の球が、ふよふよ浮いているよ」
「同じだ」
二人が同様に答える。
「僕には何のことやら」
クリフト神父は戸惑っていた。
「それよりもアンタ、この魔法を初めて使ったね」
猫背のノーム・シスターに問われる。
「ただの照明じゃあないよ」
やれやれ、と頭を振った。
「聖なる浄めの灯さ。私の結界よりも優しくて、クリフト神父の解呪にも負けていない」
今度はカークが戸惑う。
「しかし、アンタは厳つい見た目に似合わず、ヤッパリ黄金の魂の持ち主なんだねえ」
口調とは反対に微笑んでいた。
「俺は帰ろうか?」
「とんでもない」
コ・ドゥア氏の発言にメリィが被せる。
「一人でも欠けたら、今夜のミッションは成り立たないんだよ」
とても真剣な表情だ。
「貴殿の<断霊斬>が、どうしても必要なのさ。私の結界やクリフト神父の解呪以上にね」
胸の前で握った拳を並べて力説する。
「勿論、アンタの治療魔法も欠かせない」
カークに向き直って伝えた。
(貴殿とアンタ程には違うのか)
それでも無表情で頷く。
「では、行こう」
カンテラを持ったクリフト神父が立ち上がる。
「僕が先頭のままで構わないかな?」
振り向いた彼にメリィが頷いた。
「頼むよ」
その一言で歩き始める。
「しかし、不思議な灯りだねえ」
足元まで明るくなったお陰で、四人の進行速度は格段に上がった。
「光源が幾つもあるのか、影が少ないんだよ」
確かに、お互いの影で隠れることも無い。
「こんなにも便利な魔法は初めてさ」
メリィが褒めると、カークの頭上でフェアリーが胸を張った。パタパタと勢いよく振られたアゲハ蝶のような羽根からは、キラキラと七色に光る粒子が撒き散らされている。とてもご機嫌な証だ。
(この範囲照明の魔法があれば、アンデッドにも苦労せずに対応できそうだな)
慎重に周囲の気配を探ったが、何も感じられなかったカークは楽観的な考えに至る。
(夜行性の動物や、灯りに集う筈の虫まで、全く寄せ付けていない。昼間でもこの効果は有効なのか)
明日にでも試してみよう、と考えた。
「これは?」
五分程進んだ処でクリフト神父が急に立ち止まると、困惑気味の声をあげる。
「何か反応しているのでしょうか」
豊かな表情で振り向いた。
「……ふむ。アンデッドが放つ瘴気を、カークの範囲照明が打ち消しているんだろうね」
メリィの説明を聞いて前方を見ると、ドーム状の先にチカチカと光りが瞬いている。
「間も無く古代人の霊廟に着くのだけれど、ここまで瘴気が濃くなっているとは、想定外だよ」
難しい表情で先を睨み、ポツリと溢した。
「でも、やるしかないわね」
決意を込めて前進を促す。
瘴気は更に濃くなり、場所によっては帯のように反応して光る。例えノーム・シスターのメリィが張った結界があったとしても、その光景はとてもおぞましいモノだったことを想像させた。フェアリーは再びカークの束ねた髪に隠れる。
相変わらずコ・ドゥア氏は無言だ。
「あの建物だよ」
メリィが立ち止まって指差す先には、三角屋根の古い木造建築が在った。その外観は全てが黒く、カークの範囲照明の魔法に照らされて、禍々しい雰囲気を漂わせている。
よく見ると、何やら壁が動いているようだ。
『悪趣味デスネ』
フェアリーが嫌そうに呟いた。
続く




