第二十二話:西からの訪問者
第三章は奇数日の十二時に投稿します。
「ありがとうございました」
検品を終えた若い神父は、豊かな表情で謝意を示す。クリフトという名前で、背が高く帝国風な金髪碧眼の男前である。
「無いとたちまち困るモノではありませんが、有れば便利なので助かります」
今回カークが納品したのは、その殆んどが日用雑貨だった。
「門番の兵士から聞きましたが、アンデッドが増えているらしいですね」
相手が若い神父でも丁寧な口調で尋ねる。
「そうなんですよ」
品物を片付けながらクリフト神父は肯定した。
「異常発生した豚種オークの襲撃を受けて、かなりの被害が出たばかりなのに、今度はアンデッド騒ぎで本当に困っています」
眉を下げて項垂れる仕草は、本当に困っている心情の表れだ。
「俺も非常勤の見習い僧侶なので、何か手伝えることがあれば言ってください」
代金を受け取り、領収証を渡す。
「おお、そうですか。とても助かります。これぞ神の思し召しですね」
カークの持つアミュレットを確認した彼は、感謝を示すハンドサインで応じた。感情表現が豊か過ぎると思いながらも、悪い気はしない。
「町の教会で子供達へのお土産を預かりました」
カークは別の包みを取り出し、若い神父に告げる。
「ありがとうございます、皆も喜ぶことでしょう」
貴方から直接渡してください、と言われて案内されたのは、臨時の避難場所に使われている寄宿舎だった。
「おや。いらっしゃい」
子供達に囲まれていたのは、小柄な老婆のノーム・シスターである。猫背で屈んだ顔を上げて、カークの頭上に向けて挨拶したのだ。
『このお方デスヨ』
フェアリーがそっと教えてくれた。
「こりゃ珍しい、長生きはするモンだね」
次にカークを眺めて呟く。
「黄金の魂の持ち主に出逢えたなんて、もう思い残すコトはありゃしないさ」
ケケケ、と笑う彼女を見たクリフト神父は、慌てた様子で部屋を出て行ってしまう。
「初めまして、カークです。町の教会から、お土産を預かって来ました」
警戒した子供達が遠巻きに見守る中で、彼は包みを取り出してシスターへ手渡す。フェアリーも彼の頭上でお辞儀した。
「ありがとう、ご苦労様」
両手で受け取った彼女は、中身を確認せずに一人の男の子へ預けた。
「ゆっくりお茶でも飲みながら、幾つか話を聞かせておくれ」
ノーム・シスターに誘われて別室へ移動する。
「お待たせ」
無人の食堂の一角へ案内されると、短時間でティーポットを運んできた。
「ちょっと癖があるけれど、私の好きな香りなのさ」
その紅茶は独特の芳香を放っている。
「カークとかいったね。私はメリィだよ」
猫背のノーム・シスターは、明らかにフェアリーを見詰めながら自己紹介をした。
その後のメリィとの会話は要領を得ず、様々な話題が無関係に連ねられてゆく。カークは素知らぬ顔で話を続けながらも、テーブルの下で魔除けの鈴が入った包みを静かに取り出すと、そのまま椅子へ座る彼女の膝の上にそっと置いた。恐らくこの二人を監視している者がいても気付かれないだろう。
メリィも魔除けの鈴が入った包みの存在を微塵も感じさせない様子で会話を続け、いつの間にかカークが治療魔法を使えることを聞き出していた。
「ほう、四時間も儀式が続けられるのかい」
イースト・ヒルの教会で、日曜日ごとに従事して稼いだ話である。
「それでも半分以上は魔力が残っていたのかね。やっぱり大したモンだよ」
彼女に初めて褒められた。何故かフェアリーは胸を張って自慢気だ。
「じゃあ、今夜のお勤めに協力を頼もうか」
聖堂の一角ではなく、狭いながらも個室を用意してくれる。
「夕飯後に部屋へ呼びに行くから、それまでは身体を休めておくれ」
食事は教会の炊き出しらしい。
◇◇◇
一通りの用事を終えたカークは、部屋を確認してから村を見て回ることにした。
『あのシスターは精霊さんと仲好シデス』
教会を出る際にフェアリーが教えてくれる。
(ウーイが居るのか?)
カークは他の精霊を知らない。
『彼女のお友達は薬草畑に住んで居マスヨ』
どうやら蜜蜂とモグラのようだ。
『後で挨拶に伺いまショウ』
フェアリーは暢気にふよふよ浮いていた。
教会の建物を出ると、目の前は通りの東側に在る合同庁舎だ。ここのように小さな規模の村では、帝国軍の駐在所が他の役割も兼務している。
(商人、猟師、傭兵、農業、工業、畜産など、各組織の窓口が一つにまとめられているのか)
受付は三つあったが、今は職員が一人しか居ない。勿論、再雇用された傷痍軍人である。その奥では、複数の帝国兵が打ち合わせている。
(取り敢えず、依頼完了の報告を済ませよう)
襟元から身分証を取り出すと、書類を揃えて静かに受付へ向かった。
「ご苦労さん、ありがとう」
初老の受付担当者は穏やかな口調だが、見た目はカークよりもかなり厳つい。その理由は顔の右側の上下に走る傷痕と、右目を隠す黒い眼帯だけでななかった。
「ほう。その若さで既に、マルチな才能を認められているのか。頼もしいな」
カークが首に懸けている鎖には、帝国の市民証、商人組合の登録証、猟師連合会の会員証がまとめられていたのだ。教会の非常勤見習い僧侶のアミュレットは、懐に仕舞ってあるのでバレていない。
「良い剣を持っているな。一度、俺が相手をしてやろうか?」
左の腰に提げた片手剣を見ながら、初老の受付担当者が提案してくれた。
「ありがとうございます。明日には時間が取れそうなので、お手すきの際にでも宜しくお願いします」
正式な剣の取り扱い方法を学びたい、と思っていたカークは、社交辞令以上の熱意を持って答える。
「よし、分かった。明日の午後においで」
その気持ちが通じたのか、彼は快く約束してくれた。
◇◇◇
『屋台の串焼きが美味しかったデスネ』
買い食いしながら村の中を散歩した感想は、フェアリーが言った通りに串焼きの味が最も印象的だった。
「何か手伝います」
まだ早い時間に教会へ戻ったカークは、最初に出会った若いクリフト神父へ話し掛ける。
「おお、君は!」
相変わらず大袈裟な仕草で答えられた。
「いやあ、助かるよ。では是非とも炊き出しの支援を頼めるかい?」
そう言って厨房へ案内してもらう。
そこでは帝国兵の指揮により、子供達が協力して働いていた。臨時で教会に保護されている孤児だ。
帝国兵の軍隊料理は、低コストで栄養分が豊富な食材をふんだんに使っている。強靭な兵士の身体を保つ役割を担い、それを充分に満足していた。しかし味は度外視されていたのだ。
『自分の料理だけに調味料を追加したいデスヨ』
調理を手伝いながら、フェアリーがポツリと洩らす。
(それは良くないと思う。どんな味なのか予測できるけれど、今回だけは出されたままの料理を食べよう)
なんとか宥めた。
◇◇◇
『怖い人間デスネ』
夕飯の食堂へ集まると、フェアリーが怯えてカークの背中に隠れた。初めてのことだ。
「コ・ドゥア氏よ」
猫背のノーム・シスターが紹介してくれたのは、顔中に沢山の入れ墨をした色の黒い男性だった。
年齢は二十代半ばに思えるが、その入れ墨が無ければもっと若く見えるかも知れない。エキゾチックな彫りの深い顔立ちで、赤銅色の肌に大きな二重目蓋の瞳が神秘的だ。物静かな雰囲気で黒目が大きい。
白いターバンを頭に巻いており、それと同じ色と素材の一枚の大きな布を身体に纏っている。
「カークです。宜しく」
フェアリーを庇いながら挨拶を交わした。
「彼は西の出身なのさ」
食堂の席に案内されると、ノーム・シスターが教えてくれる。
コ・ドゥア氏の身長は六頭身のカークと同じだが、顔が小さく八頭身なので背が高く見えた。しかし椅子に座ると、拳一つ分カークよりも座高が低い。
「今夜のお勤めに、彼も協力してくれることになったんだよ」
寡黙なコ・ドゥア氏の代わりに話しを進める。
「彼はまだ、帝国語を覚えている最中なんだ」
ヒヤリングはほぼ大丈夫だが、咄嗟の言葉は中々見つからない。
「ゆっくりと話してあげてよ。でも地元では大学者だからね、生半可な言葉では敵わないと思っておいで」
その言葉に苦笑いした。
(無口だからなのか、掴み所の無い人だな)
正直なカークの感想だ。
「今夜はカークの治療魔法を、頼りにしているからね。宜しく頼むよ」
細く見えるコ・ドゥア氏だが、その外観に似合わず大食漢だった。カークよりも多く食べていたのだ。
「詳細は現場で決めるのさ」
ノーム・シスターの言葉に、カークとコ・ドゥア氏は無言で頷いた。
『部屋に戻って口直しがしたいデスネ』
フェアリーは夕飯の味付けに不満を述べる。カークの感想を代弁してくれたのだ。
続く