第二十一話:薬草の村へ
第三章は奇数日の十二時に更新します。
グレート・クリフの町に着いた。
二月末の季節は春真っ盛りだ。
厳つい男のカークは成長して身長が一メートル七十五センチとなり、固太りの体格は更に迫力が増している。伸ばし放題のくすんだ長い金髪は、無造作に後頭部で一つに纏めて括られていた。
『町の中にも色んな花が咲いていマスネ』
彼の頭上にフェアリーがふよふよ浮いている。身長は三十センチほどだが、九頭身のスレンダーなスタイルは成人した女性のモノだ。背中にはアゲハ蝶のような羽根があり、キラキラと七色に光る粒子を振り撒いていた。
グレート・クリフは大陸北部にある山脈から続く<神の裾>という名の大森林の中へ屹立する、雄大な崖を見渡せる広い平野に作られた町だ。東部に大河が流れ、南にある都南太湖へ繋がっていた。
総人口十五万人を誇る、四十年前までは旧王国の首都だった町である。
「一週間の宿泊料は銀貨十四枚です」
受付の言葉にカークは、カウンターへ銀貨二枚ずつ七組を並べて置く。
(この町は物価が高いな)
グレート・クリフへ到着した彼はいつものようにトラベラーズ・インを選び、個室の料金の違いに戸惑いながらも支払った。
(流石は旧王国の元首都だけに、様々な建物が密集している)
一度、帝国に作り直された町並みだ。色んな人間が沢山いるので、カークの厳つい外見も目立たない。
(よし、ここで暫く資金を貯めるぞ)
手持ちの金貨は残り三十枚と少しにまで減っており、あの<互助会>へ預けてある百枚は緊急時の保険として残しておこうと考えている。
(今の装備で活動を続けるとして、手持ちの金貨五十枚を貯めることが第一目標だな)
まずは一週間を過ごして収支を確かめ、活動の難易度を判断するのだ。
(食事代の調査を済ませてから、商人組合の事務所へ仕事を探しに行こう)
彼は空腹だった。
『どんな美味しい料理があるのカシラ?』
フェアリーは期待している。
◇◇◇
「ソロの旅商人か」
帝国風ランチを食べた後で商人組合の事務所を訪れたカークは、受付に寄り<励勤屋>として活動拠点の登録変更手続きを終えた。町の規模に合わせて事務所も大きく、窓口は五つあるのだがどれも満員である。三十分ほど待たされてから、順番が回ってきたのだ。
「北西の外れにある村の教会から、幾つかの依頼が残っていたはずだ。まずは手始めとして、これを受けてみればよいだろう」
彼は非常勤の見習い僧侶であることを打ち明けて、教会関連の取り引きを斡旋してもらう。
「定期便から漏れた商いだが、当組合としては教会との信頼関係を維持しておきたいからな。しくじるなよ」
係員の中年男がリストを渡してくれた。単価は低いが嵩張らない物だったので、少し無理をすれば彼一人でも運べそうだ。
「あそこは最近、魔物に襲撃されて結構な被害があったんだよ。直ぐに討伐隊によって鎮静したが、まだ復興の途中で困っている人も多い」
普段は多種の薬草を栽培しており、これまで魔物の被害は少なかった。今回の件で防衛体制を見直すらしい。
「ありがとうございます。明日の朝に出れば、夕方には到着できそうですね」
そこの教会へ泊めてもらおう、とカークは考えた。
(リクエスト品の仕入れも、全て合わせて金貨三枚も掛からない。今はまだ小商いだが、まずは信用を得ることから始めよう)
利益の少ない商売であり便利屋扱いかも知れないが、ここでキッカケを掴むことによって地道に進める方針を立てたのだ。
(この町の教会では、生鮮食品に対する<祝福>の儀式を行なっていないんだな)
商人組合の事務所で地図と広告を確かめた彼は、効率的に仕入れを終えた後で教会を訪れた。この町は教会も大きい。しかし、各地から物資が集約されるグレート・クリフの町では、防腐処理のために治療魔法を掛ける行為は成されていなかったのだ。
(無いモノは仕方がないから、割り切って考えよう)
その代わり妙齢のシスターからの依頼で、教会に付属の孤児院に居る怪我をした子供達を治療するボランティアをやらされた。彼女の話術は巧みで、相手が気付かないうちに仕事をさせることに慣れていたのだ。
「カークさん、とおっしゃいましたね。ご協力ありがとうございました」
その妙齢のシスターはコレといった特徴が無い外見をしており、まるでごく平均的な帝国女性の見本のようだった。
「その若さで、ここまで魔法の発動に習熟されておられるお方には、初めてお目にかかりましたわ」
丁寧な言葉でカークを転がす。
「……そうですか、この後は北西の外れにある村まで行かれるのですね」
孤児院で治療を終えた子供達の相手をしながら、いつの間にか話し続けていたカークは、そのシスターに様々な情報を引き出されていた。
「では、届け物をお願いします」
有無を言わさず承諾させられてしまう。
「この子達が作りました」
手渡されたのは玩具である。お手玉、おはじき、双六などの小物ばかりで、荷物の邪魔にはならない。
「かの村は最近魔物の被害にあって、家族を失なった子供が増えている、と聞いています」
シスターは続ける。
「復興支援が優先されていたので、子供へのケアは後回しになってしまいました」
そしてシスターは、カークに頼めて助かった、と感謝を述べたのだ。
「貴方の前途を神が照らしますように」
左手を翳しながら祝詞を唱えてくれた。
夕飯は宿の近くにあった<青翠亭>で食べる。真っ先にワインを頼むことで、依頼は受けないと意思表示しておいたのだ。
「レフトショルダーのカークだな」
しかし、食後の珈琲を飲んでいると、エプロン姿で鼻の大きい男に声を掛けられた。
「北西の外れにある村へ、届けてもらいたいブツがあるんだ。金貨十枚を先払いしよう」
返事を待たずに押し付けられる。
「これは<魔除けの鈴>だ。全部で七個用意した。教会内部に揉め事があってな、極秘で<猫背のシスター>へ渡してくれ」
逢えば分かる、と言った。
「一つは自分で使うと良い」
鞄に提げても効果は変わらないが、できる限り身に付けておく方が安全だ。
「人間には分からないが、魔物が嫌がる音がするのさ。ゴブリンやコボルト、後は魔物化した獣などは寄って来なくなる」
この鈴を持っていることは、他言しないでおくように注意された。
◇◇◇
(俺の他に人影は無いな)
町を出て三時間を過ぎたが、街道を行くのはカーク一人だけである。
(ウーイも少ない)
お面を被った小柄な精霊には、まだ一度も出逢っていなかったのだ。
(魔除けの鈴が、魔物以外にも効いているのか?)
まあ偶然だろう、と考えるのを止めた。
途中にあった無人の休憩場で昼食を摂り、夕方前には北西の外れの村へ到着する。カーク一人で魔物にも出合わず、かなり速いペースで歩けたお陰だ。
北西の外れにある村は、周囲に柵が張り巡らされていた。高さ二メートルの杭が隙間なく連なり、尖った先端は乗り越えることを拒否している。
「通行証だ」
壊れた扉を急拵えで補修された門にて、カークは予め持たされた羊皮紙を示す。
「ご苦労様、そこを通ってくれ」
互い違いに柵が配置された通路の先から、門番の兵士が応答した。曲がり角に置かれた鉢植えには、彼も見覚えのある薬草が揺れている。どうやら通路へ向けて風を送っているようだ。
「これは有り難い。疲れが癒される」
爽やかな薬草の香りには、僅かであるが疲労回復の効果があった。流石は薬草栽培が盛んな村である。
「良いオモテナシだな」
機嫌よく門番へ伝えた。
「ようこそ、薬草の村へ。教会宛ての納品に来てくれたのか」
門番の兵士は若い犬獣人で、セントバーナード系の大男だ。右手に持つ太い槍が頼もしい。
「この村の中だけの話なんだが、一昨日から<アンデッド>が増えているんだよ」
声を潜めて教えてくれる。
「実は入り口の仕掛けも、アンデッド対策なのさ」
アンタは喜んでくれたけれどな、と笑った、
「詳しくは教会で聞いてくれ。納品のついでにせよ、時間は取れるだろう」
カークが持っている荷物の量から、教会関連の用事であると分かったようだ。
礼を述べたカークは村の中へ入る。
この南門から大通りが真っ直ぐ北門と繋がっており、緩やかな昇り坂になっていた。東側に商店や飲食店、宿屋等が集中して、西側には工房や住居が並んでいる。通りの中央付近に大きな建物があり、東側が合同庁舎で西側が教会だった。
(この規模だと、人口は約千人程度だな)
これまでの経験から推測する。
(先に納品を済ませよう)
カークは教会へ向かった。
『アンデッドはアンタッチャブルなノデス』
フェアリーが珍しく嫌な顔をして呟いた。
続く