第二話:晩餐
毎週月曜日の十二時に更新予定です。
「では、機会があればまた会おう」
八人でチームを組んだ元傭兵の運び屋達と共に、厳つい男のカークは街道を進んできた。夕陽を浴びる頃にイースト・ヒルの町へ到着した彼らは、門を通り抜けた処でアッサリと別れる。
◇◇◇
『宿屋が沢山ありマスヨ』
カークの頭上でフェアリーが跳ねた。
(門の近くに集まっているんだな)
往来の邪魔をしないように道端へ寄った彼は、ざっと辺りを見回す。
(二階建ての宿屋は、安価だが大部屋しかない)
その地味だが厳つい外観に似合わず、巧みに気配を消した彼は自然と周囲へ溶け込んでいる。
(三階建て以上だと個室は有るが、四階を超えると極端に値段が高騰するんだ)
記憶を頼りに世間の相場を思い出し、臨時収入があったことも含め迷わず三階建ての宿屋を選ぶ。その建物には<トラベラーズ・イン>と看板が掲げられていた。
「いらっしゃい」
左肩から先が無い、片腕の若い男が受け付けている。
傷痍軍人だ。この帝国に於いては何処の町でも、彼等は公益に関する職業を優先的に斡旋されていた。年金が支給されているので、安い賃金で雇えるのも雇用側のメリットとしてある。
宿屋の入り口に立っていた、初老で片足が義足の男も同様だ。鉄の胸当てを装備して、鉄の槍をこれ見よがしに持っている。
この年齢でも用心棒を勤めていられるのは、それなりの実力者なのだろう。傭兵らしき荒くれ者達が、それとなく敬意を払っていることからも分かる。
受付で素泊まり二泊分の料金として銀貨三枚を支払うと、鍵を渡され指定された二階の個室に向かう。因みに一階にある雑魚寝の大部屋は、一泊の料金が銅貨五枚だった。
古びたドアだが新しい鍵との組み合わせに戸惑いながら、入室したカークは明かりを灯す。キーホルダのスティックを差し込むと、光を発する魔道具である。虫除けのお香が焚かれた部屋は、古くて狭いが清掃は行き届いていた。
『昨夜の宿よりも綺麗デスネ』
フェアリーがふよふよと天井付近を漂っている。
『壁もシッカリとした造りで、隣室の鼾に悩まされなくて済みそうデスヨ』
カークは背負っていたバックパックを降ろし、備え付けのクローゼットに押し込んだ。
(まずは食事にしようか)
ランチを簡単な携帯食で済ませた彼は、マントも脱がずに部屋を出る。樫の棍棒も腰に提げておく。
『何を食べマスカ?』
宿屋には食堂が無く、自炊用の貸しキッチンも三組が順番待ちしている状態だ。
(ダニエルが教えてくれた、大衆食堂にしよう)
肉体労働に従事する多くの者達が贔屓にしており、炭水化物を中心とした高蛋白質でハイカロリーなメニューが揃っているらしい。
(今日は魔物を倒したので、夕飯を増量するぞ)
独りで旅を始めてからの経験によると、魔物を倒した夜の睡眠中には身体の大幅な成長が見込まれる。その際にたっぷりと栄養を補給しておけば、より効果的に成長できるのだ。
(理由は分からないが、強くなれるのは良い)
軽い足取りで街を行く。
◇◇◇
(日が暮れると、まだ寒いな)
冬が終わり新年が明けて、春を迎えたと言えども気温は低い。マントの前を合わせて早歩きで進む。
幸いなことにお店は直ぐに見つかった。スポットライトに照らされた大きな看板には、<ミート! ビーフ! ポーク! アンド チキン!>と描かれていたのだ。
スイングドアを開けて入店すると、早い時間帯だが既に多くのテーブル席が埋まっていた。カークが視線を巡らせると、店内右側に一人客用のカウンター席が設えてあった。
恰幅の良いベテランらしいウェイトレスの案内で着席する。流石に接客業で慣れているのか、厳つい男にも普通の態度で接してくれた。
食前酒としてリキュールのソーダ割りを頼み、然り気無く周囲の席を探る。注文の参考にするため、他の客がどんな料理を食べているのか調べたのだ。
『偵察に行きマスヨ』
フェアリーも協力してくれる。
「ビーフカツレツとポテトフライに、パスタサンドとコンソメスープも頼む」
フェアリーの意見を取り入れたメニューに、食事のお供として赤ワインのデキャンタを注文した。
『短冊状に切ったポテトを揚げているのが、とっても美味しそうデシタ』
喜ぶフェアリーはアゲハ蝶に似た羽根をパタパタさせながら、キラキラと七色に光る粒子を振り撒いている。
(パスタをパンに挟むなんて、初めて見たぞ)
ファストメニューのポテトフライをサクサクと摘みながらコンソメスープで腹を温めていると、ホカホカの湯気と共にパスタサンドが運ばれて来た。濃厚なデミグラスソースを絡めた細いパスタが、真ん中に切れ込みの入った固焼きパンに挟まれている。
『パスタのソースがパンに染みたら、こんなにも柔らかくなるのデスネ!』
カリカリの外側を歯で噛り切ると、モチッとしたパンと柔らかいパスタが混じり合い、口の中で三種類の食感を楽しめた。カークの頑丈な奥歯で咀嚼すると、パンから小麦の美味しい香りが広がり鼻へ抜ける。パスタの中には細く切られたタマネギとニンジンに合挽きミンチが隠れており、思わぬ嬉しいアクセントをもたらした。
『ポテトフライの塩味が控えめだったのは、このデミグラスソースと合わせるためデシタ』
カークの頭上で頬杖をついたフェアリーが、納得したように笑顔で頷く。彼と味覚を共有しているのだ。
懸命の咀嚼に汗を掻いていると、メインディッシュであるビーフカツレツが給仕された。千切りキャベツにサニーレタスが敷かれ、その上に牛脂で揚げられた草鞋サイズのカツが鎮座している。マヨネーズとウスターソースの二つのソースポットが添えられており、否が応でも美味に対する期待を高めた。
(お薦め通りのボリュームだな)
パスタサンドを平らげたカークは、ビーフカツレツを前に改めて気合を入れ直す。
端からナイフを入れると、サクッとした衣と肉厚だが柔らかい感触が手に嬉しい。断面も赤く牛肉の旨味が凝縮されているようだ。
一口めは何も付けずにそのまま食べる。下味が染み込んでいるジューシーな肉の味が歯茎を襲った。
続いてウスターソース、マヨネーズの順に味を確かめると、カウンターに備えられたミルで岩塩と胡椒も試してみる。味覚の幅が広がった。
『ウスターソースとマヨネーズは、お野菜にも合いマスネ』
箸休めとしてサニーレタスで千切りキャベツを巻いて食べると、脂塗れの口腔内がリセットされてフェアリーも満足そうである。
視界の隅で店内の様子を意識しながらも、全力で食事に取り組んだ。新鮮なキャベツの甘みも肉の脂を誘い、思わずワインが進みデキャンタをお代わりしてしまう。
ビーフカツレツを綺麗に食べ切った後は、ソースポットの残りもサニーレタスで拭い、全てを余すところなく堪能した。
“前工程に感謝して、後工程に敬意を払え”
旅商人であるカークの両親に、幼い頃から叩き込まれてきた言葉だ。マナーを逸しない範囲で、食器を綺麗にして食べる。
食事を提供してくれた調理人への感謝の気持ちで料理を残さず、この後で食器を洗ってくれる作業者の負担を減らすために汚れを残さない。
食事に限らず全ての行為に対し、商人の心得として彼の魂に刻まれているのだ。
三十分程の時間を掛けて夕飯を終えると、注文していない小さなカップの濃い珈琲が差し出された。ディナータイムは全ての客に無料で提供しているらしい。
慌ただしささえ感じた食事が落ち着く、不思議な一杯であった。
他の客達も同様に食事を終えた頃合いで、珈琲と共にパイプや葉巻から煙をくゆらせている。喫煙の習慣がないカークは、短時間で珈琲を飲み終えると席を立つ。
銀貨五枚でお釣りがある、良心的な料金の会計を済ませて店を出ると、丁度入れ替わりでダニエル達と擦れ違った。お互いに目礼だけで済ませる。過度な干渉は不要な軋轢を招くのだ。
◇◇◇
宿に帰ると利用料を支払ってシャワーを浴び、食堂で染み着いた脂の匂いを洗い流す。
部屋に戻って燻した藁に厚手のシーツを掛けたベッドへ、ゆっくりと仰向けに寝転んで寛いだ。セントラルヒーティングのお陰で部屋は暖かく、薄い毛布一枚だけでも十分だった。
『美味しい食事で、いっぱい成長できると良いデスネ』
一瞬で眠りに就いたカークの寝顔を眺めて、枕元に浮かぶフェアリーは優しく囁いた。
続く