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導かれる者  作者: タコヤキ
第二章:未熟者
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第十九話:範囲外

毎週月曜日の十二時に更新予定です。

(まず基本は、この帝国の市民証だ)

 教会で借りた聖堂の一角で、カークは改めて自分を見直していた。

(何はともあれ、帝国で正式な身分が登録されているからこそ、数多の職業に就ける)

 貴族ではないが奴隷でもない。帝国が保証した自由な一般人の証拠であった。


(次に重要なのが、商人組合の登録証だな)

 これは二年前に入手している。十歳になってから旅商人である父親に同行し始めた。三年間真面目に働き続けて多くのことを学んだ結果、父親の推薦によって与えられたのだ。屋号は<励勤屋>として登録された。

(父親に認めてもらえた喜びと、無限に広がる可能性を感じたものだ)

 カークの行動原理にもなった感情である。


(非常勤の見習い僧侶という身分は、覚えたての治療魔法を生鮮食品の保存に活用することを思い付き、商売のネタにしようとしたら手に入れたんだ)

 敬虔な信者ではないが、見習いという肩書きが罪悪感を減らしてくれている。更に宿代より高くつくが、お布施を納めることで聖堂の一角に泊まれるのは助かっていた。万全のセキュリティとプライバシーが確保されているのだ。


(これは未だに良く分からない)

 ツルツルに磨き込まれた木片を見つめて悩む。謎の多い組織である<互助会>のメンバー証だ。

(俺みたいな若造を簡単に受け入れたことからも想像されるが、恐らく全体では相当数のメンバーが存在しているのだろう)

 裾野は広いが中枢には極少数のメンバーしか存在せずに、簡単には辿り着けない構造になっているはずだ。嫌でも金貨百枚の預け入れ証が意識される。


(でも、その<互助会>お陰で、弓矢の取り扱い許可証が得られたんだよな)

 通常は猟師の免許を持っているか、もしくは帝国軍で正規の教育を受けた者にしか与えられない。傭兵で弓矢を持っている者も、大抵がどちらかの出身である。


(とにかく俺は帝国の市民で、商人であることが基本だな。他はその付属として捉えておこう)

 しかし自称の商人である彼は、売り物を殆んど持ち歩いていなかった。


『もっと大切な役割りがありマスヨ』

 フェアリーは静かに漂っている。




(確かに成長しているぞ)

 カークは寝起きにストレッチをして、解した身体を改めて確認した。聖堂に飾られている女神像へ正面から向き合い、その顔を眺める視点の変化を感じたのだ。

(余裕をみて大きめの服に代えておいたから、まだ暫くは持つだろう)

 続けて持ち物と装備を確認してゆく。

(右の腰に樫の棍棒、左の腰には片手剣。弓を背負い矢筒を提げている)

 三種類の武器の装備しているなんて、どこの蛮族だろうかと思う。


(額に巻いた鉢金、左腕と左肩の保護具、砂利を詰めた腹巻き、太腿の前面に板金が仕込まれたズボン)

 肘と膝は甲殻製のサポーターで護られている。

(履き替えたブーツにも慣れてきた)

 厚めの中敷きと爪先の詰め物で調整してあり、激しい動きや長距離の移動でも今のところ問題はない。




(そして、魔法だ)

 今カークが覚えているのは、治療魔法、プラズマ・ボール、強制睡眠、範囲照明の四種類である。

(治療魔法のお陰で随分と有利になったし、プラズマ・ボールの威力は頼もしい)

 ワイバーンと対決した記憶は、恐怖よりも興奮が上回って甦るのだ。

(強制睡眠の使い勝手は良いが、過信は禁物だな)

 魔物を倒すことが、只の作業になってしまう。その鬱憤を晴らすために暴れてしまったのは、つい先日のことである。

(範囲照明は、いつか使うのか全く思い付かない)

 何か理由があって覚えたはずだ。

(神様はこの俺に、一体何をさせようとしているのだろうか?)

 見当がつかないカークだった。


『鉱山送りになっても安心デスヨ』

 フェアリーは無邪気に物騒なコメントを吐く。



◇◇◇



「この先の峠が最後の難関です。皆さん、宜しくお願いしますよ」

 宿場町を出る際に身形の良い中年の商人が言った。三台の二頭立て馬車が連なる商隊であり、複数の傭兵を雇っている。


(グレート・クリフまでの中間地点だな。ここを過ぎれば町に近付くので、その分は魔物の数が減るんだ)

 二つの大きな町の勢力圏から外れてしまうエリアに差し掛かった。

(彼等から寄生されていると思われないように、少し後に出発しよう)

 嫌な思い出から慎重になる。

(少し離れて最後尾を行けば、誰にも文句は言われないはずだな)

 約五十メートルの間隔を開けておいた。




(おや、ウーイが居るぞ)

 間も無く昼休憩をとろうか、といった時刻に精霊と出会ったのだ。街道の分岐点以外で見掛けるのは珍しい。

(何やら伝えてくれているのか?)

 カークの姿を認めると、両手を振ってきた。彼が今来た後ろを指差しているようだ。カークが差し出した蜂蜜の飴玉を受け取った後も、頻りに後ろを気にしていた。

 お返しに赤くて小さな木の実を貰う。三つあるのは何の意味だろうか。


『三人デスネ。走ってイマス』

 フェアリーの言葉と共に、カークも複数の足音に気付いた。かなり騒々しい。

『ガラの悪い奴等デスヨ』

 警戒心が露になっている。


「おーい!」

「助けてくれ!」

 食い詰めた傭兵らしき男が三人、街道をドタドタと走っていた。粗末な装備なのが見てとれる。

 カークは思わず強制睡眠の魔法を発動して、その男達を眠らせた。悪い予感がしたのだ。

(魔物だけではなく、人間にも効くんだな)

 新たな発見だった。


(コイツは?)

 一人だけ遅れて来ていた大柄な男は、腰に巻いた紐の先へゴブリンの屍体を括り付けている。魔物を引き連れるために、ワザとやっているようだった。

(間違いなく盗賊だが、古臭い手口だぞ)

 魔物を引き連れて来て旅人を襲わせる。旅人が被害を受けたところで割って入り、魔物共々、皆殺しにしてしまうのだ。

 そんな偽装工作をして金品を根刮ぎ奪う、盗賊でもタチの悪い奴等だった。


(この三人だけではない。後ろに五人は隠れているはずだな)

 カークはウーイにビスケットを渡すと、倒れて眠っている三人の両足首を縄で結んだ。腰に差していた錆びた剣を回収すると、直ぐには見つけられないように離れた場所へ隠しておく。

(前を行く人達には、迷惑を掛けないでおこう)

 三人を道路の真ん中へ並べていると、近付いてくるブヒブヒという声が聞こえ始めた。街道沿いの木陰に身を隠して、魔物がやって来るのを静かに待つ。


(あの大きさは、オーガだぞ)

 六匹も居る猪種オークの群に混じっていたのは、身長が二メートルを越えた巨体の持ち主だった。額の左右には二本の角が生えており、全身を強靭な筋肉で覆われている鬼だ。

(酷いことをしやがる)

 カークは怒りに震えた。盗賊は魔物以上に旅商人の敵なのだ。

 しかし直ぐに冷静さを取り戻すと、近くの大木へ登り始める。大振りの枝に跨がり弓矢を用意すると、息を殺して道路を見下ろした。


「ブヒィ!」

 道路の真ん中で眠りこける三人へ、追い付いた猪種オークが大挙して襲いかかる。

「ウギャッ」

「いてぇ!」

「なっ、なんだ?」

 身体中を咬まれた男達は目を覚ますが、突然オークに襲われている状況を理解できない。慌てて起き上がろうとするも、両足首を縄で結ばれているために叶わなかった。


「ちくしょう!」

「どうなっていやがる!?」

 頭を噛られた一人は声を出せない。

「応援が来るまで耐えろ!」

 大柄な男が叫ぶ。しかし、武器を持たない奴等に耐久力は無かった。


(ここで良いだろう)

 カークは強制睡眠の呪文を唱える。猪種オーク六匹と一匹のオーガは、アッサリと眠りに就いた。恐らく重傷を負ったと思われる三人の男達も眠っている。




「ああっ!?」

「大変だぁ!」

 約五分後に、四人の男が現れる。先の三人と同じく粗末な装備だ。

「お頭までヤられているぞ!」

 慌てた様子で駆け寄って来た。


 カークは枝の上から慎重に狙いを定め、オーガの背中へと弓矢を放つ。

「ゲゲッ!」

 彼の弓矢では致命傷を与えられない。だが睡眠から目覚めるには十分な威力だった。

「ブヒィ!」

 殺してしまわないように、残りの猪種オークも起こして行く。三匹を起こしたところで、残りは周囲の騒ぎで覚醒した。


(盗賊に人権はない)

 冷静に怒ったカークは、静かに状況を見守る。あっと言う間に決着がついた。


「ギャアォーッ! ウギャ……」

 勝利の雄叫びをあげるオーガにプラズマ・ボールが直撃すると、辺りへ轟音が響き渡ったのだ。




『意外と容赦ありまセンネ』

 フェアリーはカークの頭上に浮いていた。




続く

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