第十七話:異文化
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「ご苦労様だったな。今回の結果には、とても満足しているぜ」
青空亭のカウンターで食後の珈琲を飲むカークへ、大きな鼻のマリウスが告げる。
「残りの報酬だ」
金貨二十五枚を受け取った。
「特別に追加報酬が出たぞ」
両手の指を広げて見せる。
「明日以降であればいつでも渡せるが、こっちで預かっておこうか?」
疑問に思って確かめると金貨百枚だったので、カークは預けておくことにした。
「系列店であれば、どこでも引き出せる。だが一回に百枚以上の場合は、翌日まで待ってもらうがな」
預り証を受け取った彼は、改めて<互助会>という組織の規模を感じさせられたのである。
(ワイバーンの魔石は、帝都へ行ってからオークションに出品しよう)
残りの素材はチャハンへ渡した。ヌガウとコンヤを含めたベテラン猟師である彼等の方が、自分が使うよりも役に立つと判断したのだ。
◇◇◇
カークはお馴染みのトラベラーズ・インで、個室を一週間借りておいた。
改めてブーツを新調するために、商人組合の事務所を訪れる。革製品の店舗を探すのだ。
この町に萬屋装身具店は無かった。ここはイースト・ヒルに比べると半分の規模しかない町なので、商売が成り立たなかったのかも知れない。
その代わりに帝国軍から払い下げられた中古品を、専門に取り扱う店舗を紹介して貰ったのだ。それらの商品は、いづれもグレート・クリフの町から流れて来たモノらしい。
(帝国軍では、各種の装備に耐用年数が定められていたのか。それは一定の品質を維持すると共に、安定した需要を産み出すことも目的としているんだな)
ソロの旅商人である彼には、まるで手の届かないレベルで取り引きされていることが容易に想像できた。毎年の入札では<帝国軍御用達>のお墨付きを得るために、多数の組織や人物の思惑が入り乱れているのだろう。
カークがその店の広告を眺めていると、一人の商人が事務所へ駆け込んで来た。
「一体なんだよあの村は!」
かなりご立腹の様子だ。
「俺は真っ当な商売をしているんだぜ!」
右手で商人組合の登録証を振りかざし、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あそこの村人全員が、誰かに洗脳されているんじゃあないのか? あれほどの被害妄想は極めて異常だぜ!」
係員が慌てて駆けつけた。
「しかも責任を他人へ押し付けてばかりだ!」
かなり損をしたのだろうか。
「元王国人だからって、差別なんかしてねえよ!」
宥められても収まらない。
「そもそも俺が産まれた頃には、王国なんか無くなっていたんだぜ!」
怒る商人は、まだ二十代に見える。
「俺が勉強不足だったんだ、今回の件は諦めるよ。高い授業料だったけれどな!」
少し落ち着いたようだ。
「とにかく俺は、金輪際ヤツラには近付かないぞ!」
そこまで怒鳴ると、息を切らしてその場へしゃがみ込んでしまった。
「分かりました。我が商人組合への、悪質な営業妨害である可能性が高いと判断します」
事務所の奥から年配の男が現れ、怒る商人へ穏やかな口調で話し掛ける。
「然るべき筋へ話しを通しますので、詳しく説明を聞かせて貰えますか?」
その年配の男は、とても頼り甲斐のありそうな雰囲気を持っていた。
「貴方は確かな信頼と実績を積んだ商人であると、我々も高く評価していました。そんな貴方に酷い仕事を斡旋してしまったのは、我々の落ち度であると考えているのです」
怒る商人は係員に支えられて、事務所の奥へと連れて行かれる。これから別室では、重要な話し合いが持たれるのだろう。
『奴等とは関わるな』
一連の騒ぎを見たカークは、父親の言葉を思い出していた。
◇◇◇
(気を取り直して、ブーツを探しに出掛けよう)
カークは広告の地図を参考にして、その店舗を探しながら町を歩く。
(自分で言うのも可笑しいが、俺は面倒臭い性格で商人には向いていない)
帝国軍の払い下げ品を扱っている店は広く、またその取り扱われている種類と量も多かった。そこで色々な商品を見て回った結果、中古品に自分の命を預けることへ抵抗を感じたのだ。
(恐らく帝国軍の耐用年数を越えている、という前提が受け入れられなかったのだろうな)
せっかく探しだした店舗だったが、イザ購入を検討しようとしても意欲が湧かなかった。
(そうか、資金に余裕があるからだ)
彼は手持ちで金貨五十枚近くあることに加え、無意識のうちに<互助会>へ預けてある金貨百枚を、自己資本の基準として考えていたのだ。
カークは店員へ銀貨一枚を渡すと、専門の靴職人を紹介して貰う。目的は商売の仕入れではなく、自分が装備するためのブーツを探していると伝えておいた。
店員は快く教えてくれたが、カークはその店を訪れる気持ちが失せたことを自覚する。彼はこの町が嫌いだったのだ。
(何故だろうか?)
トラベラーズ・インのサービスには不満を感じていないし、ランプレディ武器商店では良い買い物ができた。
(町の規模が小さいから? いや、もっと狭い村でも不便は感じなかったぞ)
どうにも釈然としないまま、彼は昼食を摂ろうと気持ちを切り替える。
町の中央には広場があり、多数の屋台が並んで食事を提供していた。そして、そこでは帝国風の料理を扱う店と、地元料理、いわゆる旧王国風の店がハッキリと区分けされていたのだ。
(目的別に分かれているのは便利だな)
彼は食べ慣れた帝国風の料理を選び、その値段相応な味と量に満足した。
◇◇◇
(さて、どうしたモノか……)
一旦、宿に戻ったカークは自問する。
(何故に俺はこの町が嫌いなのだろう?)
それは<互助会>の説明不足に対する怒りを転嫁した訳ではない。その問題については、報酬の金貨百枚で既に割り切っていたのだ。
この大陸は北を上にして見た場合、縦長の二等辺逆三角形をしている。カークの出身地は北東角に位置するレフトショルダーの町だった。寒流と暖流がぶつかる潮目があり、昔から豊富な漁獲量で賑わってきた港町だ。
大陸の東北地方を支配していた旧王国に於いて、海路で帝国との取り引きが盛んだったこともあり異色の文化を持っていた。故に帝国に併吞された後も、その体制に違和感無く溶け込めたのだ。
旧王国の首都だったグレート・クリフの町と、副首都だったイースト・ヒルの町は、その造りや習慣、文化や風俗に至るまで全てが徹底的に帝国化された。
大陸の中南部に広がっていた帝国は、農業政策の大成功により豊作が続いていた。その充実した国力を背景にして、旧王国の侵略を果たしたのだ。飽和していた農家の次男三男を含む多くの人口を、グレート・クリフやイースト・ヒルへ移住させて、短期間で一気に作り変えてしまった。
特に副首都だったイースト・ヒルの町は、逃げた王族が立て籠り最後まで抵抗した場所であり、徹底して破壊し尽くされたのだ。そして、瓦礫から再建されたのは帝国風の町だった。
その高い能力を発揮しようにも、ポストが無くて燻っていた貴族達は、挙って新たな町へと進出した。旧王国末期の腐った支配層に苦しめられていた、多くの民衆を解放することに情熱を燃やし、自分達が信じる帝国風の文化を啓蒙するために力の限りを尽くした。
農業大国である帝国は、何よりも協調性を重んじている。<和を以て尊しと成す>が国是だ。
決して恵まれていなかった環境下でも、品種改良や農法改革を積み重ねた。個々の能力に応じて適材適所で役割り分担を決め、一致団結することで課題を解決してきたのだ。
各々が自分の仕事に誇りと責任を持ち、お互いに認め合い尊重していた。それが帝国風の文化である。
(グレート・クリフとイースト・ヒルに挟まれたこの町には、そこから押し出された旧王国の人々が集まっていたんだな)
帝国と旧王国の文化の違いが、違和感の原因であることに気付いたカークは納得した。彼が気に入ったトラベラーズ・インやランプレディ武器商店は、完全に帝国風の経営だったのである。
(一週間分の宿泊費を払ってしまったから、せめて観光だけでもして行こう)
チャハンに譲ったナイフを補充した後は、ブラブラと町を散策するのだ。彼は異文化に触れるチャンスだと、前向きに捉えることにした。
『後悔しなければよいのデスガ』
カークの性格を熟知しているフェアリーは、とても心配していた。
続く