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導かれる者  作者: タコヤキ
第二章:未熟者
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第十五話:切り札

毎週月曜日の十二時に更新予定です。

前回に引き続き、多くの「いいね」やブックマークと高評価をいただきました。ありがとうございます。また、初めての感想までいただき、とても感想感激しています。誤字報告、ありがとうございました。予約投稿しているので、中々見直せていないから非常に助かりました。

「あれは、ワイバーンだぞ」

 路傍に俯せるチャハンが呟いた。

「このままヤリ過ごしたいんだが、まあ見逃してくれないだろうな」

 ここは丘の頂上で周囲には低木しかない。騎士達が全滅してしまった今は、動く者といえばカークとチャハンの二人だけだ。


 ワイバーンは翼竜の一種で<空を飛ぶ悪魔>と呼ばれる魔物だった。体長は三メートル近くあり、翼を広げた全長は五メートルにも達する。鋭く硬いクチバシとツメを武器として、大型の牛やヘラジカでも運んで飛べる怪力の持ち主だ。

 野生動物の鷹や鷲などとは一線を画す存在であり、運悪く遭遇したら馬や奴隷を生け贄にして逃げるのが一般的な対応である。

 火山地帯にしか棲息していないドラゴンと違い、その行動範囲は広く人間の生息圏を侵すことも多かった。


「俺のクロスボウでは歯が立たない」

 ワイバーンの表皮にはカラスとよく似た黒い羽毛がビッシリと生えており、大概の攻撃はその毛の流れに沿って受け流されてしまう。

「せめて魔法使いが居てくれたら、何とかなったかも知れないが……」

 珍しく語尾が続かなかった。


『魔法なら使えマスネ!』

 フェアリーが叫んだ。

『ヤッちゃいまショウ!』

 カークの意識に彼女の思いが流れ込んできた。

(それしか無いか)

 他に可能性は見つからない。


「俺が出る。アンタは行ってくれ」

 そう宣言したカークは、背負っていた荷物を降ろして身軽になる。

「これを頼む」

 二本の腕を手渡し、片手剣を抜く。

「では、また後で」

 カークは静かに立ち上がり空を見上げていた。


「おい、どうした?」

 急に雰囲気が変わったカークへ、チャハンは思わず声を掛ける。しかし、気負いや躊躇いの無い行動を見て、今は何を言っても無駄だと気付いた。どうやら自分とエルフを逃がすために、彼が囮になろうとしている訳ではなさそうだ。

「馬車で待っているぞ」

 片手剣を右手に高々と掲げて、丘の頂上で仁王立ちしたカークの背中へ伝えると、低い姿勢のまま静かに移動を始める。




「俺はここだ!」

 チャハンが十分な距離を取ったところで、カークは空へ向かって叫ぶ。

「さあ来てみろ!」

 胸の奥から沸き上がる感情を、余さず辺りへ撒き散らした。腋と足裏に大量の汗が涌く。


 その気配を感じたのか、上空を旋回していたワイバーンが進路を変える。大きな翼を折り畳むと、カークを目指して急降下してきた。


「ウオーッ!」

 迫りくるワイバーンに向かって吼える。

「クェーッ!」

 その叫びへ呼応するかのように、ワイバーンも大きく口を開いた。そのまま一直線に突進してくる。

 仄かな光を全身にまとい、無理矢理に恐怖心を抑えこんだカークは、必死の形相でワイバーンを睨みつけた。


『いまデスヨ!』

 プラズマ・ボールの呪文を唱えておいたカークは、極限まで魔力を込めると最高速で発射する。光球がワイバーンの口へと吸い込まれた。


 ドォーン! ゴロゴロ……


『ナイスショット!』

 まだ雷鳴が轟く中、フェアリーはキラキラと輝きながら宙を舞う。頭部を失なったワイバーンの身体は、少し進路を変えて丘の下へと墜ちて行った。

 口の中でプラズマ・ボールが爆発した結果、ワイバーンの頭部は一瞬で粉々に砕け散ったのだ。


「オオオーッ!」

 カークは無意識で雄叫びをあげる。

「ヤったぞー!」

 両手を天に突き上げ、全身を震わせて叫び続けた。

『キャハハー!』

 七色に輝く光の粒子を振り撒き、フェアリーも踊りながら飛び回っている。


 取って置きで最後の切り札を使い、彼は戦いに勝ったのだ。



◇◇◇



「なあカーク、お前は<治療士の商人>じゃあなかったのかよ」

 何度か躊躇ったのち、チャハンは銅鑼声でカークへ尋ねた。

「そうだな。登録したばかりの猟師でもあるぞ」

 彼は土を運びながら答える。

 三人の騎士の遺体を埋めるために、チャハンと二人で穴を掘っていたのだ。

「いや、まあ……そうだけど」

 赤鬼は対応に困っている。


 倒れていた馬車を何とか起こしたが、前後共に車軸が折れており、二人には修理できなかったのだ。取り敢えずエルフの男を車内に寝かせておく。

 馬車に積まれていた飲料水の樽が、奇跡的に壊れず残っていたのは幸運だった。存分に喉を潤して、顔や手を綺麗に洗えたのだ。


「ところで、ワイバーンは喰えるのか?」

 騎士達の埋葬を終えると、カークが尋ねた。彼はとても空腹だったのだ。

「ああ、喰えるぜ」

 呆れながらチャハンは答える。

「胸肉の他には翼の付け根、鶏でいうと手羽元の肉が旨いんだ」

 どうやら食べたことがあるらしい。

「捌き方を教えてくれ」

 カークはお気に入りのナイフを取り出した。




「このナイフは良いな」

 チャハンはカークに借りたナイフを褒める。バックセレーションが皮を剥ぐのに便利だったのだ。

「気に入ったのなら譲るよ」

 自分のお気に入りを褒められた彼は嬉しくなり、貸したのが予備だったこともあって気前よく言った。

「ランプレディの店で買ったんだ」

 商人としての性格なのか、贔屓の店を宣伝することも忘れない。

「あそこは良い店だぜ」

 チャハンも同意した。




 馬車の荷物を確認したところ、様々な薬草や魔法のスクロールが見つかった。事前にエルフを迎える準備が成されていたのだと思われる。

 ワイバーンの肉が焼けるまでの時間を使って、カークはエルフの男を念入りに診察した。切り離された腕を繋ぐことは不可能だったが、切断面に化膿止めの薬を塗布し、清潔な布を巻き直すことで対処しておいたのだ。

 毛布が二枚あったので、カークはマントを取り戻すことができた。


「焼けたぞ」

 チャハンが呼ぶ。

 二人がワイバーンを解体している最中に、早くも多くの蝿と蟻やローチに集られていたので、念入りに火を通してもらったのだ。


「旨いな」

 肉を食べたカークが唸る。

「そうだろう。お前が倒したんだから、もっと沢山食べるんだぞ」

 嬉しそうにチャハンが笑った。しかし、赤鬼が笑っても恐ろしいだけだ。

「でも、こんなに様々な調味料を用意しているなんて、カークはトンだ食いしん坊だな」

 それは以前に、ホビットで旅の薬師から購入したモノだった。


 馬車の近くで焚き火をしていたが、他の野生動物達は寄ってこない。ワイバーンが暴れていたことで恐れを成し、この付近からは遠ざかっていたのである。

 少し離れた場所に騎士達を埋葬してあり、更にその遠くへ騎馬の死体を並べておいた。騎馬は大きいので埋められず、周囲から刈り取った草木を被せてある。

 念のために虫除けのお香を焚いておいた。




「まだ二度目の依頼だったのかよ」

 食後に珈琲を飲みながら、チャハンは驚きの声をあげる。移動するには遅い時間だったので、二人は馬車を使って野宿することにしたのだ。

「若いのに随分と落ち着いていたので、経験豊富だと思っていたぞ」

 カークにしてみれば着いて行くのに必死で、行程中はずっと余裕がなかったのだが、周囲からは落ち着いて見えていたらしい。


「そりゃあ猟師としては初心者扱いをしていたが、まさかまだ十五歳だったとは……」

 チャハンは呆れ続けている。

「そう言えば髭が生えていないな。老け顔なのに違和感があったのは、それが原因だったのか」

 彼は決してカークを貶していない。なにしろ目の前で強力な魔法を使って、たった一人でワイバーンを倒してしまったのだ。

 その実力を大いに評価している。


「お前は馬車の中で横になって寝ろ。俺は焚き火の番をしながら仮眠を取るから大丈夫だぜ。気にするな」

 後片付けが済むとチャハンが言った。ワイバーンとの対決で疲労していたカークは、その言葉へ素直に甘えることにする。ひとまず今回の依頼に一区切り着いた安心感から、ドッと疲れが襲ってきたのだ。

「ありがとう」

 そう伝えて馬車へ乗り込み、エルフの男と二本の腕に治療魔法を掛けてから就寝した。



◇◇◇



『パンパカパーン! おめでとうございマース!』

 フェアリーのハイテンションが、寝起きのカークには辛かった。ミシミシと骨の鳴る音に成長痛が重なり、今朝は睡眠不足なのだ。

『たくさん成長しまシタヨ!』

 キラキラと光の粒子が増量された、豪華バージョンで踊っている。

『ナント! 二つも魔法を覚えたノデス!』

 まだまだ興奮は収まらないようだ。


(爪先が痛い。成長して足が大きくなったのか)

 その他には身体中の節々が熱を持って痛み、シャツの袖が短くなっていた。勿論、服が縮んだのではなく、一晩で彼が成長したのだ。

(格上のワイバーンを一人で倒し、更にはソイツの肉をタップリと喰ったといえども、ここまで成長するとは驚きだな)

 太さで選んだシャツの袖は長く、折っていたのを伸ばせばぴったりだった。しかし、ブーツは駄目だ。

(町へ戻れたら、買い直そう)

 主に肩や肘、膝などの関節を中心にして、治療魔法を掛けておく。




『新しい魔法が二つもデスヨ!』

 カークの頭上では、フェアリーが不満そうに主張していた。




続く

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