第百四十四話:ドラゴン討伐
私生活が忙しく、遅くなりました。
『もう一度、きっと逢いに来てくださいね』
美しい少女は儚げにそう呟くと、優しく彼の胸に両手を添えた。
「また来るよ」
彼は優しく囁き、静かに彼女の肩を抱く。
夢から覚めたカークは、今がその時だと確信した。
◇◇◇
「ドラゴンが暴れているのよ」
戦乙女である女神様からの依頼だ。サーモントラウト侯爵夫妻への挨拶もそこそこに、お屋敷からカークを連れ出してしまう。
「コ・ドゥア氏にも声を掛けています」
現地集合らしい。
「宜しくね」
彼女も同行することになった。
「山を越えて行く」
『了解でござる』
カークの言葉にアルベルトが即答する。金属光沢を持つサンドベージュの天翔馬は、歯茎を剥き出して笑った。
『鞍と鐙を着けてくだされ』
キングドラゴンの装備だと、数多のトゲで天翔馬の背中が痛いのだ。サーモントラウト侯爵は、極上の道具を揃えてくれていた。タンデムシートの後ろにミロが座り、カークの背にそっと手を添えている。
『行き先はエルフの隠れ里の近くデスヨ』
『転移をしないのねー』
フェアリーと紋白蝶は、ふよふよと漂っていた。
「では、行こう」
自力で辿り着くことが必要なのだ。
◇◇◇
三角大陸にある中央山脈の北部、丁字の交わる場所にエルフの隠れ里は存在する。北は背の高い木々が生い茂り、その先に断崖絶壁で北海へ面していた。こちら側からのアクセスは困難だ。
反対側の南には、ドラゴンの棲む大渓谷があった。
エルフの隠れ里は強力な世界樹の結界に護られているが、そこから外へ向かうにはドラゴンの棲む大渓谷が邪魔であり、転移でしか安全に移動できない。
東西を結ぶ山越えの経路も、安全が確保されている訳ではなく、どうしてもドラゴンを討伐する必要があったのだ。
「久し振りだね、カーク」
遥かな先にドラゴンの棲む大渓谷を視界へ捕えられる小高い丘では、相変わらず独特な装いのコ・ドゥア氏といかにもエルフらしき男が出迎えてくれた。傍には不死鳥の親子が翼を休めている。カロムとケロシで、二人を運んで来たようだ。
「指環は役に立っているかな?」
その穏やかな表情をしたエルフの男は、カークも知っているニコラスだった。
「あら、それは<癒しの首飾り>なのね。私とお揃いよ」
ミロがコ・ドゥア氏を見て驚く。
「ありがたい」
彼は無表情で応じた。首飾りを着けている以外の上半身は裸で、特徴的な入れ墨が顕になっている。
「地上は任せてくれ」
首飾りの効果で、三体を全て同時に召還することが可能らしい。
『祝福しマスヨ』
『女神様ねー』
フェアリーがミロの周囲を、七色に輝きながらふよふよと漂う。帯状になった虹色に光る粒子が、金髪碧眼のエルフの全身を包んだ。彼女の左肩が強く光ると、装備にキラキラとラメが広がる。
『カーク・ランドと繋がりマシタ』
『使い放題よー』
フェアリーの祝福により、ミロの装備が神器になった。遠隔地の霊脈から莫大な量の魔力を、それこそ無尽蔵に引き出せるのだ。初対面でカークの魔力を巧みに操ったミロにとって、消費量を気にせず魔法を発動できるようになった。
「貴方の魔力で、繋げた腕よ」
そう言ってミロは左手を掲げる。
「覚えています」
応じるカークへ掌を向けた。
「どうぞ」
虹色の光りが二人を繋ぐ。
『驚きデスネ!』
『開いたわー!』
フェアリーと紋白蝶が叫びながら飛び回った。かなり興奮しているようだ。
「おや、まあ」
ミロは両手で頬を包み、丸い眼でカークを眺める。彼の装備も強く輝き始めたのだ。
「直接に繋がったようね」
神器であるミロの装備を経由して霊脈と繋がったカークは、彼本人が直接霊脈と接続してしまう。微かな地鳴りと共に、地下深くで魔力が動き始めた。
『スゲー!』
『こんなの初めてだぞ』
不死鳥の親子が焦る。
『これぞ<導かれる者>でござるな!』
天翔馬は歓喜の声をあげて、軽やかに宙を駆け巡った。
「そこに、道が」
不死鳥の羽根飾りを頭に乗せた、コ・ドゥア氏が静かに指差す。カーク達が居る丘の上から北にあるドラゴンの棲む大渓谷へ向けて、大森林の中を太く真っ直ぐに霊脈が延びていたのだ。
「行きましょう」
穏やかな声でニコラスが告げる。
「貴方の行く先に、道が開けるのよ」
ミロは女神の微笑みでカークに囁く。
(派手な開拓だ)
カークは自分の巻き込まれ体質を思い、小さく鼻で溜め息をついた。
◇◇◇
「いざ行かんー、導かれし道をー」
カークとミロを乗せたアルベルトは、ご機嫌な様子で歌いながら空を飛ぶ。霊脈の影響で皆がパワーアップしているのだ。
「ン・ギラ」
ケロシの背に乗ったコ・ドゥア氏が召還した、ランド・ドラゴンが地上へ姿を現す。
「シュミラク」
続けて異形で巨大な四頭身のミノタウロスが、ン・ギラの背中へと召還された。シュミラクを背に乗せたまま、かなりの速さで駆けてゆく。
「……来ました」
カークの背中に身体を寄せて、ミロが告げる。アルベルトに二人乗りしているのだ。
「翼竜が沢山。空を飛ぶ方が速いのね」
地上を走る大量のレッサードラゴンの群れは、まだ遠くに居た。宙を行くカーク達へ向かって来るのは、ワイバーンやケツァルカトルなど複数の翼竜だ。隙間が見えない程、大量に密集している。
「任せてください」
カークは両手を真っ直ぐ前に向け、大きく掌を開いて指を伸ばす。光り始めた。
それは音もなく直進する光りの帯で、分厚い翼竜達の群れを抵抗なく貫いてしまう。
「真ん中を行く」
カークはミロに伝えると、ベルトへ装着してある四つの銀玉へ神気を通した。ポーンと鳴って回転を始める。小さな唸りをあげて分離すると、アルベルトの周囲をグルグルと周回した。
『周りは全て敵でござる』
翼竜の群れに空いたトンネルへ飛び込むと、アルベルトの報告にカークは頷く。歯を食いしばると闘気を漲らせ、防具に装飾されたキングドラゴンのトゲが光った。
(プラズマ・ボール)
彼は頑なにその名称を使っているが、全身にある無数のトゲから発射されたのは、もはやレーザービームである。周囲の翼竜達を貫き、アルベルトが進むだけで倒して行く。落ちてきた死骸は高速で周回する銀玉が弾き飛ばし、カーク達に被害は及ばない。
翼竜達の群れに空いたトンネルを、アルベルトが何度も往復する。それだけで一方的な殺戮だ。
地上を進むン・ギラの背中から飛び降りたシュミラクは、群がって来るレッサードラゴン達を次々と殴り倒していた。その打撃は強力で、当たればドラゴンの肉体をも破壊する。ン・ギラの噛みつきも強く、一撃で確実にドラゴンを倒していた。
翼竜の群れを壊滅させたカークは、一足先にドラゴンが棲む大渓谷へ到着する。
「アルベルト、ミロ様を頼む」
カークはそう言って不死鳥の羽根に魔力を込めた。鐙を力強く蹴り、ヒラリと宙を舞う。
大渓谷の洞穴から、巨大なファイヤードラゴンとシルバードラゴンが現れた。飛行するカークを目掛けて咆哮を放つ。猛烈な敵意だが、カークの持つ<寂しん坊の指環>が完璧にレジストした。
萬年亀の顎で作られた大剣を構えたカークは、臆することなく二匹のドラゴンへと向かう。彼の周囲を高速で回転する銀玉は、ドラゴンが繰り出す攻撃を全て弾き飛ばしていた。
(できる限り良い状態で素材を確保したい)
物欲にまみれたカークは、巧みに攻撃を避けながらファイヤードラゴンの背後に周り込む。大剣を振ると首を刎ねた。切り口から大量に噴出した血液が、シルバードラゴンの顔にかかる。視界を奪われたシルバードラゴンは、成す術もなくカークに首を刎ねられた。
「ウィム」
コ・ドゥア氏が召喚したのは、青紫色の全身鎧で長い槍を持つ戦士だ。
地上を進み大渓谷へ辿り着いた彼等を待っていたのは、因縁の深いカース・ドラゴンである。
『呪いは任せて』
『ワシらが浄化する』
カース・ドラゴンが撒き散らす呪いを、カロムとケロシの不死鳥親子が焼き払っていた。
「頼むぞ」
果敢にカース・ドラゴンへ挑んでいたシュミラクが、後ろへ回り込んでその大きな尻尾を腕に抱える。気合を入れて全身をパンプアップさせ、尻尾を持って振り回した。頭から大地へと叩き付ける。
悲鳴をあげたカース・ドラゴンの首へ、ン・ギラが鋭い牙を突き刺した。倒れたままのカース・ドラゴンを拘束している。
ズバーン!
轟音と共にカース・ドラゴンの身体を粉砕したのは、ウィムが放った<冥府の業火>だ。青白い炎が立ち込め、呪われたドラゴンの身体を焼いてゆく。追加で三発を撃ち込むと、グロテスクな骨格を残して燃え尽きた。復讐を遂げたのだ。
「冥福を……」
不死鳥の背に乗ったエルフのニコラスは、呪われたドラゴンの魂を鎮めるために祈りを捧げた。
『連れて来たでござる』
ミロの結界に護られた天翔馬のアルベルトの直後では、金色に輝く巨大なドラゴンが鋭い牙を剥いている。水牛の様に曲がった二本の角は、パリパリと物騒な雷を放っていた。
『サンダードラゴンの親玉デスヨ』
『ついにラスボスねー』
フェアリーと紋白蝶が教えてくれる。
「私が抑えておくわ」
装備だけではなく自ら神器になってしまったミロは、霊脈から直接霊力を引き出していた。それを鞭のように操り、身長五十メートルを超えるサンダードラゴンを拘束する。
『危険デスネ』
『後は頼むわー』
身体の動きを抑えられたサンダードラゴンは、全身に纏った雷電を二本の角へ集中させていた。莫大な威力が籠った電撃がカークを襲う。
『ゾーン』
紋白蝶はカークの眼前で光り、サンダードラゴンの攻撃を転移させる。背後へ移された電撃はサンダードラゴンの全身に降り注ぎ、そのレジスト能力で完全に中和された。
『暫らくは戻れないのー』
光の粒子となった紋白蝶は、カークの体内へ潜り込み心臓の周囲に落ち着く。彼女が復活するまでに、どれだけの期間が必要なのか誰にも分からなかった。
『プラズマ・ボールは、ドラゴンも倒せマスヨ!』
フェアリーの励ましに頷いたカークは、全身を強いオーラで輝かせる。虹色のオーラはカークの姿を保ったまま分離し、空を翔けてサンダードラゴンへと向かった。
(外観への被害を最小限に控えたい)
金色に輝くサンダードラゴンを見たカークは、純粋に少年の心で格好いいと思っていたのだ。
カークの姿をしたオーラは、プラズマ・ボールの威力が込められている。大きく開いたサンダードラゴンの口へ飛び込んだ。条件反射で閉じられた、口の中で大爆発を起こした。目、鼻、耳の穴から光線が迸り、ガクリと垂れた下顎が外れて落ちる。
頭蓋骨の内部を焼き尽くされたサンダードラゴンは、痛みを感じる間も無く絶命した。
『パンパカパーン! レベルアップしまシタヨ!』
フェアリーがはしゃぐ。
『新しく覚えた魔法は……<次元断層>デシタ!』
カークは眩暈いを感じる。
◇◇◇
『これで二千年間は安心デスヨ』
『その間に戻りたいわー』
『少し休むでござる』
相変わらずカークの仲間達は暢気だった。
続く
次回で終わりです。




