第十四話:邂逅
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順番に睡眠を取り終えて四人が揃った時、その男は唐突に姿を現した。
「矢の控えがあれバ、分けて欲しイ」
小柄で独特の訛りからホビットだと判るが、黒ずくめの装備が闇に溶け込んでおり、その存在をあやふやにしていたのだ。
ベテランの猟師三人組は、各々が黙って二束ずつを渡した。コンヤに肩を叩かれて我に返ったカークは、六束入りのケースごと差し出す。
「ありがとウ、助かっタ。感謝すル」
矢の束をまとめて背負ったその男は、目を凝らして見れば酷く汚れていた。しかし、次の瞬間には気配ごと消える。
「カークが矢を持って来てくれたから、皆が助かったようなモノだ」
リーダーで赤鬼のように恐い大男のチャハンが、小さくしたつもりの銅鑼声で労ってくれた。
(今の男は誰だ? 何故皆は何も言わない?)
疑問を口に出せない雰囲気だ。
(俺がここに居るのは、何かの間違いではないのか?)
カークは理解不能な状況に戸惑う。
黒ずくめの男が去ってから、急激に辺りの気温が下がってきた。
(放射冷却だな。ずっと晴天だったから、その分これからの冷え込みも厳しいぞ)
間も無く夜明けを迎える頃である。茂みの陰に隠れた四人は、寒さを耐えながら無言で周囲を警戒していた。
突然キーンと耳鳴りがする。
ハッ、として身構えると、柵の向こう側が猛烈に明るくなった。
「火炎魔法の攻撃だな」
チャハンが呟く。
「合図だ、行くぞ」
四人は柵を飛び越えて、勢いよく走り出した。
「目指すのは、煉瓦作りの建物だったな」
先頭に立つ狐獣人のコンヤが尋ねる。
「どっちだ?」
狼獣人のヌガウが続けた。
柵を越えてしばらく進むと、煉瓦作りの建物が二つ並んでおり、どちらもよく似た佇まいをしていたのだ。
『奥の建物デスヨ!』
フェアリーの指摘にカークは驚いた。
「二組に分かれる。カークは俺に着いてこい」
チャハンが即断する。
「手前は二人に任せたぞ」
コンヤとヌガウは返事もせずに走って行った。
「王国古来の建物だな」
知らないであろうカークに教えてくれる。
「裏口から直ぐに地下室への扉があるはずだ」
離れた場所で燃え盛る火炎魔法が、夜明け前の暗い夜空を明るく照らしていた。
(あれは……人が争っているのか?)
煉瓦作りの建物に近付くと、金属製の鎧を着た四人が二人の黒装束と闘っていたのだ。人数の差をモノともせずに、黒装束の二人が圧倒している。
チャハンは戦闘に目もくれず、淡々と裏口を目指して進む。カークは懸命に後を追った。怒声が聞こえるが、金属製の鎧を着た者達が発しているだけで、黒装束の二人は黙っている。
裏口は開いており、三人の金属鎧が倒れていた。平然と中へ入るチャハンの後ろ姿は、赤鬼と呼ばれる恐ろしさだが頼もしい。
廊下にはナイフを持ったメイドが、俯せになって倒れている。彼女を跨いで奥へ進み、地下に降りる階段を見つけた。
『居まシタヨ!』
興奮したフェアリーが先行する。
階段を降りた突き当たりのドアも開いており、チャハンが警戒しながら中に入って行く。
部屋の中には静寂が詰まっていた。
椅子に座った男の頭は、その足元にゴロンと転がっている。そして向かい側の床には、二の腕から切り落とされた人間の手だけが、左右揃って放置されていた。
いや、直ぐ近くの壁に凭れた人影がある。
『まだ息がありマスヨ!』
フェアリーが急いで近寄った。
『まずは治療魔法デスネ!』
カークは恐る恐る足を進める。
「もしかすると、エルフなのか?」
治療魔法を掛けているカークを見ながらチャハンが呟いた。
元は金髪だったと思われる汚れた髪は、乱雑に短く刈られている。耳の先端は欠けて血が固まっていた。金属の首輪は外されていたが、腰に巻かれた太い縄はそのままだ。
裸の上半身と垂れ流された尿の跡から、この人物は男性であることが分かる。カークは脱いだマントで彼を包んだ。細身で長身だが足が長く胴体は短かったので、彼のマントでも十分に身体を覆い隠せた。
(応急処置は済んでいるようだ)
両腕ともに肩までしかないが、布が巻かれて切断面は保護されていた。
「俺が担ぐ。縄で止めてくれ」
カークは指示された通りに作業を続ける。大きな背中に固定されたことを確認すると、おもむろに治療魔法の呪文を唱えた。
僅かに身動ぎしたが、意識は戻らない。
「おい、忘れるな」
チャハンに言われて気付いたカークは、慌てて床に落ちていた腕を拾いあげる。念のために治療魔法を掛けてから布に包むと、落とさないように紐で縛り背負った。
エルフと思われる男のモノであることは間違いない。
「そりゃあ、一目で見分けがついたけどよ」
階段を昇りながらチャハンがぼやいた。
「こんなことに、巻き込まないで欲しいぜ」
でも足取りはしっかりしている。
現実感の無いカークは、怒涛の勢いで流れる状況に飲まれていた。
(俺は何をしているんだ?)
建物を出ると振り返らずに東へ走る。
敷地の境界を示す柵が見えてきたら、突然、背後から多数の矢が射られた。
前方上方の木々に吸い込まれると、ドサドサと枝から人が落ちてくる。四人いた。
「もう大丈夫だ」
どこからか分からないが、ハッキリとした言葉が聞こえる。
「後を頼む」
声だけが遠ざかって行った。
◇◇◇
「少し休もう」
夜が明けてから日が高くなるまで東へ向けて獣道を走り続けていたが、漸く小さな空き地を見つけたチャハンが足を止める。
一旦降ろしたエルフの男へ、カークは自分が水を飲む前に治療魔法を掛けた。顔色は少し回復するが、まだ意識は戻らない。二本の腕にも魔法を掛けておく。
(神の祝福を授ける儀式だな)
皮肉な思いに独りでニヤケた。
『後三日は保ちマスヨ』
フェアリーが請け負う。
「もう少し先に泉がある。昼食はそこで摂ろう」
再度エルフの男を担いだチャハンは、まるで疲れを知らない赤鬼だ。
彼の言葉通りに泉へ辿り着いた頃には、かなり正午を過ぎていた。辺りには野生動物の足跡が多く残っていることから、ここが水飲み場として賑わっているのだと分かる。
「美味い」
両手で掬った水を飲み、チャハンが唸った。
「さあ、食べよう」
荷物を降ろした二人は、手頃な大きさの岩に腰掛け食事にする。
携帯食料を食べ終えてから、エルフの男を診た。
(耳だけでも治しておこう)
カークが治療魔法を掛けると血の塊と瘡蓋が剥がれ落ち、綺麗に尖ったエルフに特有な耳の先端が甦る。
それでも未だに意識が戻らないのは、細く永く生きるという彼等の特性なのかも知れなかった。短期間に重篤なダメージを受けると、他の種族に比べて回復に時間が掛かるのだ。
(まあ、両手を切り落とされたら、誰でも同じ状態に陥るだろう)
「このまま東へ進めば、途中で迎えが待っているはずなんだ。俺はそう聞いている」
エルフの男を背負い直すと、どこか自信無さげにチャハンが言った。
「さあ、行くぞ」
少し元気を取り戻したカークは、無言で頷き赤鬼の後を歩き始める。
(確かに、人を迎えに行くという仕事には、違いがなかったからな)
彼は半ば諦めていた。
◇◇◇
日が傾き影が長くなっている。
緩やかな坂を昇りきると、そこは見晴らしのよい小高い丘の頂上だった。
「居た」
チャハンと並んで見下ろした空き地には、一台の馬車と複数の騎士の姿が見える。
「何だ? 様子がおかしいぞ」
丘の上から見下ろしたチャハンが、困惑した銅鑼声で言った。馬車は横倒しになっており、三人の騎士とその騎馬も四肢を投げ出して倒れていたのだ。立っているのは剣を構えた独りの騎士だけで、空を見上げて警戒していた。
「伏せろ」
獣道に沿った下生えに身を隠す。次の瞬間には、頭上を大きな黒い影が通過した。
その黒い影は真っ直ぐ降下すると、空き地に独りで立っていた騎士の頭を掴んだ。そこから急上昇する。
頭を掴まれた騎士は暴れていたが、ビクンと震えると身体だけが落ちて行った。
「確かに迎えは来ていたな」
沈んだ銅鑼声で呟く。
「しかし、いま目の前で全滅してしまった」
流石の赤鬼も元気がない。状況はカークの理解を超えている。
黒い影が上空を旋回しているのは、まだ獲物を探しているように思えた。
『あれは……ワイバーン、デスヨ!』
カークはフェアリーの悲鳴に絶望を感じた。
続く