第百三十八話:悲しい結末
第十四章は毎週月曜日の十二時に投稿します。
「ヴァルキューレ様の従者が居るんだってね」
帝国軍の収穫祭に向けて帰還する行軍の中、黒髪で眼の細い男が言った。顔の抑揚が少ないので若く見える。
「しかもエルフじゃあないんだろう?」
彼は二十五歳にして、帝国軍魔法使い部隊のナンバースリーにまで登り詰めた男だ。ハミルトン侯爵の三男で、側室を母に持つ。
(この僕を差し置いて、エルフでもないのに)
ルイスというその男は、只の人間だがエルフのようにスリムな体型をしている。しかし、彼の母親は旧王国最後の第二王子の庶子の娘で、先祖にエルフの血統は混ざっていない。
(エルフ以外でヴァルキューレ様の従者になるのは、歴史上この僕が最初の筈だった)
自分では隠しているつもりのハングリースピリットは、周囲の者には明白だ。しかし、本人だけ気付けていない。
(僕が旧王国領の巡察に一年をかけていた間に、徴兵されたばかりの若僧が抜擢されたのか)
理不尽な思いに苛まれる。彼はエルフのネットワークから外れているので、カークに関する情報が伝わっていなかったのだ。
(どんなヤツなのか、シッカリと見極めてやろう)
彼は無自覚で激しい劣等感に囚われていた。
◇◇◇
「徴兵でも二年目からは、帝都の収穫祭で臨時の警備員を任されるらしいぞ」
士官候補生の仲間で、狐獣人のジェームスが教えてくれる。カークの記憶では、収穫祭の警備員はサーコートと兜は青と白の縞模様が目立っており、頼もしい刺股を持っていた。
「一年目の俺達は、倉庫の見張り番だよ」
ダリルはカークと同じ体格で日焼けした大男だ。時刻は夕方で、食堂に併設されたバーカウンターに六人が並んで飲んでいる。
「カークも髭が伸びたな」
若いドワーフのゴットリープは、ラガーのジョッキを離さない。
「それにしても、ピカピカして眩しいぞ。第一部隊で何をしていたんだ?」
スマートでスタイルのよい黒人は、カルロスというペイス男爵家の三男である。
「聞いたよ。ヴァルキューレ様の従者らしいな」
如何にも帝国人らしい中肉中背で金髪碧眼のステファンは、ニヤニヤしながらカークへ声をかけた。彼もヨハンソン子爵家の三男だ。
「今は隔離されているよ」
カークは溜め息を漏らす。
彼等は許された短い時間を使って、三ヶ月ぶりの再会を楽しんでいた。
◇◇◇
「ねえボブ君、ルイスに気をつけてあげて」
魔法使いのシャオが、チームリーダーのエバンス侯爵に話した。エルフ同士のお茶会の席である。
「あの子は魔法使いとしての才能があるけれど、何故か劣等感を持っていて承認欲求が強過ぎるのよ」
彼女にとっては、壊れやすい繊細な孫のような存在だった。
「だからね、決してカークに会わせないで」
上手くいけば劣等感を乗り越えて成長できる機会なのだが、その望みは薄くまるで期待できない。
◇◇◇
「こっちの箱は<祝福>が必要だ」
カークは食糧倉庫で検品を担当していた。
「ここから向こうは大丈夫だから、そのまま運んでも構わない」
収穫祭のために、消費期限の近付いた携帯食料を放出しているのだ。彼の暗視魔法により識別された食料へ、教会から派遣された僧侶が<祝福>を施している。少し古くなって傷んでしまった食料へ、治療魔法をかけることで消費期限を僅かながら延長していた。
「カークが手伝ってくれたから、今年は俺達の負担が減って助かるぞ」
倉庫番の担当者達は、全員が痩せている。
「在庫の蔵出しが終わったら、次は新規入荷の検品と仕分けも頼む」
帝国軍輜重隊の管理者が、在庫入れ換えの計画書を見ながら話す。年度末の棚卸に向けて、慎重に数と種類を確認しているのだ。
「水を撒くわよ」
魔法使い部隊の女性が音頭を取り、荷物が搬出されて空いた棚へミストを散布する。
「ヨーイ、スタート!」
棚に登ったホビット達が、一斉にモップを掛け始めた。在庫の入れ換えに合わせた大掃除だ。
「終わった処から乾かすぞ。タイミングを合わせて効率良くやるんだ」
火魔法と風魔法のチームが、タッグを組んで魔法を発動させる。皆は慣れているのか、適度な温風が倉庫を循環して、清掃が終わった棚を乾燥させた。
(基本的には、エカルの物流センターと同じシステムで運用されているな)
カークは騒がしくも整然とした行動で荷物を片付ける作業を眺めて、以前に訪れたことがある巨大なセンターを思い出す。一方通行の動線による手戻りのない作業は、各担当のタクトが揃ったシステマチックなモノである。監督者は全体を見渡しており、業務が滞りなく遂行されるように指揮を取っていた。
(適切な役割分担と、明確な作業指示。区切りの良い作業量と、リズムの良い前後の連携。できないことを叱責するのではなく、できたことへの賞賛で意欲を引き出している)
監督は言葉で計画通りの進捗を褒め、各自の作業に自信と誇りを持たせていた。
(前工程、自工程、後工程の繋がりを認識させ、単純作業の連続を苦にさせていない。全体の進捗を皆に知らせることで、お互いの連帯感と各自に責任感を持たせている)
この作業こそが帝国軍の真骨頂だ。
(集中講座の本質を再認識したぞ)
カークは改めて感心した。
普段は食品の劣化を防ぐために控えめな照明の倉庫内だが、今はカークの範囲照明の魔法で安全な作業環境が確保されている。収穫祭の期間中、彼は裏方の作業に従事していた。
◇◇◇
(これはワザと出逢わないように画策しているな)
収穫祭の最終日になっても、ルイスはカークを見付けられないでいる。
(僕と会うことで、従者が何かしでかすとでも思っているのか?)
彼の発想の根本は劣等感だった。その裏返しで常に自分が注目されていたい、承認欲求が強すぎるのだ。自分の思い通りに行かないことは、誰かが自分を妬んで悪意を持った策を弄していると考えた。単なる他責の被害妄想である。
(一目見て、その資質を確認するだけなのに)
誰かが自分の才能に嫉妬しており、行く手を阻む行動を取っているのだ。彼自身はそれを気にしていないフリを装っているつもりだが、慇懃無礼な態度は周囲の者達を不快にしている。
なまじ高い能力を持っているだけに、彼に謙虚さを教えることは困難を極めていた。無自覚な年功序列と権威主義な思考を持ち、自分が認めた相手には卑屈な態度で接する。故に挫折を経験できないでいるのだ。
(僕が居る間に、帝国軍の悪弊を払拭してやる)
無知からの全能感から抜け出せない、哀れな男であった。
◇◇◇
「ご苦労さんだったな、カーク」
チームリーダーのエバンス子爵がカークを労う。
「まだ後片付けは残っているが、最終日のランチだけは楽しんでこい」
輜重隊の倉庫整理が終わった後は、馬車のメンテナンス部隊と引き籠っていた彼に声を掛ける。
「じゃあ今日はラガーだけにしておこう!」
ドワーフの隊長がカークの背中を叩いた。
「酔っ払って後片付けはできないからな!」
その他のドワーフ職人達もガハハ! と笑いながら集まる。彼等は二十度以下のアルコールでは酔わないのだ。カーク自身も様々な加護のお陰で酩酊することはない。
「屋台は混んでいるだろうから、食堂へ集合だ!」
ガヤガヤと騒ぎながら移動する。
(姐さんが上手く調整してくれているだろう)
チームリーダーは事前の段取りを再確認した。
◇◇◇
「では魔法部屋に行きましょう」
ランチを終えたシャオは、食堂にある彼女の個室からルイスを連れて移動する。
(しかし、困った坊やね)
折に触れヴァルキューレ様の従者について聞き出そうとする彼の発言にうんざりした彼女は、些か投げやりな気持ちになっていた。
(一瞬だけなら、遠くから見せても構わないかしら?)
チームリーダーからエルフの念話で、カークが食堂へ向かったと聞いている。
(擦れ違うだけで、大した影響はないでしょう)
自分達が食堂を出た後で、カークが手前の廊下に差し掛かるタイミングを見計らった。ガハハと笑うドワーフ達の声が近付いている。
(何だこの光は?)
シャオの後を着いて歩くルイスは、廊下の先から感じるプレッシャーに怯えた。本能的に回避しなければならないと、心の中で警鐘が鳴り響く。
(馬鹿な、この僕が!)
なけなしの自尊心を振り絞って、廊下の先を振り返った。
「あっ」
小さな悲鳴と共に意識を失ったルイスは、目も口も開けたままその場に崩れ落ちる。その姿を見たシャオは、自分のミスを激しく後悔した。
カークが持つ<寂しん坊の指環>の効果で、自分の卑しい性根を映し出されて反射された結果、ルイスは魔力の全てを失なってしまったのだ。
それはまさしく<王国の呪い>だった。
◇◇◇
『強い光は濃い影を作るのデスヨ』
『自業自得ねー』
フェアリーと紋白蝶はカークに甘い。
続く