第十三話:長距離
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「今回は黄色と水色のミサンガだな」
カークは青空亭で渡された縞模様の細い紐を、左手首へ巻いて猟師連合会の会館前に立っていた。
既に弓矢の装備は回収しており、刻印の番号や欠品がないことも確認済みである。納品された現物は、店舗にあったサンプルよりも高品質に思えた。
「待たせたな」
五分もしないうちに一台の箱馬車が到着する。御者はこれといって特徴のない中年男だったが、馬車を降りてきたのは赤鬼のような大柄の男だった。狼獣人と狐獣人の若い男が二人、後に続いている。
(巨人族かオーガとのハーフかも知れない)
カークの推測は外れており、純粋な人間だった。
「リーダーのチャハンだ」
赤鬼は銅鑼を鳴らすような、とても恐ろしい声をしている。
「ヌガウという」
狼獣人は武骨な顔だが男前だ。
「コンヤです」
狐獣人は線の細い優男である。
「カークだ。宜しく」
恐らく自分が最年少であろう、と彼は考えたが普通に挨拶を交わした。お互いに目印を確認し合うと、荷物を積み込んだ箱馬車で町を出る。
◇◇◇
「なんだ、ドワーフじゃあないのかよ」
「生憎、リーダーと同じ人間だ」
それが馬車内で最初の会話だった。
「リーダーが持っているのは、確かクロスボウと呼ばれるヤツだな」
カークは遠慮なく話し掛ける。
「ああ、そうだぞ」
大柄な体格に合わせたかのように、大作りな武器だ。
「俺は初心者用のショートボウだ。登録したてだからまだ実戦経験はない。宜しく指導を頼む」
彼は開き直って言った。
「そうかい、分かった」
拍子抜けするほどアッサリと受け入れられてしまう。
「治療士の商人、噂は聞いている」
狼獣人のヌガウが呟いた。
「僕達がアドバイスしよう」
狐獣人のコンヤが続く。
どうやらベテラン猟師である彼等からすれば、見ただけで初心者だと分かるらしい。
獣人二人の弓には、カークのとは違う部品が追加されている。照準を合わせ易いようにガイドの棒が突き出ているのと、弦を引いた際の震えを吸収する装着だ。
「取り敢えずは、風と湿度を読め」
赤鬼のチャハンが一言でまとめてしまった。
一時間ほど西へ街道を進んでから、箱馬車は脇道に逸れて北へ向かう林道を行く。この先にある山小屋を目指すのだ。酷く揺られながら走り続けて、昼前には少し開けた空き地へ辿り着いた。少し早いが各自で用意した昼食を摂る。
「ここからは徒歩で行く。荷物は体重に応じて分担するんだ」
そうリーダーのチャハンが宣言すると、誰もが素直に従った。カークの荷物は矢のストックが殆んどを占めている。一ダースで一束の矢が、六束ずつ入るケースを二つ持っていたのだ。
「晩飯だ。外すなよ」
狐獣人のコンヤを先頭に林道を行く途中で、カークはリーダーのチャハンに命令される。素早いが慌てず弓矢を構えると、大空を舞う雉を射貫いた。
「コイツは任せろ」
その言葉が聞こえた次の瞬間には、チャハンのクロスボウから放たれたボルトが猪の頭へ真正面から突き刺さっていたのだ。
「鍋にしよう」
ニヤリと嗤う表情は、悔しいほどに似合っている。かなり大きな猪だったが、チャハンは一人で軽々と担いでいた。
神の裾と呼ばれる森へ向かう道中では、魔物が少なく野生動物が多い。帝国軍の魔物討伐部隊が、効率良く駆除してくれた影響だろう。カークは三人に獲物の捌き方を習いながら進んだ。
(旅商人だった両親とは、内臓の処理方法が違う。猟師は食材を無駄にしないんだな)
森の中でも小川を見つける獣人の嗅覚に感嘆し、手早く洗いながら血抜きと冷却を済ませてしまう手際に脱帽する。
(この際だから、全てを覚えてやるぞ)
カークは真剣に見詰めていた。皆はワザとゆっくり作業してくれていたのだが、それにカークは気付けない。それほどに経験の差があり過ぎたのだ。
一行は順調に進んで来たが、山小屋に着いたのは日が暮れてからだった。
「ありがとう。大物だな」
チャハンが担いでいた猪を降ろして挨拶する。
山小屋に住んでいたのは日焼けした皺の深い夫婦で、二人とも髪に白いモノが混ざっていた。
「早速、捌いて鍋にしましょう」
全員が協力して夕飯の準備に取りかかる。
「カークは屋根裏部屋を借りて、十分な休息を取っておくんだぞ」
皆で猪鍋を囲んだ夕飯を終えると、チャハンが指示を出す。狭い山小屋なので、彼等は別棟の薪小屋で夜を明かすらしい。
「自分が思っているよりも、疲労が溜まっているはずだからな」
「ちゃんと休むんだよ。君が足を引っ張ると、皆の命を危険に曝すことになるからね」
狼獣人のヌガウは声が太く、狐獣人のコンヤは優しい口調だが中身は辛辣である。
カークは素直にその言葉へ従い、屋根裏部屋へと案内してもらった。余りにもレベルが違うベテランメンバーに同行しているだけで、思わぬ疲労と経験が蓄積していたのだ。
「お早うございます」
翌朝まだ薄暗い時間に起きたカークだが、山小屋の夫婦はもう働き始めていた。井戸から水を汲む作業を頼まれ外へ出ると、薪小屋からベテランの三人組が起床してきたところに出会う。短く挨拶を交わすと、各々が準備体操を始めた。
(流石に猟師は朝が早いな)
彼も旅商人として一般人よりも早起きだと思っていたが、どうやら認識を改めなければならないようだ。
「行き先は北だ。今日は可能な限り進んで、少しでも目的地へ近付いておきたい」
リーダーのチャハンが宣言する。カークは強行軍の覚悟を決めた。
◇◇◇
本当に強行軍だった。
北へ向かうにつれて気温が下がり、激しく身体を動かしていても体温が奪われる。そんな環境でもベテラン三人組は躊躇いなく突き進んだ。カーク以外の彼等は目的地を知っているように思えた。
先頭を行くのは狐獣人のコンヤだ。少し間を開けてリーダーのチャハンが続き、その後をカークが必死に追いかける。最後尾を護ってくれていた、狼獣人のヌガウの存在感が頼もしい。
夜中になって森の中に切り立った崖を見付けた。
意外と奥が深い洞窟があり、そこで休むことにする。熊が冬眠していた跡が残っていたのだ。
「山と星の位置から推測すると、明日の夕方には目的地へ到着できるだろう」
夜空を確認したチャハンは、自信たっぷりの口調で伝えてくれた。
「日中は今日と同じペースで進むから、今夜もカークは良く休んでおけ」
彼だけ夜間の見張り番を免除される。
(正直ありがたい)
遅れずに着いて行くだけで精一杯だった。矢のストックが思いの外負担になっている。
(脚に治療魔法が効くなんて、ここまで身体を酷使した経験は無いぞ)
疲労困憊だったにもかかわらず、山小屋で分けて貰ったベーコンの塊を食べ切れたのだ。
(移動しただけで成長するかも知れないな)
横になった途端に眠ってしまう。
翌日も早朝からハイペースで移動する。
チャハンは何度か太陽の位置で方角を確認し、四人は驚く程の速度で急勾配の獣道を進んで行く。
(昨日よりも少し楽に感じるのは、本当に成長したのだろうか?)
それはそれで良かったと信じる。
「止まれ」
木々が途切れた場所で、先頭のコンヤが停止した。
「柵がある」
それは夕陽に照らされ、長い影を引いていたのだ。こんな山奥へ存在していることに、カークはとても違和感を覚えた。
「ここだ」
チャハンは独りで頷く。
「柵に沿って南側へ移動する」
しばらく進むと濃い茂みを見付けた。
「あの陰で待機しよう」
柵から離れ過ぎない位置を選び、四人は静かに腰を降ろす。
「今の内に食事を摂るぞ。但し火は使うな」
チャハンの指示で各自が携帯食料を取り出すと、二人一組になって静かに食べた。
「三人で周囲を警戒しながら、一人が一時間ずつの睡眠を取れ」
食事をしながら説明する。
「夜明け前に合図がある」
銅鑼声だが静かに言った。
「それを確認してから敷地内へ入るぞ」
残りの三人は黙って聞いている。
「煉瓦作りの建物にその人物がいるので、連れて帰るのが今回の任務だ」
チャハンは続けた。
「室内に入れば直ぐに誰かは分かるらしい」
よほど特徴的な人物なのか、決して見間違えることは無いようだ。
「その人物に逢えれば、直ちに東へ向かって進む」
後は振り返るな、と締め括った。
(人を迎えに行く仕事だったはずだが、間違いではないだろうな)
カークは自問しながら、瞬き始めた星を眺める。
『何やら嫌な雰囲気デスネ』
珍しくフェアリーが不安そうにしていた。
続く