第百二十四話:解呪
第十三章は毎週月曜日の十二時に投稿します。
『来たぞ』
地上五十メートルの高さから海岸線を見下ろし、一筋に連なる波を確認した不死鳥のカロムが呟く。
『頭部が黒く汚染されている』
沖合い三百メートルを南下するのは、直径四メートルで全長百五十メートルを超える大蛇だった。現代では八両編成の電車並みの大きさである。
「カーク、足止めをお願いします」
女神のミロが頼む。水神の加護を得た彼に、水流を操ってシーサーペントを捕縛してもらうのだ。
「分かりました」
アルベルトに跨り、後ろへ座ったミロへ答える。
(まずは流れを感じろ)
カークはウンディーネから教えられた方法を試し、膨大な量の海水を操れることを確認した。日没後なので暗視魔法で見ていたのだ。
(全身を固定するのではなく、頭部だけで構わない)
それでも長さが十メートルはある。
(ついでに凍らせてみよう)
熱量交換魔法を使った。
(本体には魔法がレジストされてしまうぞ)
シーサーペントに弾かれたのだ。
(周囲には適用されるのか)
直径二十メートルの円柱状に海水を持ち上げ、そこから温度を奪い周囲の海へと移してゆく。沸騰した。高さ三十メートルまで円柱を伸ばし、真っ白な氷の柱と変える。シーサーペントの頭から十五メートルが、先端から突き出していた。宙に浮いたカーク達の足元五メートルの位置だ。
「始めます」
ミロが宣言した。
歌うような詠唱が始まる。それは古代エルフ語で、カークには内容が理解できなかった。ただ、魔力の同調と共に、癒しの効果を感じたのだ。
ミロの詠唱に応じて、不死鳥のカロムとケロシの親子の身体が輝き始める。カークの背中でも、マントに仕込まれたケロシの羽根が光っていた。
直径五メートルもある光の球が現れる。優しいアイボリーホワイトの光は、黒く汚染されたシーサーペントの頭部を包み、徐々に解呪を始めた。しかし、抵抗力が強いためなのか、ジリジリとしか進まない。
(焦りは禁物だな)
ミロの詠唱は続く。カークは同調がより強まるのを感じた。
束縛されていないシーサーペントの身体が、沸騰した海水を叩いて暴れる。高温の蒸気と飛沫を撒き散らし、カークは熱量交換の魔法を追加で発動した。水神の加護で海水を操り、平行して魔法を使う。それぞれが別系統の能力なのだ。その間にも、ミロはカークの魔力を活用している。
(おや?)
ふと、カークは理解した。
ミロが詠唱する古代エルフ語が分かったのだ。
(俺にも使えるのか?)
その思考を読んだのか、思念で彼女から合唱の依頼を受けた。
ミロの詠唱は高いソプラノで、カークは低いバリトンである。実際に声は出ていないが、魔力の波長が違っていたのだ。二人の合唱は相乗効果を持ち、解呪の速度が高まった。
(三倍の速さに変わったぞ)
カークは力強く詠唱し続け、ミロの魔法を支える。溢れ出そうとする彼の魔力の奔流は、彼女により祝福された装備が抑え込んでいた。
一時間が過ぎた頃に、漸く解呪が終わる。
『綺麗になったぞ』
『やったな、金魂漢さん!』
「ミロ様だよ」
『見事でござる』
「油断しちゃ駄目よ」
悪魔に掛けられた呪いが解けて、美しい銀色の外見を取り戻したシーサーペントは、グッタリとしていた。カークによる海水の戒めは解かれたが、目を閉じてチャプチャプと水面に浮かんでいるだけだ。
『治療魔法を掛けましょう』
アルベルトの上でミロはカークの背に凭れ、効率良く魔力を使う。女神の左手が回され、彼の心臓の真上に置かれていた。カークの鼓動が高まるが、ミロは平然としていたのだ。
◇◇◇
『……ありがとうございました』
銀色の鱗に薄紫の斑紋が浮かび、元気になったシーサーペントが感謝する。
『私が不甲斐ないために、かの大陸の人類は滅亡してしまいました。痛恨の極みです』
とても落ち込んでいた。
『元より魔物が多く、悪魔城があった地域でしたわ』
ミロが女神の微笑みを浮かべて囁く。
『この度は千年魔王も復活を果たしたと聞きました』
何やら物騒な言葉にカークは緊張する。
『そして、今回は遣り過ぎたのです』
彼女の声が凍りついた。
『釣り合いを保つために、母なるガイアが指示を出したのよ』
ミロの瞳はどこを見ているのか、その場に居る全員が掴めない。
『シーサーペント、貴女はとても疲れています』
女神の声が変わった。
『後はリヴァイアサンとサラマンダーに任せて、太古より続く海溝の最深部でユックリとお休みなさい』
今の彼女は違う。
カークは本能的に悟った。
『何も心配ありません』
ミロは慈愛に満ちた笑みで告げる。
シーサーペントは解呪のお礼として、カークに鱗とヒゲをくれた。
◇◇◇
漆黒の闇夜に地鳴りが響いた。
万を超える悪魔が集い、千年魔王を囲んで宴を開催している。人類を滅ぼすために使役した魔物を、今度は殺戮して喰っていたのだ。
魔物も黙って殺られている訳ではない。
激しく恐ろしい闘争が繰り広げられ、悪魔の多くも傷付き力果てた。それさえも悦び変えて、悪魔と魔物の鬩ぎ合いは続く。
南半球に浮かぶ矩形大陸は、北端が赤道直下に位置しており、南端の細長い半島は南極圏にまで伸びていた。
大陸中央の火山の麓に、悪魔城が形成されている。猛烈に濃い瘴気が蔓延する悪魔城で、際限のない殺し合いが続いていた。
風が強まり雨が降り始める。
突如、噴火した火山から、大量の火砕流と土石流が溢れ出した。高高度まで噴き上げられた火山弾は、争い続ける悪魔と魔物へ等しく降り注いだ。
轟音と共に細長い溶岩が燃えながら夜空へ伸びる。細長く見えるだけで、実際は直径二十メートルを超えていた。全長は五百メートルを超えても続いている。
火神の眷属であるサラマンダーだ。
大陸南部に広がる瘴気に満ちた森林を焼き、そこに隠れていた悪魔と魔物を殲滅して行く。
北端の海岸で巨大なハリケーンが発生した。
地上にある物を全て巻き込み、遥かな上空へと吸い上げる。強力な渦の中では、吸い上げられた物同士が衝突を繰り返し、お互いに壊れてゆく。それは崩壊した建物であり、争っていた悪魔と魔物であった。
巻き込んだ全てを擂り潰す、恐ろしく強いミキサーである。
海岸で大きく潮が引いた。
膨大な量の海水は、沖合いで巨大な壁となる。その後ろには、サラマンダーと同じ姿だが、全てが水で作られた龍が潜んでいた。海神のリヴァイアサンだ。
巨大な海水の壁はユックリと海岸へせまり、ハリケーンが通り過ぎた後の荒れた陸地を襲う。幅数キロに渡る海水は、全てを飲み込む津波となり、矩形大陸の北部を覆い尽くした。
爆発音が大陸中に響き渡る。
中央部にまで達した津波が、噴火を続ける火山へ接触して、随所で水蒸気爆発を起こしたのだ。
噴火と津波とハリケーンにより、大陸全土は地獄と化した。
『グワォーン!』
噴火を続ける火口から、勢い良く一人の巨人が飛び出す。身長六十メートルにもなる体躯は、真っ赤な炎に包まれていた。
火神の眷属で最強のイフリートだ。
様々な天変地異を生き抜いた千年魔王を見つけたイフリートは、大股で近寄ると腕を伸ばして身体を掴む。二十メートルを超える魔王だが、三倍以上の巨体からは逃れられない。
イフリートの口から吐き出された青白い炎が、魔王を持つ手ごと燃やした。その炎は、以前コ・ドゥア氏の召喚精霊である、全身鎧のウィムが放った<冥府の業火>である。
何度も繰り返し吐き出された炎は、千年魔王の身体を呪いごと焼き尽くす。消滅した千年魔王は、また千年後にしか復活しない。
暗闇を切り裂き、猛烈な稲妻が走る。
矩形大陸の空に現れたのは、サラマンダーやリヴァイアサンと同じ体型の真っ白な龍だ。
空中に舞い上げられた悪魔や魔物が粉砕された欠片を、暴風で寄せ集めて豪雨と共に大陸全土へ降らせる。火山の噴煙や焼けた後の灰塵も含めて、流れた溶岩へ叩き付けながら冷やしてゆく。
そこへ稲妻が落ちた。
全ての物質が雷に撃たれると、瘴気や穢れが綺麗に浄化される。白い龍が放つ雷撃は、矩形大陸全土に広がった呪いを解いていた。
天龍による解呪だ。
焦土と化した大地を、天龍の猛烈な稲妻が解呪していた。過激な状況であるが、通常であれば百年単位の時間を必要とする、大地の復興が大幅に短縮されるのだ。
天龍による解呪は、七日七晩に渡り続いた。
◇◇◇
『寄り道デスネ』
『治療なのよー』
『久し振りなので、ユックリするでござる』
シーサーペントを見送った一行は、カーク・ランドへ転移し温泉に浸かることにしたのだ。
続く




