第十二話:弓矢
毎週月曜日の十二時に更新予定です。
(確かに、討伐部隊は良い仕事をしたんだな)
カークがサウス・ヒルの町へ到着するまで、殆んど魔物と遭遇しなかったのだ。
(まだ、この剣の実力を確認する機会がない。いや、贅沢な悩みだったか)
先日、樫の棍棒だけの装備から、鋼鉄製の片手剣を購入したばかりである。
(ここがサウス・ヒルの町だな。北の町とは少し雰囲気が違うように感じる)
幼い頃から旅商人だった両親に連れられて、多くの町を訪れた経験を持つカークでも、この町の思い出は少なかった。
(まあ何も無ければ、直ぐに通り過ぎてしまうだけだ)
取り敢えずは宿屋を探す。
◇◇◇
(この町にもあったのか)
それは<トラベラーズ・イン>のサウス・ヒル東門店だった。
(帝国式でチェーン展開しているんだな)
イースト・ヒルの町でも利用していた宿屋で、ほぼ同じシステムである。従業員として傷痍軍人が勤めている点も変わらない。素泊まり個室一泊分の料金として、受付で銀貨一枚半を支払った。
(そういえば<互助会>の店もあるのだろうか)
荷物を部屋に置いて、ブラリと町を散策する。
なんとなく人の流れに沿って通りを進んでいると、十分ほどで少し外れた場所にその店を見つけたのだ。
これといって特徴がなく小ぢんまりとした佇まいの店構えは、看板の<青空亭>という文字に気付かなければ見逃してしまうほどに地味だった。
「いらっしゃい」
入り口に居た初老のウェイターへ、青嵐亭で教えてもらっていたハンドサインを然り気無く示す。
「独りですね、カウンターへどうぞ」
チラリと視線を動かしたウェイターは、軽く頷きながら案内してくれる。どうやら今の時間でも彼以外の客はいないようだ。
初めてカウンターの奥へ座った。
少し緊張するが表に出さないように努め、ジンジャーエールとお奨めセットを頼む。ノンアルコールのドリンクをオーダーするのは、素面で話を聞くので依頼を受けたい、という意思表示であることを後から知ったのだ。
川魚と鶏肉、根菜と葉野菜がバランスよくアレンジされた食事を、フェアリーとの会話も楽しみながらゆっくりと堪能した。食後の珈琲を給仕してくれたのは、エプロン姿の中年男だ。
太い眉と大きな鼻には見覚えがあった。
「マリウスだ」
「カークです」
簡単に名乗り合う。
「人を迎えに行く仕事があるのだが、予備日を含めて往復で一週間かかる見込みだ。時間は取れるか?」
特に急ぎの用事もないので肯定した。
「できれば弓矢を扱える者が有利だ。取り扱い許可証は持っているか?」
今度は否定する。
「ならば明日の朝一番で、猟師連合会の会館へ行って申請すれば良い」
大きな鼻のマリウスは、地図が記された広告を渡してくれた。
「三日後の朝に出発するから、それまでに買っておけば間に合う」
報酬の半額が前金として支払われる。なんと金貨二十五枚だ。
「矢は消耗品だからな。持てる限りの量を揃えておいてくれ」
カークは頬が引き吊っていることを自覚した。
◇◇◇
「レフトショルダー出身のカークだな。ようこそ、猟師連合会へ。歓迎するぜ」
翌朝カークが会館を訪れると、既に連絡が入っていたかのように案内される。
「弓矢の取り扱い許可証だろう? ネビル夫妻からの推薦状が回って来ているよ」
意味不明だ。
「一先ずはこの書類を読んで、ここにサインしてくれないか。その後に専門店へ案内しよう」
彼は書類を読んで内容を理解する。それは弓矢を扱う際の注意点であり、要約すると<人に向けるな>と<町中では弦を外しておけ>の二点だった。破った場合の罰則は厳しい。
「サインしてくれたか? おお、ありがとう。では店に行くぞ」
若い男の職員は、スキップするようにカークを先導して歩き始める。
会館から五分ほど離れた通り沿いに、その大型店舗はあった。どこか見覚えのあるレイアウトで、品揃えも馴染みの商品が揃っている。ランプレディ武器商店のサウス・ヒル支店だ。
「弓矢を頼む」
ここまで案内してくれた職員が、小柄な店員を捕まえて話しを始めた。
「猟師連合会の取り扱い許可証はこれだよ」
先ほど作成したばかりの書類を提示する。
「よくアドバイスを聞いて、自分に合った弓矢を選んでくれ」
そう告げると職員は、一旦、会館へ戻って行った。
「おや、既に当店の武器を、ご愛用いただいていたのですね。ありがとうございます」
後を引き継いだ小柄な店員は、カークが腰に提げた剣を見てお辞儀する。
「その片手剣は当店の主力商品として、永年に渡りロングセラーを続けています。扱い易さと汎用性の高さ、長持ちする点も高い評価をいただいております」
それを選んだカークを褒めてくれているようだ。
「では弓矢も、当店自慢のラインナップからご紹介しましょう」
武器屋とは思えない、和やかな雰囲気で売り場を移動する。
「猟師連合会の職員さんが付き添って来店されたのは、余程の急用であると推測しました」
小柄な店員は続けて話す。
「弓矢も癖が無くて扱い易い、オーソドックスなタイプをお奨めします」
自ら先導して、小型の弓矢が陳列されている棚の前に案内してくれた。
「こちらが統一規格品のシリーズです。構造と形状が規格化されており、弓力に応じて細部がチューニングされています」
紹介してくれた弓は、握る部分と撓る部分に分かれていた。握る部分は手の大きさに合わせて太さと長さが選べ、撓る部分は張力に応じて長さや材質が変化する。
「まずは利き腕を……はい、右利きですね」
店員は弓を掴んで支える左腕と、矢が擦れる左肩の保護具を用意してくれた。
「保護具が擦り切れた部分には、後から革を充てて補修できます」
丁寧な説明だ。
「続いて弓を見てみましょう」
一般的に<弓力>と呼ばれる弓の強さは三段階に分かれており、成長によって筋力に優れていたカークは最大強度のレンジが使用可能であった。
その強度を元に耐久性を考慮した弦を選び、飛距離と直進性能が良い矢を教えてもらう。
「それでは基本スペックが決まりましたので、次は試し射ちで性能を確認しましょう」
小柄な店員に連れて行かれた先は、店舗の裏側に当たるエリアだった。
「ここが弓矢の試射場です」
大型店舗の間口全てが使われた、細長い吹き抜けの空間である。
「奥の壁に描かれてある的を狙ってください」
射場から約二十メートル離れた壁には、白と緑色で三重の同心円が描かれていた。直径二メートルの的は、縦横三個ずつで合計九個が並んでいる。
店員の説明を受けたカークは、慎重に中央の的の中心を狙った。キリキリと弓を限界まで引き絞り、息を止めて射ち放つ。
狙いよりも左下に刺さった。
その後は補正しながら射つと、五発めで狙い通りに的中する。残りはほぼ思い通りに射てた。小柄な店員による姿勢や動作の説明が上手かったのだろうか、まるで長年使ってきたかのように弓が馴染んでいたのだ。
「素晴らしいですね。貴方は余程、身体の使い方を心得ているとお見受けしました」
カーク自身も意外な思いだ。
「残り二種類の矢も試してください」
太さと長さの違う矢を試して、最終的に一番命中率が高かった矢を選ぶ。
「間に合って良かった」
試射場から戻ると、猟師連合会の職員が居た。
「はい、どうぞ。会員証です」
上部に紐を通す穴が開いた、青銅製で小判型の金属片を渡される。
「無くさないように、肌身離さず身に付けておいてください」
市民証などと同じ鎖へ通し、首に懸けておく。これで要求されれば、いつでも取り出せるのだ。会員証は猟師の免許ではなく、恩恵は少ないが義務も発生しない。
「では会計の明細書です。内容をご確認願います」
小柄な店員が手渡してくれた。
まず先に合計が金貨二十三枚だと確認したカークは、あらかじめ伝えておいた予算の範囲内であることに安心する。
改めて明細を見ると、矢の本体が金貨十枚と一番の高額だった。矢は一ダース単位で一束が銀貨八枚。それが十二束で金貨九枚と銀貨六枚にもなっている。
(矢は一本あたり銀貨一枚半の計算だな。素泊まり一泊と同じ金額だなんて、想像していたよりも高いぞ)
残りは保護具や収納ケース、お手入れ用品だ。
(猟師とは、元手もかかるし維持費もバカにならない、とても難しい職業だな)
カークは思わず唸った。
「では、これから弓矢に刻印いたします」
弓と矢の全てには持ち主を明示するために、許可証の登録番号を刻印するのが決まりなのだ。会員証にも同じ番号が彫り込まれている。
「全てを揃えてお渡しできるのは、本日の夕方になりますが……」
「会館へ納品してください」
店員の説明に若い職員が割り込む。
「明後日の出発時は、会館前が集合場所です」
予想通りに、全てが段取りされていたのだ。
『携帯食料には美味しいモノを揃えておきたいデスネ』
フェアリーの気持ちは、既に先へ進んでいる。
続く