第百十八話:訓練
第十二章は月曜日の十二時に投稿します。
「俺が小隊長のカークだ」
剣部隊の新兵五十人が集まった訓練場で、熊獣人のマイク教官に促されて自己紹介する。彼の前には九人ずつ五列に並んだ新兵達が立っていた。皆が一般兵だ。
「宜しく」
前列に並ぶ挑戦的な視線の者も含め、全員へ向けて鋭い殺気を唐突に振り撒いた。前に居た二十人がその場に腰を落とし、残りの者も怯えて膝を折る。
「今のはゴブリン十匹分だぞ」
カークは穏やかな表情で見渡す。半数が漏らしているようだ。
「俺に従え。命だけは護ってやる」
黙って治療魔法を発動させると、皆の顔色が回復して行く。
(……コボルト二十匹を超えていたな)
横で見ていたジェームスは無表情を装っていたが、ロイ達の三人はにやけている。
「無茶な奴だ。こんな挨拶は初めてだぜ」
後でコッソリとマイク教官に窘められたのだ。
◇◇◇
「魔物は待ってくれない」
初の合同訓練で、カークは鬼になった。
「人間の俺に怯むな」
彼は自分ではゴブリン五匹分と思っている殺気を放ちながら、四十五名の一般兵を相手に立ち回っている。剣や楯を持たずに、革手袋だけで殴っていたのだ。
一般兵は訓練場内でバラバラに散っており、その中をカークが縦横無尽に駆け巡っていた。隙を突いて殴る。頭、顎、胸、腹、腕、足。全身のどこでも殴っていた。彼は大怪我をさせないように、細心の注意を払っている。
(まずは、全員に弱さを自覚させよう)
カークは無表情で殺気と拳を振り撒く。
(そこから弱点を認識させて、強化ポイントを選び鍛えるんだ)
数少ないが、長所も見つけている。
三十分後には四十五人が倒れており、汗も掻かず息も切らしていないカークだけが立っていた。全員が分け隔てなく、一人五発ずつ殴られていたのだ。
「強くなれ」
良く通った大きな声で告げる。
「自分が強くなれば、それだけ護れる人数が増えるんだぞ」
魔物の脅威から市民を護るのが、帝国軍に課せられた役割りなのだ。
「家族や仲間、屋台のオヤジ、食堂のウェイトレス、お気に入りの娼婦」
誰もがそれぞれに大切な人の顔を思い起こす。
「皆を護るんだ」
至ってシンプルな台詞に、打ちのめされた悔しさをぶつける。そして前向きに立ち上がるのだ。
(無茶しやがる)
(先生はオーガだったのか)
(俺達が指導しなければ)
(負けてられない)
残りの士官候補生は、目標が一致した。
◇◇◇
桁外れなカークの指導に比べれば、ジェームスら他のリーダーは優しく思える。教官達からすれば、カークに鍛えられた彼等も、例年の新兵には有り得ない強さだった。
しかし、カークが秘かに使う治療魔法に加えて、身体強化を施された新兵達は異常な速度で成長したのだ。
「まだ心配だよ」
五人で打ち合わせの際に、カークが呟く。
「俺が十五歳で行商を始めた頃よりも、皆はまだまだ頼りなく感じている」
樫の棍棒に滑り止めを縄を巻いていた頃だ。
「先生はそんなことをしていたのですか?」
ダンテが驚く。
「旅商人ではなく、戦士の武者修行ですね」
マスケスは妙に納得していた。
「道理で魔物に慣れている訳だ」
ロイまで感心している。
ワイバーンを倒した以降のことは伏せておいた。
「取り敢えず、全員のプロフィールが揃った。俺が気付いた長所と短所も記入してあるから、今後の育成プログラムについて相談したい」
カークは四十五枚の書類を束ね、デスクの上に重ねて置く。身長体重といった体格や、瞬発力や耐久力、得意な剣技等の情報が書き込まれていた。
「まずは長所を伸ばして、ある程度の自信が付いたら短所を補おうと考えている」
仲間を思いやる言葉だ。
「夏の暑さに耐えられる持久力も、同時に養っておきたいと思う」
間も無く夏を迎える。新兵教育要綱にも、要注意事項として記載されていた。
『大鍋さんが頑張ってくれマスヨ』
『栄養満点なのー』
フェアリーと紋白蝶の言葉は、カークだけにしか聞こえない。
「障害物マラソンが、効果的だと思う」
ダンテが提案してくれた。
「肉を多く食べさせよう」
ロイも違う角度からの意見を述べる。
「俺だけでは思いつかないことだ。ヤッパリ仲間は頼りになるな」
自分とは能力に差が有りすぎて、困っていたカークは本気で感謝した。
◇◇◇
「他の部隊を見てくるぞ」
二週間が過ぎた頃に、各部隊の小隊長が合同して、それぞれの練習を見学する。お互いに現状を把握し、練習の進捗を確かめるためだ。
「やあ、カーク。久し振り」
槍部隊の小隊長はダリルで、日焼けした彼はカークと同じ巨漢である。
「剣の部隊では、厳しく鍛えているらしいな」
弓矢の部隊ではカルロスが小隊長だ。黒人の彼は相変わらずスマートでスタイルが良い。
「一般兵だと、カークの威圧に耐えられないだろう」
もう一人、槍部隊の小隊長を務めているのはドワーフのゴットリープだ。まだ若い彼は、髭こそ濃いが額は禿げていなかった。ドワーフは頭頂部まで額が広がってから、初めて大人として認められるのだ。
楯部隊から来た二人の小隊長は、一般兵から選抜されていた。どちらも徴兵検査でカークに診てもらい、彼のことを先生と呼んでいる。
「揃ったな。では行くぞ」
六人の教官が居た。カークはビルとマイク以外の顔を知らない。
まずは第一楯部隊からだ。身長が一メートル七十五センチ以下の、比較的小柄な者達が集められている。ドワーフが十人、ホビットは五人居た。
(体格で揃えているんだな)
カークは改めて認識する。しかし、その練度はかなり低く、見ていて心配になった。
第二楯部隊は、大柄な者達が集められている。その分だけ頼もしく見えた。だが拙い。
続いて第一槍部隊だ。
「宜しく」
ダリルが緊張した顔で呟いた。彼がこの部隊の小隊長なのだ。
(見事に身長が揃っているな。この後は騎馬隊になるだけあって、全員の練度も高い)
身長が一メートル八十センチ前後の者ばかりで構成されており、その動きからも身体能力の高さが解る。年配の教官が、自慢気に髭を撫でるのが印象的だ。
「第二槍部隊は大小に分けている」
ドワーフのゴットリープが説明した。その通りに身長の低い者達と高い者達に分かれており、中間層が第一槍部隊に集められた影響が伺える。
(体格はバラバラだが、基礎はシッカリと身に付いているぞ)
カークは第二槍部隊の練習風景を見て、その秘訣を探ろうと考えた。自分達の部隊を鍛えるための参考にしたいのだ。
弓矢部隊の練習は地味だった。各兵士のレベルに差がありすぎて、統一感が無いのも拍車をかけている。
(基礎体力を揃えている最中だな)
カルロス小隊長は慌てず、どっしりと構えていた。
「何だこれは?」
最後に剣部隊の練習を見た小隊長達は、異口同音で驚きの言葉を発する。
「練習だ」
カークの言葉に熊獣人のマイク教官が鼻を広げ、どうだ! と言わんばかりに胸を張った。
激しい練習である。
全員が気迫に満ち溢れ、得意な攻撃を繰り出して相手を倒そうと襲いかかり、多少の怪我はモノともせずに争っていたのだ。
「まだ新兵のはずだよな」
巨漢のダリルが小声で尋ねる。
「漸く動けるようになってきた処だ」
カークは自然体で答えた。
魔物は待ってくれない。愚直なまでに、その言葉を理解して実行している。誰もが全力で闘っていたのだ。練習中、不意にカークが撒き散らす殺気は、油断していると意識を持って行かれる。その恐怖に打ち勝つためには、負けない程の覇気を放つしかない。
短時間で集中した練習を行い、休憩後にはお互いの取り組みを評価し合う。伸びた長所を認め、短所を克服するための努力を讃えていたのだ。常に自分だけではなく、団体としてお互いを見ている。自然と連帯感が育まれていた。
「良い人材を上手く活用しているな」
年配の教官がマイク教官を褒める。
「恵まれました」
謙遜した口調だが、ドヤ顔で台無しだった。
魔物の脅威から人々の暮らしを護る。
帝国軍が担う役割りを果たすため、自分にできることを追求する姿勢は、皆が自発的に考えて辿りついた。余計な雑念を捨て、真剣に取り組んでいるのだ。
新兵教育要綱から読み取ったカークが、士官候補生達と一緒に啓蒙した結果である、
◇◇◇
『鐘を祝福しマスカ?』
『良い音になるわよー』
カークは止めた。
続く




