表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導かれる者  作者: タコヤキ
第十二章:兵役
118/145

第百十八話:訓練

第十二章は月曜日の十二時に投稿します。

「俺が小隊長のカークだ」

 剣部隊の新兵五十人が集まった訓練場で、熊獣人のマイク教官に促されて自己紹介する。彼の前には九人ずつ五列に並んだ新兵達が立っていた。皆が一般兵だ。


「宜しく」

 前列に並ぶ挑戦的な視線の者も含め、全員へ向けて鋭い殺気を唐突に振り撒いた。前に居た二十人がその場に腰を落とし、残りの者も怯えて膝を折る。

「今のはゴブリン十匹分だぞ」

 カークは穏やかな表情で見渡す。半数が漏らしているようだ。

「俺に従え。命だけは護ってやる」

 黙って治療魔法を発動させると、皆の顔色が回復して行く。


(……コボルト二十匹を超えていたな)

 横で見ていたジェームスは無表情を装っていたが、ロイ達の三人はにやけている。


「無茶な奴だ。こんな挨拶は初めてだぜ」

 後でコッソリとマイク教官に窘められたのだ。



◇◇◇



「魔物は待ってくれない」

 初の合同訓練で、カークは鬼になった。

「人間の俺に怯むな」

 彼は自分ではゴブリン五匹分と思っている殺気を放ちながら、四十五名の一般兵を相手に立ち回っている。剣や楯を持たずに、革手袋だけで殴っていたのだ。


 一般兵は訓練場内でバラバラに散っており、その中をカークが縦横無尽に駆け巡っていた。隙を突いて殴る。頭、顎、胸、腹、腕、足。全身のどこでも殴っていた。彼は大怪我をさせないように、細心の注意を払っている。


(まずは、全員に弱さを自覚させよう)

 カークは無表情で殺気と拳を振り撒く。

(そこから弱点を認識させて、強化ポイントを選び鍛えるんだ)

 数少ないが、長所も見つけている。


 三十分後には四十五人が倒れており、汗も掻かず息も切らしていないカークだけが立っていた。全員が分け隔てなく、一人五発ずつ殴られていたのだ。


「強くなれ」

 良く通った大きな声で告げる。

「自分が強くなれば、それだけ護れる人数が増えるんだぞ」

 魔物の脅威から市民を護るのが、帝国軍に課せられた役割りなのだ。

「家族や仲間、屋台のオヤジ、食堂のウェイトレス、お気に入りの娼婦」

 誰もがそれぞれに大切な人の顔を思い起こす。

「皆を護るんだ」

 至ってシンプルな台詞に、打ちのめされた悔しさをぶつける。そして前向きに立ち上がるのだ。


(無茶しやがる)

(先生はオーガだったのか)

(俺達が指導しなければ)

(負けてられない)

 残りの士官候補生は、目標が一致した。



◇◇◇



 桁外れなカークの指導に比べれば、ジェームスら他のリーダーは優しく思える。教官達からすれば、カークに鍛えられた彼等も、例年の新兵には有り得ない強さだった。

 しかし、カークが秘かに使う治療魔法に加えて、身体強化を施された新兵達は異常な速度で成長したのだ。




「まだ心配だよ」

 五人で打ち合わせの際に、カークが呟く。

「俺が十五歳で行商を始めた頃よりも、皆はまだまだ頼りなく感じている」

 樫の棍棒に滑り止めを縄を巻いていた頃だ。


「先生はそんなことをしていたのですか?」

 ダンテが驚く。

「旅商人ではなく、戦士の武者修行ですね」

 マスケスは妙に納得していた。

「道理で魔物に慣れている訳だ」

 ロイまで感心している。


 ワイバーンを倒した以降のことは伏せておいた。


「取り敢えず、全員のプロフィールが揃った。俺が気付いた長所と短所も記入してあるから、今後の育成プログラムについて相談したい」

 カークは四十五枚の書類を束ね、デスクの上に重ねて置く。身長体重といった体格や、瞬発力や耐久力、得意な剣技等の情報が書き込まれていた。


「まずは長所を伸ばして、ある程度の自信が付いたら短所を補おうと考えている」

 仲間を思いやる言葉だ。

「夏の暑さに耐えられる持久力も、同時に養っておきたいと思う」

 間も無く夏を迎える。新兵教育要綱にも、要注意事項として記載されていた。


『大鍋さんが頑張ってくれマスヨ』

『栄養満点なのー』

 フェアリーと紋白蝶の言葉は、カークだけにしか聞こえない。


「障害物マラソンが、効果的だと思う」

 ダンテが提案してくれた。

「肉を多く食べさせよう」

 ロイも違う角度からの意見を述べる。


「俺だけでは思いつかないことだ。ヤッパリ仲間は頼りになるな」

 自分とは能力に差が有りすぎて、困っていたカークは本気で感謝した。



◇◇◇



「他の部隊を見てくるぞ」

 二週間が過ぎた頃に、各部隊の小隊長が合同して、それぞれの練習を見学する。お互いに現状を把握し、練習の進捗を確かめるためだ。


「やあ、カーク。久し振り」

 槍部隊の小隊長はダリルで、日焼けした彼はカークと同じ巨漢である。

「剣の部隊では、厳しく鍛えているらしいな」

 弓矢の部隊ではカルロスが小隊長だ。黒人の彼は相変わらずスマートでスタイルが良い。

「一般兵だと、カークの威圧に耐えられないだろう」

 もう一人、槍部隊の小隊長を務めているのはドワーフのゴットリープだ。まだ若い彼は、髭こそ濃いが額は禿げていなかった。ドワーフは頭頂部まで額が広がってから、初めて大人として認められるのだ。


 楯部隊から来た二人の小隊長は、一般兵から選抜されていた。どちらも徴兵検査でカークに診てもらい、彼のことを先生と呼んでいる。


「揃ったな。では行くぞ」

 六人の教官が居た。カークはビルとマイク以外の顔を知らない。




 まずは第一楯部隊からだ。身長が一メートル七十五センチ以下の、比較的小柄な者達が集められている。ドワーフが十人、ホビットは五人居た。


(体格で揃えているんだな)

 カークは改めて認識する。しかし、その練度はかなり低く、見ていて心配になった。


 第二楯部隊は、大柄な者達が集められている。その分だけ頼もしく見えた。だが拙い。


 続いて第一槍部隊だ。

「宜しく」

 ダリルが緊張した顔で呟いた。彼がこの部隊の小隊長なのだ。


(見事に身長が揃っているな。この後は騎馬隊になるだけあって、全員の練度も高い)

 身長が一メートル八十センチ前後の者ばかりで構成されており、その動きからも身体能力の高さが解る。年配の教官が、自慢気に髭を撫でるのが印象的だ。


「第二槍部隊は大小に分けている」

 ドワーフのゴットリープが説明した。その通りに身長の低い者達と高い者達に分かれており、中間層が第一槍部隊に集められた影響が伺える。


(体格はバラバラだが、基礎はシッカリと身に付いているぞ)

 カークは第二槍部隊の練習風景を見て、その秘訣を探ろうと考えた。自分達の部隊を鍛えるための参考にしたいのだ。


 弓矢部隊の練習は地味だった。各兵士のレベルに差がありすぎて、統一感が無いのも拍車をかけている。

(基礎体力を揃えている最中だな)

 カルロス小隊長は慌てず、どっしりと構えていた。




「何だこれは?」

 最後に剣部隊の練習を見た小隊長達は、異口同音で驚きの言葉を発する。

「練習だ」

 カークの言葉に熊獣人のマイク教官が鼻を広げ、どうだ! と言わんばかりに胸を張った。


 激しい練習である。

 全員が気迫に満ち溢れ、得意な攻撃を繰り出して相手を倒そうと襲いかかり、多少の怪我はモノともせずに争っていたのだ。


「まだ新兵のはずだよな」

 巨漢のダリルが小声で尋ねる。

「漸く動けるようになってきた処だ」

 カークは自然体で答えた。


 魔物は待ってくれない。愚直なまでに、その言葉を理解して実行している。誰もが全力で闘っていたのだ。練習中、不意にカークが撒き散らす殺気は、油断していると意識を持って行かれる。その恐怖に打ち勝つためには、負けない程の覇気を放つしかない。


 短時間で集中した練習を行い、休憩後にはお互いの取り組みを評価し合う。伸びた長所を認め、短所を克服するための努力を讃えていたのだ。常に自分だけではなく、団体としてお互いを見ている。自然と連帯感が育まれていた。


「良い人材を上手く活用しているな」

 年配の教官がマイク教官を褒める。

「恵まれました」

 謙遜した口調だが、ドヤ顔で台無しだった。


 魔物の脅威から人々の暮らしを護る。

 帝国軍が担う役割りを果たすため、自分にできることを追求する姿勢は、皆が自発的に考えて辿りついた。余計な雑念を捨て、真剣に取り組んでいるのだ。


 新兵教育要綱から読み取ったカークが、士官候補生達と一緒に啓蒙した結果である、



◇◇◇



『鐘を祝福しマスカ?』

『良い音になるわよー』

 カークは止めた。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ