第十一話:貧困層
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(オークの集団がいるぞ)
街道沿いの休憩所を出発してから一時間、他のグループよりも早く移動を開始したカークは、深い森の中で魔物の群れを見つけた。
(あんな奴等でも同じ目的地に向かっているんだ。俺が看過ごすことで、危険に曝す訳にはいかない)
少し前に山奥からの枝道と合流したのだが、そちらからやって来た三台の馬車に分乗した商人達が、彼のことを寄生する傭兵と勘違いした。とても不愉快な思いをさせられたカークは、彼等と距離を取るために一足早く出発していたのだ。
(護衛に雇われていた傭兵達の装備も貧弱で、各々の練度も不足しているように思える)
総勢で十名を超えていたが、誰もが貧困に耐えきれず逃亡した農民達にしか見えなかった。
『奴等とは関わるな』
カークは旅商人だった父親の言葉を思い出す。
『貧農の奴等は妬みしか持っていないんだ。俺は商売をしているのであって、それは決して慈善事業ではない』
全ての責任は他人へ押し付け、トコトン自分の利益のみを追及する。そうしなければ生き残れない。
旧王国が残した弊害だった。
少ない防衛力で大都市を護り、利益の少ない寒村を切り捨てる。そして、王国による農奴からの搾取は苛斂誅求を極めていた。
余裕を無くした王家は惨めであり、支配されていた国民は救いようの無い状況に追い込まれていたのだ。
(他の魔物達を散らすためにも、ここで一発かましておこうか)
彼は慎重に足音を消して森の中を進み、フゴフゴと鼻を鳴らしている集団の後ろへ回り込んだ。
(あれは……鹿を仕留めたんだな)
六匹の猪種オークは一箇所にかたまり、盛んに肉を喰っている。その周囲には骨や角が散らかっていた。
(魔法が届く距離まで近寄ろう)
念のために鋼鉄製の片手剣を右手で構え、左手の掌を上に向けてプラズマ・ボールをかざしておく。カークの全身を淡い光が包んだ。
他のオークよりも一回り身体の大きな個体が中央にいて、優先的に鹿の肉を喰っている。カークはソイツに狙いを定めて、プラズマ・ボールを投げ付けた。
ドンッ! ビシャーン! バリバリ!
以前に試した時よりも、大きな音と光が辺りへ撒き散らされる。真ん中にいたオークの身体には、幾つもの黒い筋が走り汚い黒煙を上げていた。
周囲のオーク達は、気を付けの姿勢で倒れたまま痙攣している。
(実戦では初めて使ったので、上手く加減ができなかったぞ)
カークが想定していたよりも、二倍は威力が強かったのだ。
(次回は魔力を半分に減らしてみよう)
彼は反省しながらも、倒したオークの首を切り落としてゆく。片手剣は良く斬れるので一撃で済み、それは最早ただの作業でしかなかった。
切り落としたオークの頭は、二個一組に縛りまとめて網で包んだ。胸元を切り裂いて取り出した魔石は、革袋に詰めて腰へ提げておく。
頭を落とし魔石を抜いた残りの身体は、井桁型に組んで焼いてしまう。早く済ませなければ後続に追い付かれてしまうので、焦りながらも素早く点火できた時には、思わず大きな溜め息をついていた。
喰われかけだった鹿の遺体だけは埋めておく。
(次の村までは、あと三時間程度のはずだったな)
イースト・ヒルの町で買った地図を確認し、カークは少し早歩きで街道を進み始める。
◇◇◇
「適切な対応だよ。ご苦労様だったな、協力に感謝するぜ」
夕方になって辿り着いた村には、運良く帝国軍の魔物討伐部隊が駐留していた。オークのことを報告したカークは、頭と魔石を提出して報酬を貰ったのだ。
「俺の後ろに三台の馬車で移動している商人達が居たのだが、関わりたくないので先行してきた。もうしばらくすると、ここへ到着すると思う」
念のために報告する。しかし、彼はこれ以上干渉するつもりはないので、彼等との経緯を説明し、できる限りカークと接触することが無いように頼んでおいた。
それほど大きな村ではなかったので、駐留軍も半分は野営している状況である。宿屋はおろか村長宅まで空き部屋はなく、カークは小さな教会で聖堂の一角を借りて眠った。
主要な都市を結ぶ幹線道路の安全を確保するために、帝国軍の魔物討伐部隊が定期的に巡回している。大きな町の周辺はそれなりに魔物が討伐されているので、繁殖力が高いゴブリンやコボルト以外とは遭遇する機会は少ない。
しかし、討伐の間隔が開いてしまう遠隔地では、オークやトロル、オーガなどの強力な魔物が湧いてしまう。
帝都は大陸東部の中央からやや南側に位置しており、旧王国の首都だったグレート・クリフまで徒歩で一ヶ月の距離がある。
更にそこから北東へ一ヶ月進んだ場所に、旧王国の副都心だったイースト・ヒルの町が存在した。グレート・クリフとイースト・ヒルを結ぶ中間地点にあるのが、サウス・ヒルの街だ。人口約五万人で、イースト・ヒルの半分の規模である。
カークが向かっている次の目的地だ。
サウス・ヒルからグレート・クリフまでの北側には、北部山脈の麓まで続く<神の裾>と呼ばれる大森林が広がっていた。南東部の海岸線は切り立った険しい崖が続いている。
イースト・ヒルとサウス・ヒルを結ぶ街道は、北側の大森林沿いと南側の海岸沿いに分かれており、カークは大森林コースを選んでいた。
「サウス・ヒルまでの道は安全だよ。なにせ討伐部隊が通ったばかりだからね」
朝食を摂った食堂の女将さんは朗らかに笑う。
「アンタは良い体格をしているから、腕には自信があるんだろうけれど、決して無茶をしてはいけないよ」
身長こそ高くはないが、厳つい見た目のカークを心配してくれた。帝国軍の兵士達と比べて、貧弱な装備なのである。
「ありがとう、ご馳走様でした」
まだ早朝であるが、カークは村を出た。例の商人達を敬遠したのだ。
◇◇◇
「これは……」
討伐部隊の斥候達が見付けたのは、カラスが群がる壊れた三台の馬車だった。
周囲には複数のゴブリンやコボルトの死骸が散乱しており、そして、それを上回る数の人間の屍体が倒れていたのだ。
「残念だが、生存者は居なかったか」
カラスを追い払った斥候達は、本隊が到着するまでに検分を終えた。激しい戦闘の跡はうかがえたのだが、どうにも不可解だったのは馬車の荷台から溢れ落ちたオークの死骸だ。六体あったそのどれもが、頭が無くて生焼けの状態だったのである。
「待てよ、確か昨日の報告にあったな」
一人の旅人がオーク六匹を倒し、頭と魔石を提出していた。死骸は焼却処分したが、急いでいたので燃え尽きるのを確認せずに移動したらしい。
その者から後続が居ると伝えられていたのだが、昨日中に村へ着いた馬車はなかったのである。
「まさか、焼却途中の死骸を運んだのか?」
状況からすると、そうとしか判断できない。しかし、その目的が理解不能だった。
恐らく死臭に誘われた魔物達に襲われて、この一行は全滅してしまったのだろう。兵士達からすれば、当然の結果である。
「これは不憫だ」
「皆が酷く衰えている」
本隊が到着して現場検証を終えると、魔物に損壊された遺体を埋める作業へ移った。被害者全員がとても痩せており、装備や荷物も粗末なモノばかりだ。馬車に積まれていた荷物の中で、食料品はことごとく喰い尽くされていた。更には遺体の損壊も酷い有り様であり、カラスの前には野犬にも襲撃されていたようだ。
実際は焼却されているオークの死骸を見付けた護衛の傭兵が、自分達の手柄にして報酬を得ようと画策した末路である。彼等は寒村の出身で、貧農故に故郷を逃げ出してきた者達であった。
貧すれば鈍する。
普通に生活していれば得られたはずの知識も、目の前の食事を得ることに必死にならなければ生きて行けなかった彼等には、それらを得る機会は無かったのだ。貧困が引き起こした悲劇である。
それが誰にも知られない真実であった。
旧王国の悪弊が今なお民を苦しめており、その命を粗末なモノに貶めていた。帝国軍の兵士達は惨状を目にして、激しい憤りを感じていたのだ。その結果、この付近の魔物討伐は徹底して行われたのである。
貴族同士の権力争いに明け暮れ、民衆の生活を顧みなくなった王国は急速に衰退し、遂には帝国に呑み込まれてしまったのだ。
僅か四十年前の出来事である。
◇◇◇
『陽射しが暖かくなりマシタ。春本番デスネ』
麗らかな春の朝日を浴び一人でのんびり街道を歩くカークの頭上では、小さなフェアリーがキラキラと光の粒子を振り撒いていた。
続く