なゆちへの感情⑴
「湊人、犯人は分かった?」
倉敷との電話を切った後、しばらく天井の照明を見つめて考え事をしていた湊人に、なゆちが問い掛ける。
いつの間に注文したのか、テーブルの上には大きなチョコレートパフェが2つ載っており、そのうちの1つはなゆち、もう1つは湊人の目の前に置かれていた。
「なゆち、どうしてパフェを頼んだの?」
「だって、ファミレスに入ったのに何も頼まないのは反則でしょ?」
「これって僕の奢りだよね?」
「もちろん」
なゆちが真顔で答える。
「好きな女の子とのデートでは、男が奢るのが普通じゃない?」
男女平等が推進されている現代においては、必ずしも男が奢るという構図はないのでは?
というか、そもそもこれはデートなのか?
頭の中に疑問が渦巻き、湊人が回答できずにいると、なゆちは、それを違う意味で捉えたようで、テーブルに上半身を乗り出し、
「それともみなとは私のことは嫌い?」
と訊いてきた。
湊人は、薄ピンク色の、緩めのセーターから覗く胸元をジロジロ見ないように注意しながら、
「そんなわけないじゃん。好きだよ」
となるべく淡々と答えた。
「本当に好き?」
「好きじゃなきゃヲタクはやらないでしょ」
「みなとの好きは、アイドルとしての好きだけなの?」
「……え?」
ふざけて訊いているということはなく、なゆちの目は至って真剣である。
「……アイドルとしての好き以外に何かあるの?」
「異性として好きかどうか」
一体なゆちは湊人にどのような答えを求めているのだろうか。
湊人に、異性としても好き、と答えてもらった方が、なゆちは嬉しいのだろうか。
もしくは、逆に、嫌な気持ちになるのだろうか。なゆちはアイドルとして売れたいのだから、アイドルとしての自分を見て欲しいのであって、異性としては見られたくはないのではないか。
アイドルに「異性としても好き」と伝えることは、下心があると曲解されることにならないか。
湊人が悩んでいたのは、なゆちのことを異性としても好きなのかどうかではなく、「異性として好き」と伝えるべきか否かであったが、湊人がうーんと悩み込んでいるのを見て、なゆちは大きなため息を吐いた。
「……そうか。私じゃまだまだ魅力不足なんだね」
「いや、なゆち、そうじゃなくて……」
「そんなことより、みなと、犯人は誰か分かったの?」
そうだ。いつの間にやら話があらぬ方向にすり替わっていたが、そもそもの考えてたのはそのことだった。
結論はおろか、考えがまとまってすらいなかったが、湊人は、自分の頭の中をなゆちに披瀝した。
「状況的に考えられる犯人候補は、強盗目的の第三者、第一発見者の穂奈美さん、もしくは妻である夕利果さん」
「私、夕利果さんが怪しいと思うな」
「なんで?」
「だって動機があるじゃん。夕利果さんは獅子男さんに召使のように扱われてて、喧嘩も絶えなかったみたいだし、それに、生命保険金ももらえるわけだし」
動機の面を考えれば、なゆちの言う通り、夕利果がダントツで怪しい。
ただ、夕利果を犯人と断定するためには、あまりにも高いハードルがあるのだ。
「でも、なゆち、夕利果さんは、獅子男さんが殺された時刻に、事件現場から往復で1時間も掛かるカラオケボックスにいたんだよ」
夕利果には鉄壁のアリバイがあるのである。
倉敷の証言がある以上、アリバイそのものを崩すことは不可能に思える。
「なゆち、夕利果さんはどうやって獅子男さんを殺したの?」
なゆちは、しばらく頭を抱えた後、一体いつどこでそんな言葉を覚えてきたのか、
「式神」
と答えた。
「実は夕利果さんは陰陽術師で、式神を使って、獅子男さんの頭を花瓶で殴打させたんだよ」
「なゆち、それ本気で言ってる?」
「本気だよ」
「嘘でしょ」
「じゃあ、みなとはどういう方法があると思うの? 仮に夕利果さんが犯人だとしたら」
具体的な方法までは思いついていない。
ただ、筋としてありえるのは——
「遠隔操作かな」
「……どういうこと?」
「予め特殊な装置のようなものを仕掛けておいて、リモコンのようなものを使ってその装置を発動させて、獅子男さんの頭を花瓶で殴打した」
式神よりも容易に浮かびそうなアイデアであったが、なゆちは目を丸くした。
「そうか!! なるほど!! リモコンか!!」
このまま推理動画の撮影に移ろうか、という勢いのなゆちを、「だけど」と僕は制止する。
「今回の事件においては、遠隔操作も厳しいと思う」
「どうして?」
「肝心の装置が現場から見つかってないんだ」
一体どのような装置が使われたのかは分からないが、遠隔操作のためには、少なくとも、リモコンに反応して動く何らかの電子機器が必要である。
しかし、そのような電子機器が小部屋にあったという話は出てきていない。
獅子男が死んだ直後に、夕利果が現場の小部屋に立ち入れたとすれば、夕利果が「装置」を回収した可能性もある。
しかし、今回の事件では、第一発見者は穂奈美である。そして、穂奈美は事件の発生直後に小部屋の様子を確認し、即座に警察に通報している。
当然、警察に現場保存をされるまでの間に、現場から30分掛かる位置にあるカラオケボックスにいる夕利果が家に戻り、「装置」の回収をするということはできない。
ゆえに、今回の事件では、遠隔操作も無理筋なのである。
「たしかに装置がなくちゃ遠隔操作はできないよね……」
「そうだね」
「じゃあ、夕利果さんは犯人じゃないっていうことか」
あまりにも強固な動機があるため、夕利果を犯人候補から外すのには抵抗がある。
しかし、客観的な状況は、犯人が夕利果ではないことを物語っているのだ。