防犯カメラ
「はい。みなと、温かいお茶だよ」
ソファーに腰掛け、背の低いテーブルに置いたルーズリーフと睨めっこしている湊人の鼻先に、なゆちが紙コップを差し出す。
湊人は、熱くなっていないふちの部分を掴み、紙コップをルーズリーフのすぐ隣に置いた。
「なゆち、このお茶、どこにあったんだ?」
「あそこ」
なゆちが指差した方には、たしかに給茶器が置かれている。
「無料だったよ」
「最近のコインランドリーはえらいサービスがいいな」
篠塚から一通りの説明を受けた2人が作戦会議の場所に選んだのは、コインランドリーであった。
このコインランドリーは、シノヅカ第2マンション、つまり、事件のあったマンションの1階部分で経営されており、単純に現場から近い。外は大雨だったため、あまり遠くに移動したくなかった2人にとって渡りに船であった。
そして、この最新鋭のコインランドリーは、従来の「薄汚い」コインランドリーのイメージとは一線を画しており、まるでホテルのロビーのようなラグジュアリー空間だった。
お客さんが洗濯が終わるまでの間くつろげるように、アロマが焚かれており、Wifiも完備。
フカフカのソファーに、さらに無料の給茶器まであるというのだ。
湊人となゆちは洗濯客でないので、このようなサービスを利用するのはモラルハザードを起こす気もしたが、少なくともなゆちには一切の罪悪感はないようで、
「お茶は煎茶と紅茶とジャスミン茶があるし、コーヒーもあるよ! 全部飲んでみようよ!」
などとはしゃいでいた。
「さっきネットで調べたんだけど、このコインランドリー、アメニティーも充実しているけど、置いてる洗濯機も最新型ですごいらしいよ」
「どうすごいの?」
なゆちが壁沿いに並べられた大小の洗濯機・乾燥機をぐるりと見渡す。
「いわゆるIoTというやつかな。洗濯機がコンピューターで管理されていて、ホームページ上で稼働状況が確認できるんだ。どの洗濯機が使用中で、どの洗濯機が空いてるかというのが、リアルタイムでホームページに掲載されてる」
「じゃあ、いざ洗濯物を持ち込んでコインランドリーに行ったものの、洗濯機が全部埋まっててとんぼ返り、ということもないんだね」
「そうそう。さらに、ホームページ上には、洗濯完了までの時間も表示されているから、洗濯物を入れてから一旦家に帰って、ホームページ上で洗濯が終わったことを確認してからコインランドリーに取りに行くということもできる」
「それは便利だね! ハイテクだ!」
なゆちは一番大きい洗濯機のところまで駆け寄ると、バタンバタンと蓋を開けたり閉じたりした。まるで小学生である。
それにしてもかなり大きな洗濯機である。業務用か、もしくは布団や毛布を一気に洗う用の物なのだろう。
最新のコインランドリーに感動している場合ではない。
湊人は再びルーズリーフに目を映す。そこには先ほど篠塚から話を聞いた際のメモと、篠塚の話に沿った図が書いてあった。
探偵は洗濯機で遊ぶのに夢中だったが、助手である僕は、一応メモを声に出して読み上げる。
「被害者は花咲獅子男。真昼間の12時50分頃、獅子男の住む307号室から男性の悲鳴があがった。隣の306号室に住んでいた主婦である添田穂奈美がその悲鳴に気づき、307号室の様子を確認。獅子男の死体を発見し、警察に通報」
つまり、第一発見者は隣の部屋に住む主婦だったということである。
「警察が確認したところによれば、獅子男が死んでいたのは、307号室の一番奥にある小部屋であり、タンスのそばでうつ伏せに倒れていた。タンスは背の高いもので、2m近く高さがあるもの。そのタンスは荒らされており、引き出しが開けられ、中身が外に出されていた。凶器はそばに落ちていた金属製の花瓶であり、これは元々獅子男の家にあったものである。獅子男の後頭部には、鈍器で強打されて形跡があり、それが致命傷となった。殴打された跡は1箇所であり、1度殴られたものと思われる」
メモの隣には、湊人が書いた図が2つある。そのうちの一つが、獅子男の死体が発見された当時の307号室の状況を記したものである。
さらにもう一つの図は、シノヅカ第2マンション3階の防犯カメラの設置状況である。
307号室はエレベーターからもっとも遠く、つきあたりの位置にある。
そのため、307号室に行くためには、301号室〜306号室までのすべての部屋の前を通らなければならない。非常階段もエレベーターのすぐ隣に設置されているため、非常階段を使ったとしても状況は同じである。
そして、3階には3台の防犯カメラが設置されている(防犯カメラ図のA〜C。なお、薄黄色の部分がそれぞれの防犯カメラの視野である)。
307号室に行こうとすると、A〜Cすべての防犯カメラに映ることになる。
とりわけ、防犯カメラCは307号室の付近にあるため、3階なので考えにくいが、壁を登るなどの手段で外部から侵入したとしても、この防犯カメラCには映ることになるだろう。
ちなみに、ベランダ(307号室図)から犯人が侵入するということは、部屋が3階であることから考えにくいし、篠塚の話によれば、屋外に設置された防犯カメラには、(まるでスパイダーマンのように)ベランダ側の壁を登っていくような人影は一切映っていなかったとのことである。
ということで、どう考えても、犯人は防犯カメラA〜Cに映っていなければオカシイ。
それにもかかわらず、犯人はいずれの防犯カメラにも映っていなかった、と篠塚は話していた。
つまり、事件が起きたとされる12時50分頃よりも以前に、防犯カメラA〜Cに映っていたのは、5階の住人のみであった。
そして、肝心の防犯カメラCに映っていたのは、8時頃に花咲夕利果が307号室を出てカラオケへと向かう様子と、12時50分頃に悲鳴を聞きつけて306号室を出て307号室へと向かった添田穂奈美のみだったのである。
強盗犯の姿など、一切映っていなかったのだ。
「やっぱり犯人は透明人間なのかな?」
洗濯機で遊ぶのに飽きたらしいなゆちが、湊人の顔を押しのけ、ルーズリーフを覗き込む。
「透明人間なんてこの世に存在しないでしょ」
「じゃあ、透明マント?」
「そんな魔法道具もこの世に存在しない」
「じゃあ、犯人はどうして防犯カメラに映ってないの?」
篠塚の話を前提とすると、犯人が防犯カメラに映っていない理由として、真っ先に疑うべきなのは——
「まず思いつくところだと、捜査のセオリー通り、第一発見者を疑え、かな」
「第一発見者というと、306号室の主婦の添田穂奈美さん?」
「そうそう。穂奈美さんに関しては、307号室に向かう様子が防犯カメラにハッキリ映ってるんだ。だから、穂奈美さんが獅子男さんを殺害し、その後で第一発見者を装って通報したのだとすれば、防犯カメラの問題は解消されるでしょ」
「なるほどね……」
なゆちが心の込もっていない相槌を打つ。
その方法に納得はするが、その方法だと面白くない、と言いたいのだろう。
たしかにあまりにもシンプル過ぎる。もしもこの程度のトリックしか用いられていないのだとすれば、警察がギブアップをするはずもないように思える。
とはいえ、せっかく現場のマンションにいるのだから、穂奈美から話を聞かない手はなかった。